彩羽が不動市に帰ってこれたのは日も落ちた時だった。
彩羽は最悪な気分のまま隣の市へ向かい、兄が雇ったという三人と顔を合わせた。
流石に他人に八つ当たりなんて出来ないため不機嫌さは隠した。
その結果、彼らとは良好な関係を結べそうである。
元主婦の女性は見た目通り優しい人で、不良の女性は怖そうではあるが根は優しいらしい事が分かった。
元大工の男性も口数は少ないが頼れる父親のようだった。
彼らも彩羽の顔は高遠から写真を見せてもらっていたためか、疑う事はなかったが少し緊張しているようだった。
まあ、当たり前と言えば当たり前だろう。
相手はあの有名な犯罪者が大切に想っている妹なのだ。
ちょっとのミスでもしかしたら自分の命が危ぶまれるかもしれないと思うと彩羽だって緊張する。
結局過ごしている内に溶け込み、その緊張も解れたが。
それでもモヤモヤした気分は晴れなかったからか彩羽は中々家に帰りたいとは思えなかった。
結局昼食どころか夕飯も一緒に食べていくことになった。
それからもうだうだと居着いていたので主婦の女性に今日は泊っていくのかと問われ彩羽はやっと重い腰を上げた。
泊るのも考えたが、いくら帰る気がなくても無断外泊は従兄が本当に心配するだろうと帰る事になった。
「おかえり、彩羽…随分遅い帰宅なんだな」
「………」
家に帰れば迎えてくれたのは従兄だった。
否、従兄と二人で暮らしているのだから従兄が出迎えてくれるのは変ではないが彩羽は従兄の嫌味な言い方に無意識にムッとさせた。
「……ごめんなさい…美雪ちゃん達と遊んでて遅くなったの…」
彩羽は咄嗟に嘘を言った。
高遠との関係は言えないし、まさか高遠と会う家に行っていたとも言えなかった。
『あとではじめちゃんと美雪ちゃんに話し合わしてもらわなきゃ…』と後で電話して話を合わせてもらおうと思いながら彩羽は靴を脱ぎ家に上がる。
「……北海道での事件だが、何か言い忘れていた事なかったかな」
靴を脱ぎ家に上がる彩羽に明智は質問をした。
その質問に彩羽は一瞬動きを止め、その『何か言い忘れた事』という言葉に彩羽は『高遠遙一』を脳裏に浮かべる。
しかし…
「ないかな」
彩羽は高遠の事を伏せた。
表情も『なんでそんな事聞くんだろう?』と思っているようにキョトンとした表情を作り、小首もかしげてみせた。
一見彩羽の様子は本当に分からないと思わせるものだった。
明智は表情を変えず彩羽を見下ろしているため信じてくれたかは分からないが何も言わないので彩羽は信じたと勝手に解釈しこの話題は終わりだと部屋へ戻ろうとした。
「ああ、そういえば…今日、事件があってね…偶然その事件現場には金田一君と七瀬さんもいたんだよ」
「……そうなんだ…そういえば美雪ちゃん達そんな事言ってたっけ…私、待ちぼうけを食らっちゃってさ…お詫びにって2人にお昼奢ってもらっちゃった」
「それは少し可笑しいな…金田一君と七瀬君と別れたのはついさっきなんだが…」
「…………」
金田一と美雪の名を出したのは、明智も知っている人物で尚且つ従兄の信頼を得ている人間だからだ。
巴川家での事件が解決し、よく金田一と美雪と遊んでいる事を知っているから信じてくれると思っていた。
しかしそれが仇となったらしい。
つい先ほどまで明智は金田一と美雪と一緒にいたと言った。
それはつまり、金田一と美雪と遊んでいたという彩羽の証言は偽りだと気づかれてしまった。
彩羽は黙り込みこちらを見つめる従兄を見上げる。
明智は彩羽の瞳を見つめ探ろうとしており、彩羽はそんな明智を真実を上手く隠し動揺もせず真っすぐ見返していた。
「彩羽…七瀬君達と出掛けていないのだろう?」
明智の問いに彩羽は黙り込んだが、頷いた。
誤魔化すのも考えたが、明智は先ほどまで金田一と美雪と一緒にいたというので誤魔化そうにも誤魔化しきれないと諦めた。
ならばもう北海道の事件に高遠もいた事は金田一から聞いているのだろう。
しかし家の事は決して言うつもりはなく、彩羽は従兄を見上げながらどう言い訳しようかと考える。
彩羽の頷きを見て明智は『やっぱり』と呟く。
その呟きに彩羽は怪訝とさせた。
「やっぱりってどういう事?」
「いや、なんでもない……それで、こんな遅くまでどこに行っていた?」
