(8 / 24) 緊急事態252 (8)

警察を見送った後友成と春恵は何も会話もせず家に戻っていく。
出迎えてくれたのは彩羽…ではなく怯えていただけだった加奈だった。
警察が去ったのを隠れながら見ていたが、まだ青い顔を見せる加奈は不安そうな表情で二人を出迎えてくれた。


「ど、どうだった?」

「帰ったわ」

「そ、そう…良かった…」

「よかったじゃねえだろ…加奈、お前が言い出したんだから隠れてないでお前が相手するべきだったんだ」

「だ、だって!旦那様の事気づかれないかって不安で…」

「だから惚けりゃいいんだって言ってんだ!」

「でもいつ旦那様が帰ってくるか分からないし…!」

「あなた達いい加減にしなさい!ここで騒いだら警察が気づいて戻ってくるかもしれないでしょ!それにこれはお嬢様がお決めになった事!今更グダグダ言ったり責任を擦り付けて何になるっていうの!!それに加奈さんのいう事も正しいと言えば正しいわ…この家は旦那様がお嬢様と過ごすための家です…その家を守るために私達は旦那様に雇われているのを忘れないように!」


門から玄関まで距離があり大声を出してもそうそう聞こえないとは思うが、夜という静かな時間のため絶対とはいえない。
とりあえず玄関から離れ春恵は二人を黙らせた。
更にはしょんぼりとさせる加奈に春恵は叱りつける。


「それと加奈さん…あなたいい加減に旦那様に慣れなさい」

「…でも…」

「でももだけどもないわ…いい事、しつこいようだけどこうして私達が生活できるのは誰のおかげ?住み込みで働かせていただき給料も満足いく金額で払ってくださっているのは誰?あなたが好きなブランドの衣服や可愛いグッズや最新式の携帯を購入できるのは誰のおかげ?全ては旦那様とそのきっかけを作ってくださったお嬢様のお陰でしょう?…旦那様は確かに恐ろしい殺人犯で逃亡犯です…でも旦那様がいなかったら私達は死ぬしかなかったの…それに旦那様は恐ろしい方だけど優しい方でもあるじゃない…お嬢様を傷つけたり、お嬢様に不利な事をしなければ旦那様は怒る事もないし寛容な方だわ…恐れる気持ちは分からないでもないけれど…あなたのその態度、目に余るものがあるわ…急に慣れろとは言わないけどお嬢様の前では隠しなさい…いいわね?」

「…………はい…すみませんでした…」


最初こそ加奈のビビりな性格に理解し見逃していたが、最近は目に余っていた。
彩羽との逢引のためにこの家を隠れ家にしたとはいえ、高遠と顔を合わす機会は準備などの雇われた当初と比べるとそうない。
それに彩羽に危害さえ加えなければ高遠は寛容さを見せていた。
元々専業主婦、不良、大工だった三人に礼儀なんて備え付けられておらず、一応人通りは教え込まれたがそれでも一流ホテルなみの教養は身に付かなかった。
聞けば高遠も彩羽も上級家庭の出であるらしいが、それでも二人とも三人の礼儀のなっていない素振りを見ても何も言わないでくれている。
いわば見逃してくれているのだ。
そんなよっぽど事や、彩羽の事で怒らせなければ無害な高遠を意味もなく怯え続ける加奈に春恵は釘を刺した。
今は見逃してくれるが、それが積もりに積もればどうなるか…加奈も気づいていたのか叱られしょんぼりとさせながら反省を見せる。


「とりあえずお嬢様に警察は去った事を知らせます…友成さんは旦那様にこの事を報告してください…加奈さんはお医者様に事情を話て来ていただくよう連絡を」


警察は去り、彼らは怪しんでいるようには見えなかったため一先ず安心である。
しかし怪我人の治療は流石に三人では無理で、事前に高遠から紹介されていた医者に連絡を入れるよう加奈に指示をし、友成にもキッドの事を旦那様…高遠の耳にも入れるように指示をした。
加奈は高遠に電話をしなくて済むとホッと胸を撫で下ろしながら電話へ向かう。
加奈が電話を使っているため、友成は携帯を取り出し高遠に連絡を入れた。。
それぞれ動いたのを見て春恵は彩羽のいる客間へと向かった。


