彩羽は化粧を全て落としさっぱりした気分でリビングにあるソファに身を委ねた。
彩羽はあの記者である男と後輩が見た派手な女性に扮して脱走した。
あの派手な女性を迎えに来た高級車の男女の人間はこの家に雇われている友成と加奈だった。
明日香から貰った化粧品であえて派手な化粧を施し、流石に髪を染める道具がないから黒髪のまま髪を結って出来るだけ2代の女性を意識した。
服も派手なのを選び、彩羽なりに頑張って衣装を着た。
遊び慣れていない男と、女とは母親以外と親しくない後輩がはっきりと見える位置にいたのも奇跡的な偶然だった。
もしも他の見難い場所にいた男達以外の記者だったら派手そうに見えて決して派手ではない彩羽の衣装に気付いていただろう。
マスコミから逃げる事が出来た彩羽は、テーブルにあるリモコンを手を伸ばし、テレビの電源を入れる。
≪――さん、ありがとうございました…ところで17年前の事件なんですが…≫
パッと映ったのは現場画面。
周りにはモザイクが掛かっているがある建物はそのまま映し出されている。
その建物には見覚えがあった。
それは自分の自宅である。
途中道路工事で軽い渋滞があったため、その自宅からこの家についてからもうお1時間近くは経っており彩羽は『まだやってるんだ』と思った。
更にはスタジオでは17年前の事件の事を掘り下げてきた。
話題は次第に近宮日向の夫…彩羽の父親の話になり。
「お父さんかぁ…」
見えない者に興味を示すのは人間として当たり前な事である。
その為夫談義にスタジオは賑わっていた。
父という言葉に彩羽は反応した。
スタジオや恐らく視聴者も近宮日向の夫の事は知りたいと思っているだろう。
だがそれ以上に彩羽も父親の事を知りたいと思っており、それはきっと実兄の高遠や実姉のジゼルも同じだろう。
特に高遠は自分のルーツでもある父の事を知るためにジゼルの呼び出しに金田一を連れ、更には警察に自首するという約束までして応じたのだ。
結局自首に応じたのは逃げ出すつもりだったためではあるが、そこまでして父を知りたがっていたというの事である。
「私達のお父さんって…結局誰なんだろう…」
「え、お嬢様も知らないんですか?」
ポツリと呟かれた言葉に彩羽はハッとさせ顔を上げた。
そこには派手な女性に扮していた際友人役をしてくれた家政婦の1人、加奈が立っていた。
先ほどの呟きを聞かれたようで、キョトンとした顔で彩羽を見つめていた。
キョトンとさせる彩羽をよそに加奈は彩羽の傍に座る。
「私もテレビを見てて誰だろうって不思議に思ってて…旦那様かお嬢様なら知ってると思ったんですけど…お嬢様も知らないんですか…」
答えない彩羽を気にもせず加奈は話を続ける。
『じゃあ後は旦那様に聞くしかないけど…旦那様に聞く勇気ないなぁ、私…』と呟く加奈に置いてけぼりの彩羽は『えっと…』と反応に困っていた。
それもそのはず。
彩羽と加奈達が出会ったのは昨日が初めてで、まだ加奈達の性格も把握していないのだ。
金田一のように人懐っこい性格らしいが、流石に戸惑いは隠せない。
戸惑いながらも彩羽は加奈を見つめる。
加奈―――三原 加奈(みつはら かな)
25歳の女性である彼女は波乱の人生を送っていた。
彼女を囲む周囲の素行は良くはなく、その影響で彼女も幼い頃から悪さをする子供だった。
最初はピンポンダッシュやらくがき程度だったがそれがだんだんとエスカレートしていき、置き引き・万引きから始まり、学校では虐め、外では暴走族と不良の道を歩んでいた。
高校までは行ったが中退。
色々なバイトをこなしながら加奈は詐欺に手を出し、被害者にバレて揉み合った結果殺害した。
仕事内容は家政婦。
ただ家事などやったことはなく、今やっと掃除などそつなくこなせるようになったが料理だけはまだまだである。
