(7 / 24) 緊急事態252 (7)

――その夜。
彩羽は一番風呂を貰った後、春恵に出た事を知らせた部屋に戻った。
今日は色々あり疲れて眠りたかったのだ。


「はあ…今日は疲れたなぁ…」


そう零しながら襖を開けると自分の部屋が視界に収まる。
その部屋は主人の1人として一番いい部屋だったが、彩羽は昨日初めて見たためまだ慣れない。
何だか人の部屋のようだと思いながら入る。
部屋にはまだ家具も揃っておらず、ある物としたらカーテン、ベッド、折り畳み式のテーブルのみ。
まだ殺風景な部屋ではあるが、これから物が増えていくのだろうなとベッドにもぐりこみながら思う。
しかし、ウィルを抱きしめ眠ろうとしたその時―――外から大きな音がし、彩羽は飛び起きた。


「な、なに…今の音…」


彩羽は庭に繋がる窓を開けて外を見る。
隣接している建物は遠くて隣人からの音ではないが、気のせいかと思う程その音は小さくはなく彩羽は恐る恐る外に出た。
携帯の僅かなライトで周りを照らし見渡していると、庭に白い塊が見えた。
その塊に恐る恐る近づいていけばその塊は人の形をしているのが分かった。


「!―――大変…!この人怪我をしてる!!」


その人型は倒れており、動く気配がないため更に近づけばその人型は男だった事が分かった。
全身真っ白のスーツとマントに身に包んでいる男は、いかにも普通の人間ではないのは分かった。
一体彼は何者で、なぜ庭に倒れていたのか…それを気にするよりもそれ以上に驚くものが見えた。
それは真っ白なスーツを汚す真っ赤な血である。
肩から流れる血は庭の芝生も汚し、僅かな光であるライトでもそれが血で、その血は彼から流れているものだと分かった。


「ちょっと!何よ今の音!!」

「お嬢様!?今の音は何ですか!?」

「お嬢様!!大丈夫ですか!?」


彼に駆け寄って彩羽は傷に触れないよう体を揺さぶって声をかける。
しかし彼は痛し気に顔を歪めるだけで目を覚ます素振りは見せなかった。
困った彩羽だったが、タイミングよく物音に気付いた三人が駆け寄ってきてくれた。
彩羽は三人の姿にホッと安堵の表情を浮かべながら倒れている人がいると知らせる。


「救急車をお願いします!この人怪我をして倒れてて…気も失ってて声をかけても反応しないんです!!」

「わ、分かりました!」

「ま、まって!!この人怪盗キッドじゃない!?」


彩羽の言葉に春恵が家に戻って救急車を呼ぼうとしたが、加奈の言葉に春恵の足が止まり、友成も動きを止めた。
彩羽もその言葉に目を丸くして男―――怪盗キッドを見下ろした。


「この人が…」


マジマジと見て見れば、確かに白いスーツにマントなんて普通パーティーでも着ない。
不動市に住んでいる彩羽でも怪盗キッドの名は知っていたが、それほど興味があるわけでもなかったためニュースに出て知っている程度の知識しかない。
写真も一度は目にした事があり、トレードマークでもあるあのシルクハットを探せば近くに転がっていた。
恐らく倒れた時か、落下した時に頭から落ちたのだろう。


「ねえ、救急車は不味くない?」

「え…でも怪我をしてますし…」

「でも救急車が来たらこの人が怪盗キッドって気づかれて警察が来るわけよね…もし怪しまられたどうするの?」

「そう思う事が怪しまれるんじゃねえのか?俺らは偶然怪盗キッドが落ちてきて救急車を呼んだ善良な市民だって面(ツラ)してりゃいいんだよ…ビビるから怪しまれるんだ」

「で、でも…」


加奈がどこか怯えた声で呟き、その言葉に彩羽は驚いた顔を見せる。
怪我をしているなら救急車を呼ぶのは当然で、加奈は救急車を呼ぶべきではないと言い出したのだから驚きもするだろう。
しかしそれには理由があり、救急車に乗っている救急隊員も彼の姿を見れば怪盗キッドだと気付き警察に通報するだろう。
だがそれは市民として当たり前で、例え人殺しではなくても犯罪者を庇うのは罪だ。
それは一般市民の常識ではあるが…忘れてはいけない―――この家のもう一人の主人は、あの殺人鬼である高遠遙一である。
高遠もマリオネットを操り芸術犯罪のため、そして資金のために忙しい毎日を送っている。
今だって海外に出て働いている。
警察の身内を持つ彩羽としては高遠が暇であった方がいいのだが、彩羽は高遠の事はあまり触れる事はしないと決めた。
高遠の家でもあるこの家に警察が入るのは危険だと加奈は思ったらしい。
特に加奈は感謝はしているが、それでも殺人鬼として高遠を一番恐れていたから叱られるのを恐れているのだろう。
だが、かと言ってそのまま放置すればいずれ周囲にばれて結果は通報しない時よりも最悪となる。
あんな音をさせて気づかなかったなんて言い訳警察には通用しない。


