高級車を乗っていた3人の男女はそのまま市外に出てある一軒家へ到着した。
ガレージに車を入れ、派手な女性が降りれば一人の女性が待ってくれていた。
その女性はエプロンを付けており、傍から見ても家政婦の姿をしていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
降りた派手な女性に家政婦の女性は静かに頭を下げる。
『お嬢様』と呼んだその派手な女性は家政婦に息をついて返す。
「ただいま、春恵さん…」
派手な女性は疲れたような弱弱しい声で答え、春恵と呼ばれた家政婦は心配そうに眉を下げ女性を見つめた。
「大分お疲れですね…」
「無理もないですよ、あんなにマスコミに見張られてたらそりゃ疲れますって」
「そんなにいたの?加奈さん」
「いたいた!テレビで映ってない場所にもわんさか!駐車場にもいたわよね、友成さん」
心配そうに声をかける春恵に続いて車から出てきた女性が、派手な女性に代わって答えた。
友成と呼ばれた派手な女の父親の男は派手な女の言葉に頷いた。
「何人か車に乗って張り込んでいた…恐らく住人を買収したか無断か何かだろうな」
運転席から降りて友成はトランクに入っている荷物を取り出しながら答える。
春恵は友成と加奈の言葉に『まあ』と心配そうな色を深め、女性の手を握る。
「それは怖かったでしょう…お嬢様、ちゃんと眠れましたか?」
「気付いたのは今朝でしたから…」
「そうですか…さあ落ち着くよう暖かい飲み物でも入れますから中に入りましょう」
手を引いて春恵は女性を中に引き入れる。
ガレージは外にあり、家に入るにはガレージを出る必要がある。
ガレージを出ると広々とした庭が広がり、庭を抜けてやっと玄関が見えた。
この家にいる人達は全員外に出ているため、静まり返っていた。
「すぐご用意しますのでその間着替えをなさったらいかがでしょう」
春恵が女性のスリッパを出してやり、女性が春恵の言葉に従い部屋へ向かおうと歩き出す。
しかしふと何かに気付き足を止めて見送る春恵に振り返る。
「化粧を落としたいんですけど化粧落としってありますか?」
「それなら私のをお使いください…洗面台に置いておきますので」
春恵達もここに住んでいるが、彼女達は雇われ人であり家主ではない。
家主が一緒に暮らしていないとはいえその境界線は意識しており、同じように過ごしていたとしても私物は出来るだけ自分以外の部屋には置かないようにしている。
化粧をするのは春恵と加奈のみ。
春恵が私物の化粧落としを用意すると答えると女性は胸を撫で下ろし部屋に向かった。
女性が部屋へ向かったのを確認すると春恵は自室に向かい化粧落としを取りに向かう。
化粧落としを洗面台の分かりやすい場所に置きタオルも用意し、キッチンへと向かう。
「ねえねえ春恵さん…お嬢様、どう?大丈夫?」
やかんに水を入れて沸かそうと火を付けると暖簾を潜って加奈が入ってきた。
加奈の言葉に春恵は眉を下げ小首を傾げた。
「どうかしら…お嬢様の顔、疲れてるように見えたし…昨日と比べて声も元気もなかったから…」
「ねえやっぱ旦那様に連絡しておいた方がいいんじゃない?」
「そうねえ…今旦那様は海外にいらしてるみたいだからすぐには来られないかもしれないけど…私達には連絡する義務があるんだし…じゃあ、加奈ちゃんお願いしていいかしら…私キッチンから離れられないし」
連絡するか否か、それを問えば帰ってきた言葉に加奈は『ゲッ』と顔を顰めて見せた。
「わ、私はいやよ…旦那様怖いし…」
「あなたねえ…誰のおかげで働けていると思ってるの?私達がこうして屋根のある場所にいられるのも、食べる物に困らないのも、ちゃんと清潔にいられるのも旦那様とお嬢様のお陰じゃない」
「それは…分かってるんだけどさぁ…」
嫌がる加奈に春恵は呆れた目で見つめた。
しかし加奈の気持ちも分かり春恵は溜息をつくだけでそれ以上責めることはなかった。
「いいから、ほら!旦那様もこの家に帰られる事もあるんだからいい加減慣れないと!」
「ゔ……はぁ〜い」
気持ちは分かるが、だからといって庇うつもりはなく、文字通り加奈の尻を叩いて電話へ向かわせる。
叩かれたと言っても軽く叩かれただけだから痛くはないが、お尻を擦りながら加奈はガクリと肩を落として電話の元へと向かった。
その後ろ姿を春恵は『まったく…』と零していると加奈とすれ違いに友成が入ってきた。