容姿は金髪釣り目というガラの悪い女性ではあるが、話していると決して悪い人ではないというのは分かる。
うんうんと悩む様子を何となく見つめていると、その加奈の頭を誰かが叩いた。
「いったーい!ちょっと友成さん!なにするのよ!」
「何するもねえだろうが…お前なにずけずけとお嬢様の事情に入り込もうとしてるんだ?お嬢様に失礼だろう…―――すみません、お嬢様…こいつ無神経で心にもない事つい言ってしまう性格なんですが悪い奴ではないんです…許してやってください…後で俺らが言って聞かせますんで」
加奈の頭を叩いたのは加奈の父親役をしてくれた友成だった。
友成は驚く彩羽に加奈の頭に手を伸ばし頭を下げさせながらフォローをする。
友成―――郷田 友成(ごうだ ともなり)
57歳の元大工。
友人の保証人になってしまい、案の定友人は逃亡し、友成はその友人の借金をそのまま背負う事になった。
しかし多額の借金を普通の大工が払えるわけがなく、追い込まれた友成は銀行強盗を行い、抵抗したはずみで銀行員2人を殺害してしまった。
仕事内容は大工の仕事をしていたのを生かして家の補修などの管理と、庭の管理、他雑用。
容姿はいかにも頑固おやじ風だが、話していると気さくな人で顔とは裏腹に意外と融通が利き優しい。
彩羽は加奈が殴られ驚き目を瞬かせたが、加奈の頭を押さえる友成と、そんな友成に不服そうに不貞腐れる加奈を見て、なんだか父と娘のように見えつい笑ってしまった。
突然呆けたと思えばくすくすと笑みを浮かべる彩羽に2人は顔を合わせる。
それが更に親子のように見え彩羽は微笑ましそうに二人を見つめた。
「ごめんなさい……友成さん、大丈夫ですよ…友成さん達はお兄ちゃんが選んだ人達ですから…信頼していますし悪い人だなんて思った事ありませんから」
彩羽の言葉に二人は驚いた顔を見せた。
その顔に彩羽は首を傾げると、その不思議そうな顔に何を思っているのか分かったのか友成が気まずそうに質問をした。
「お嬢様って…確かあの巴川家の娘なんですよね…」
「ええ…正確に言えば義理の娘です…養母だった母が巴川家の義父と再婚して籍は巴川家にあります」
『それが何か?』と小首をかしげる彩羽に友成は更に気まずげな表情を浮かべ頬をかく。
「いや、なんていうか…昨日の顔合わせの時も思ったんですが…お嬢様は育ちのいい割に俺らの経歴を見ても動じないようだったんで…」
何が言いたいのだろうかと彩羽は思ったが、気まずげに呟かれた友成の言葉でやっと理解した。
どうやら全く自分達の経歴の事を知っても気にしていない様子がどうも違和感を感じたらしい。
その言葉に彩羽は応えようとした時、キッチンからトレイを持って春恵が来た。
「あら、ちょっと加奈ちゃん…あなた家政婦なんだからお嬢様と一緒に座ってちゃ駄目じゃない」
「あ、ごめんなさい」
「いいんですよ、私だけならそこまできっちりしなくてもいいです」
「ですがそれでは示しがつきません…それに旦那様にはお嬢様に尽くすよう言われていますので…」
「だったらこうはどうですか?お兄ちゃんがいる時は言われた通りの仕事をしてくださって構いません…でも私だけの時は気楽でいてください…巴川家にいた時もこうして家政婦さん達はいたけど独りぼっちでしたから…」
最後は春恵―――足土 春恵(あづち はるえ)
彼女は至って普通の主婦だった。
普通の家庭に生まれ、普通の人生を歩み、普通に結婚した。
両親にも、義理の両親にも、子供にも、親戚にも、近所にも恵まれた中流階級の至って普通の幸せな主婦だった。
しかしただ一つ…夫が問題だった。
夫は普通のサラリーマンだったが、趣味がキャバクラ通い、風俗通いと駄目男という文字が似合うような男だったあげく、何度も浮気を繰り返しては春恵を傷つけてきた。