「…分かりました…匿いましょう」


救急車を呼ばずこのまま見捨てるよりはいいという友成と春恵と、それでも高遠を恐れている加奈で意見が割れてしまった。
今は夜。
まだ寝静まっている時間ではないが、それでも大半の人は家に帰宅してそれぞれ過ごしている時間帯。
このまま外で言い争っては周囲に聞かれると彩羽は…―――怪盗キッドを匿うと決めた。


「なっ…お、お嬢様!?」

「それは危険すぎます!何もそんな事しなくたって俺達はただの巻き込まれた一般人ですよ!?惚けりゃいいんですよ!惚けりゃ!」

「友成さんと春恵さんの言い分も理解しています…ですが、加奈さんがあんなにも動揺しているため惚けるのは難しいかと思います…それに私も警察に目を付けられるかもしれないリスクは避けたいですし」

「でも…!」

「怪我の治療をし、完治するまで大人しくしてもらい、完治したら帰っていただく…それでいいじゃないですか」

「……こいつぁ、名の轟いている怪盗ですぜ…大人しくしているかどうか…」

「私達の隙をついて逃げ出すのならそれでいいじゃないですか…怪盗なんですからわざわざお礼をしに来る事もないでしょうし、警察に言う事もないでしょう」

「…………」


彩羽の言葉に二人は黙り込んだ。
結局決めるのはこの家主である彩羽である。
不服そうではあるものの彩羽の決定に従うのを決めたのか友成は溜息を隠さず『分かりましたよ!』と彩羽の説得を諦めた。
友成が諦めたのを見て春恵も自分では説得は無理だと諦めてくれた。


「とりあえず客間に運びます…それでいいですね」

「はい、ありがとうございます」


よく見ればキッドは小柄だった。
とは言え男であるのに変わりはなく、女である彩羽達が運ぶのは難しく、男である友成に横抱きをして運んでもらった。


「け、警察の人が来たらどうしましょう…」


性格がキツそうな容姿をしながらも本当は小心者のようで、怯えたように加奈が彩羽に声をかけてきた。
その言葉に彩羽は立ち上がりながら『そうですね…』と考える。


「普段来客を相手している人は誰ですか?」

「大体は私が」


そう問えば手を上げたのは春恵だった。
来客と言っても大体は三人の誰かが頼んだ宅配や、セールスの人だけだが、主婦だった頃の癖で大体の来客は春恵がしていた。


「では警察が来たら春恵さんが対応してください…周りが騒がしいのは気づいたがキッドの事は知らないと答えてください…もしも必要なら私も出ます」

「その場合お嬢様の立場は…」

「そのままです…私はこの家の主人の妹、あなた達は雇われた家政婦ということに…全て話す事はありません」


怪しまれなかったら大抵『この家の主人の妹です』と答えれば済むし、この家の主人を問われれば『海外にいる』と言えば納得いくはず。
春恵と加奈が頷き、客間にキッドを寝かせた友成が戻ってきたところでチャイムが鳴り、外から『警察のものですが』という声が聞こえた。


「ど、どうしよう!!」

「落ち着きなさい、加奈ちゃん!あなたが怪しまれるかもしれないから救急車を呼ばないって言い出したのよ!なら自分の発言に責任を持ってもっとしっかりとしなさい!」

「で、でも…」

「大丈夫です、恐らくキッドを見かけたかという質問だけですから…加奈さんは中に入って仕事をしていてください…流石に中まで入らないでしょうし、入ってきても家事をしていたと装えば怪しまれません…質問されても『騒ぎには気付いたが何も気づいていない』と言えばいいだけです…」

「は、はい!」


焦り顔を青ざめる加奈は見るからに怪しい。
救急車を呼ぶのを拒んだのは加奈なため、なら自分の発言に責任を持てと春恵が叱った。
それでもおどおどとさせたが彩羽の指示に怯えは少しなくなり、指示通り家の中に入っていった。