「なんでもなくないよね…やっぱりって……それって兄さん、鎌をかけたって事?本当は美雪ちゃんとはじめちゃんとは一緒にいなかったって事?私を騙したの?」
彩羽はどうしてか苛立っていた。
明智も彩羽が認めた事で安堵し、いつもなら決してしないミスを犯してしまった。
明智は出てしまった言葉は撤回できないし、仕方なく素直に騙したことを認める。
「そうでもしないと彩羽は素直に言ってくれないだろう」
「信じられない…確かにこんな遅くまで連絡せずにいたのは私も悪いって思ってる…でもだからって鎌かける?普通…」
『もう知らない…私もう寝るから…夕食は食べてきたからいらない』、と騙された事を怒っていると装い部屋に籠ろうとした。
しかし、明智の横を通り過ぎようとした時―――明智に腕を掴まれそれを阻まれた。
彩羽は急に腕を掴まれ驚き、目を丸くして従兄を見上げる。
明智は相変わらず表情が読めず、しかし彩羽は明智が怒っているのだと何故かそう思った。
「どこで誰と会っていた」
その声は静かだった。
決して彩羽には聞かせることのないような静かな、低い声。
それは怒りに満ちているようにも聞こえた。
彩羽は静かな怒りを見せる明智に息を呑んだが、彩羽だって明智に腹を立てていた。
「誰に会ったって兄さんには関係ないでしょ…私にだって兄さんの知らない付き合いっていうのがあるんだし、そこまで過干渉にされる謂れはない」
負けじと彩羽は言い返した。
彩羽も決して逆上しないように冷静に従兄に吐き捨て手を振り払おうとした。
しかしそれを拒むように明智の手は更に力を入れ彩羽の腕を掴む。
彩羽はその痛みで顔を顰めたが、明智はその表情を見ても力を緩むことはしなかった。
「高遠と会っていたのか」
彩羽は明智のその言葉に足掻いていた動きを止めた。
痛みに顔を顰めながらも逃げ出そうとしていた彩羽の動きが止まり、明智は返事を聞く前にその答えを察してしまい、無意識に眉をひそめ、カッとなった。
「どうして…!高遠は犯罪者なんだぞ!それに隼人君を殺した凶悪な殺人者だ!それなのにどうして高遠なんかと…!」
「それこそ兄さんに関係ないじゃない!!大体あの人と会っていたからってなんなの!?」
「なぜ通報しないのかと言っているんだ!!高遠は犯罪者なんだ!!通報すべきだろう!!」
「…っ」
明智はつい感情的になり声を上げる。
高遠が彩羽に好意を持っているのは巴川家で知った。
犯罪者である高遠の言葉は信頼に値するものではないが、だが同じ彩羽を好いている人間として彼の真剣な目を見て嘘を言っているとは思えなかった。
それでも相手は犯罪者…そして彩羽の弟である隼人を殺した殺人鬼である。
彩羽が高遠を好く要素なんてないと思っていたのだ。
しかし、実際はどういうわけか彩羽は高遠に対して警戒心を持っておらずこうして逢引のように明智の知らぬ間に会っていた。
明智は裏切られた気持ちだった。
警察として、そして彩羽に好意を持っている男として。
――彩羽は明智の言葉に何も言えなかった。
彩羽の言葉は、売り言葉に買い言葉であった。
正しいのは明智であって、彩羽は犯罪者を庇っている人間である。
高遠を庇う彩羽に明智は怒りのあまりグッと腕を掴んでいる手の力を更に強くするが、彩羽も激情し痛みに鈍くなって気付かない。
彩羽は明智の言葉に息を呑み黙り込んでしまう。
黙り込み俯く彩羽に明智も冷静さを取り戻しつつあるのか掴んでいる手を少し緩め静かに彩羽に声をかける。
「…とにかくもう高遠には会わない方がいい…高遠に会っても彩羽は不幸になるだけだ……もし高遠から接触して来たら私に知らせなさい」
諭すその言葉に彩羽は何も言わなかった。
頷きもしない彩羽は肯定も否定もしない。
それが彩羽の唯一出来る抵抗でもあった。
明智には高遠が実兄だということも、本当は高遠とは会っていないという事も、言わなければならないと分かっているが彩羽も意地を張り言えなかった。
何も答えない明智は彩羽の名を呼ぶが彩羽は俯いたまま明智の手を振り払い何も答えず部屋に戻っていった。
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