周りに相談しても夫の浮気癖どころか風俗やキャバクラ通いの趣味は治らず、しかし彼は決して離婚や別居には応じなかった。
春恵が離婚や別居を言い出した時から更にDVも加わり、春恵は精神的にも追い込まれ…―――夫と子供を殺し、そして自分も自害した。
しかし殺害された際の夫の悲鳴に近所の人が通報し、最後に自害した春恵だけは生き残ってしまった。
仕事内容は加奈と同じ家政婦。
主婦歴を生かして加奈が苦手な料理を一人で担当いている。
家政婦が2人なのは広い家だからだろう。
恐らくこの家で主人二人以外で中心人物となるのは専業主婦でもあった春恵だ。
彩羽は三人のやり取りを見ながらふと、加奈が娘、友成が父、春恵が母みたいだと思った。
正直迎え入れられたのは嬉しいが、三人の仲良さげな姿を見て少し居心地が悪いと思っていた。
だったらその輪の中に自分も入ればいいと彩羽は思い、そう提案する。
素直に言えばどう切り出せばいいのか分からなかったが、無神経だと友成が言った通り人見知りしないタイプの加奈がいてくれて助かった面もあった。
彩羽の言葉に加奈は嬉しそうに笑ったが、まだ友成と春恵は戸惑いの表情を浮かべる。
しかし『ね、お願いします』と彩羽が頼めば何とか形だけは従ってくれた。
「それで…先ほどの話ですが…今更聞きますが本当に俺達の経歴を知っていて雇ってくれるんですか?」
話が一段落し、友成が再び話を持ち掛けた。
彩羽は目を瞬かせ、その様子を見て春恵が『ちょっと』と友成の肘をつく。
「友成さんあなたお嬢様にそんな事聞くのは失礼でしょ?」
「しかしなあ…俺は曖昧なままでいたくねえんだよ」
「でも友成さん、その件は旦那様が話を通しておくって言ってたじゃないですか」
「旦那様は…まあ、あの旦那様だし…あの方からしたら俺らの悪行なんて赤子みたいなもんだけどよ…なんていうか…お嬢様は犯罪なんてほど遠い暮らしをしていたわけだし…はっきり言うが俺は心の中で俺らを馬鹿にするような奴に従うのはごめんだぜ」
「ちょっと友成さん!旦那様が聞いたらやばいって!」
「殺されたって構うもんか…人を殺しておいて本音を聞きたいなんて都合がいいかもしれませんが…俺はお嬢様の本音が聞きたいんです」
友成の目はまっすぐ彩羽に向けられた。
本当に彩羽の本心を聞きたがっているのが分かった。
本来加害者はクズな性格でないかぎり罪に本音を隠し怯えて暮らす事が多い。
だから彩羽はその強い意思を持つ友成が好ましく見えた。
最初は怖そうなおじさんだったが、今ではいい人にランクアップである。
「そうですね…確かに最初は驚きました…巴川家にも家政婦とか庭師とかいましたけど流石に犯罪者はいませんでしたし…でも、兄が自分の正体を知っても通報しない人を選んだって聞いて納得したんです」
「それだけですか?あの…私は事故ではなく殺意があって夫とまだ幼かった子供を殺したんですよ…普通は嫌悪するか嫌がるはずでは…?」
無理心中をしようとした春恵の言葉に彩羽は目を瞬かせた後、くすりと笑った。
兄妹共々顔が整っている主人の笑みを見て同性の春恵もついドキリとさせたが、怪訝とさせる。
「嫌悪とか嫌だなって思った事はないですね…そもそも"そんな事"気にしていたら殺人鬼の兄を『お兄ちゃん』って呼べませんよ」
馬鹿にしたわけではない。
ただ殺人を怖がり嫌悪するなら高遠遙一という連続殺人犯である男を『兄』とは呼べず、こうして彼が渡した鍵でこうしてのこのこ一人で来ない。
そう言われれば確かにそうだと春恵や加奈、そして友成も納得してくれた。
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