「怪しまれますから早く春恵さんは警察の対応に向かってください」

「はい!」

「友成さんは一応その血だらけの服を着替えて警察の騒ぎに気付いたと装って様子をみに来たと春恵さんのあとに続いてください…勿論何もなかったと答えてください」

「お嬢様はどうなさるんで?」

「私はニュースに顔が出ていたのでできるだけ人前には出たくありません…この時間帯で家にいるのに顔を隠すのも怪しまれますし…ですからキッドのいる客間で待機しています…もし警察が来たらどうにか対処しますし、呼ぶように言われたら素直に従って呼びに来てください」


『服は出来るだけ隠してください』ともしも中に入られて調べられた時に備えてそう指示を出せば友成はすぐに自分の部屋に戻ってキッドを運んだ時血が付いた服を着替えに向かった。
彩羽も開けっ放しの自室の窓から中に入り服を着替えて床下へ隠す。
その後気付かれないよう客間へと向かった。


―――春恵は緊張しながら玄関を出て離れた門へと走って向かう。
門の外には警官が2人立って待っていた。


「ごめんなさいね、ちょっと洗い物してて…」

「ああ、いえ…こちらも夜分遅くにすみません」


エプロンをしていたので玄関の扉をあけながら手をエプロンで拭く素振りを見せ、警官に謝りながら近づく。
過去、家族を道連れにしようとしてた春恵だが、それを除けば本当にどこにでもいる普通の主婦で、実は人懐っこい性格をしている。
ここに雇われた時も近所付き合いはいい方でよく近所の奥様から色々な情報を貰っている。
流石に雇われ人なのでお茶会など誘われても行けないが、買い物帰りに会ってそのまま喫茶店に入る事は時折ある。
にっこりと笑えば人の良さが出ている春恵の笑みに警察も警戒を解き、家事で忙しい中呼び出してしまった事を申し訳なさそうにされた。


「それで…何かあったんですか?」

「ええ…それがこの辺りに怪盗キッドが逃げ込んだと知らせがありまして…何か不審人物や不審に思われた事とかありますでしょうか」

「まあ!あの怪盗キッドがこの辺りに!?どうしましょう…怖いわ……えっと、不審人物や不審に思った事よね…そうねえ……不審な音とか人はなかったわね…」


この家の敷地は広い。
その広い敷地の中で家は中央に建てられ、周りは池や蔵や庭で囲っており、敷地内は塀に囲まれ外からは見えないようになっている。
そのため外からの音は聞こえにくいのだ。
だから拳銃や交通事故などのよっぽどのことがない限りは家の中にいると気づかない。
更にはテレビや会話など生活音が流れ、だからこそ気づかないと言っても変ではなかった。
警察もそれを承知なのか何も気づかなかったという春恵に『そうですか』と答えた時、友成が現れた。


「一体なんの騒ぎだ?」

「あっ!ちょっと友成さん!それが大変なのよ!!この辺りにあの怪盗キッドが逃げ込んだらしいわよ!それで警察の人が聞きに回っているんですって!」

「なに?あの怪盗キッドが?」

「そ、そうなんですよ…この辺りに逃げ込んだと知らせが来まして…えっとあなたは何か気づかれた事とかありますか?」


怪訝さを見せる友成に警察は少し身を引かせた。
それはなぜか…友成の顔は厳つく大工だったため体も鍛えられ少し怖く見えるのだ。
彼自身この家に、否…高遠に雇われているというのもあり高遠の情報が漏れないよう気を付けているためどうしても来客に対して冷たい態度を取ってしまうところがある。
厳つい顔に睨まれた警察は怯えたのだ。
その警察達はまだ新人にも等しい若い警察だったため仕方ないと言えば仕方ない。
しかしそこは警察…きちんと仕事をこなしていた。
警察の質問に友成は考える素振りを見せる。


「いや、気づかなかったな…まあ、なんせこれだけ広いから外からの音はあまり聞こえないんだ…それにさっきまでテレビ見てたしな」

「そうですか…分かりました…ご協力ありがとうございます!」

「はい、お勤めご苦労様です…聞き込み頑張ってください」


何とか門を開けることなく警察は帰ってくれた。
春恵が励ましの言葉を掛ければ警察二人は嬉しそうにはにかみながら次の家へと向かった。

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