「なんだ、まだ旦那様に慣れんのか加奈のやつ」
友成の言葉に春恵は肩をすくめて見せた。
その仕草に友成は小さな笑みで返し、コップを取り出してお茶を飲む。
「まあ、しょうがないわな…相手が相手なんだ」
「だからっていつまでも人任せなんて駄目でしょう?せっかく旦那様がくれたチャンスなんだから…これ以上のドン底なんて…私達には死しか残ってないのよ」
春恵の言葉に友成は『だな』と短く返し、使ったコップを洗い水切りカゴへ乗せた。
すると暖簾を潜り、女性が入ってきた。
「春恵さん」
女性は派手な衣服を普通の服装に身を包み、化粧も落ちていた。
その素顔は派手で如何にも遊び慣れているような20代ほどの女性ではなく…10代の少女の姿だった。
「ど、どうしたんですか?お嬢様」
少女―――彩羽の登場に2人は驚き慌てふためく。
先ほどの言葉を聞かれたかと思ったらしい。
しかし彩羽はそんな2人に首を傾げており、どうやら聞いていなかったようだった。
それにホッとしながら春恵が問えば彩羽は手に持っていた物を見せる。
「これ…化粧落とし…ありがとうございました…えっと、それでこれどうしようかなって思って…」
「それならこちらに…飲み物はもうすぐできますのでリビングでお待ちください」
「手伝いましょうか?兄さんの家では家事もしてましたし…急に来てしまったのでそのお詫びも兼ねて…」
「い、いえいえ!この家はお嬢様の物ですから!お手伝いだなんて恐れ多い!お嬢様はこの家と私達の主人ですから手伝いなんてなさらなくてもいいです!私達を扱き使う構えでいてくださればそれで…」
「でも…」
「別に無理して主人面しろとは言いませんよ…ほら、巴川家にいた時みたいに過ごせばいいんです」
「はあ…そういうものでしょうか…」
「「そういうものなんです」」
彩羽の手伝うという申し出に慌てて止める2人に逆に申し訳なく思ってしまう。
巴川家のようにと言われても、あの家では自室に籠ってばかりだったため逆にどう過ごせばいいのか分からない。
しかし無理に手伝うのも嫌味に感じてしまうかもしれないと思い『じ、じゃあ』とリビングに向かって姿を消す。
彩羽の姿がなくなると二人はホッと安堵の息をつく。
「あ、危なかった…危うく聞かれるところだったわね」
「ああ…別に陰口を言っているわけではないんだがな…」
彩羽に聞かれてまずい事はないが、少し気まずくなってしまう事はある。
彩羽にも旦那様という男性にも恨みはないし、彩羽はいい子で好意的に思える。
三人達がこうして普通に暮らせて更には給料まで出るのはその男性のおかげで、だからと言って高圧的な態度を取るわけでもなく無理難題を出すわけでもなく過去をダシに脅すわけでもない。
ただ扱いが難しいのを除けば彩羽も旦那様という男性もいい人である。
「春恵さーん、旦那様なんだけど…って友成さん、いたんだ」
胸を撫で下ろしていると電話でいなかった加奈が戻ってきた。
名を呼ばれた友成は半目で加奈を見つめる。
「なんだよ…いたら悪いのか?」
「いやいや、別にいいんだけどさ…この時間友成さんいつも庭いじりしてるからつい…ごめんごめん」
ギロリと睨む友成に加奈は笑って誤魔化して否定の意味で手を振った。
「それで…旦那様なんだって?」
「ああ、うん…旦那様、海外にいるからお嬢様の世話は私達に任せるって…暫くは帰れないけど仕事が終わればすぐに帰るって言ってたよ」
「分かったわ…私は飲み物を用意しているからその間あなたはお嬢様の傍に付いてあげて」
加奈は不貞腐れる友成から逃げるように春恵の指示に『はーい』と答えながらキッチンから消える。
そそくさと消える加奈に春恵はくすりと笑った。
「なに笑ってんだ?」
「いえ……娘を思い出して…あの子もつい口を滑らせちゃう子でよくお兄ちゃんと口喧嘩になったりしてたなって…」
「…あいつはお前の娘じゃねえぞ」
「分かっています…でも三人で暮らしている内になんだか家族みたいって思ってきて…友成さんだってそうでしょう?じゃなきゃ今頃加奈ちゃんと大喧嘩の末どっちかが家を出てる…違う?」
「………」
友成は春恵の言葉にぐうの音も出ないと言わんばかりにそっぽを向く。
そんな不器用な所が友成の良い所だと春恵は笑みを深めた。
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