「お嬢様、失礼します」


怪我人がいるため小さくノックをし部屋に入る。
部屋に入れば彩羽はキッドの服を脱がしている所だった。


「春恵さん、タオルと水を持ってきてください」


そう言われ春恵はすぐに綺麗なタオルと水を持って戻り、それを彩羽に渡す。
彩羽はそれを受け取りながらお礼を言い、春恵に手伝ってもらい上着を脱がせ、シャツを開く。


「これは…銃?」

「警察に撃たれたんでしょうか…」

「でもいくら警察でも泥棒に拳銃を使うかしら…その怪盗キッドって人を傷つけた事ないんでしょう?なら拳銃の所持は難しいんじゃないかしら…」


巴川家に高遠がいるかもしれないから拳銃の許可を得ようとしたが警察は許可をしなかった。
殺人犯を相手にしても許可が出ないのなら、泥棒相手には許可はしないだろう。
とは言え絶対とはいえない。
怪盗キッドと言えば、怪盗紳士と並ぶ大泥棒であり、被害総額は数字に出来ないほど多額であるため、泥棒でも拳銃の所持を許可する事もあるかもしれない。


「とにかく…傷の治療をしないと…救急箱とかありますか?」

「ああ、それなら今加奈さんにお医者様に連絡させていますのですぐに来られるかと…」

「医者って…大丈夫ですか?」


警察に聞かれるのが怖いから救急車を呼ばなかったのに、医者を連れてきては同じではないかと彩羽は聞けば心配はないと首を振られた。


「そのお医者様は旦那様のお知り合いの方ですので警察に通報することはないでしょう」

「そう…ならそのお医者様が来るまで傷の周りの血を拭っておきましょうか…」


兄と繋がりがある医者なら、警察に連絡することもないだろうから安心である。
とりあえず治療は素人がやるよりもプロが来るのならその人に任せ、その間血を拭ったりタオルや水を用意したり準備する。


「お嬢様、お医者様が来られました」


暫くすると加奈が医者を連れてきた。
入れるよう伝えれば一人の女性が入ってきた。
それも美女である。


「この子が怪盗キッド…案外普通ね」


女性はチラリと彩羽を見たがすぐに患者であるキッドに歩み寄る。
持って来た鞄を開き包帯や消毒液、ガーゼなどを取り出し治療を始めた。
流石医者と言うべきか、治療は的確に素早く行われた。
幸い重症ではないため病院に運ぶ必要はなかった。


「傷はそこまで深くはなかったけど安静が必要ね」

「やっぱり拳銃で撃たれて出来た傷でしょうか…」

「ええ、そうね…まあ警察もなりふり構ってられなかったってところかしら」


手を洗いながら傷の状況を彩羽に伝える。
やはり彩羽の思った通り銃で撃たれた傷だったらしい。
重傷とまではいかないまでも決して軽傷ではないという。


「さて…まず自己紹介をしましょうか」

「え?」


春恵に治療して出たゴミの処理を指示した後、彩羽を見た。
彩羽は突拍子もない言葉にキョトンとさせ、その顔に女性はクスクスと笑い出す。
それに怪訝としていると女性は『ごめんなさいね』と謝りながら何故謝ったのか教えた。


「あの人の妹って聞いてたからどんな子かって思ってたけど…あの人とは全然似ていないのね」

「あの…先生はお兄ちゃ……兄の事…」

「ええ、知っているわ…知り合いって言うより元依頼主ってとこかしら」

「依頼主…」


笑われた事は笑い方で馬鹿にされたわけではないと分かっていたから不快には思わなかったが、兄と似ていないと言われ曖昧に笑って返した。
曖昧に笑うその姿も高遠と似ていないと女性がそう思いながら愉快そうに目を細めていると春恵が彩羽にお世話になったからお茶でも飲んでもらったらどうかという問いかけをし、それを彩羽は受け入れた。
女性も素直にその誘いを受け、場所をリビングに移った。


「私、三橋穂香って言うの…米花東総合病院に努めてるわ…あなたのお兄さんとはさっき言ったけど元依頼主という関係」


三橋穂香(みはし ほのか)と名乗った女性は『それ以上の関係じゃないから安心してね』とにっこりとした笑みで言い、彩羽は苦笑いを浮かべて返した。


「元依頼主って事は…」

「ええ、そうよ…私、人殺しなの」


彩羽の恐る恐るの問いに足を組ながら笑みを深めて答えた。
人殺しを何とも思っていない様子の彼女は少し異常ではあるが、彩羽も無反応を見せる。
兄は凶悪な殺人犯、家政婦や庭師は元殺人犯、そして彩羽も人を殺そうと本気で思っていたというのもあり、目の前に殺人犯がいても何も思わなかった。
驚きはしたが、怯える様子を見せない彩羽に三橋は『ふーん』と何か含んだ表情を浮かべ彩羽を見つめる。
その視線は値踏みのようで彩羽は少し居心地の悪さを感じながら怪訝とさせる。


「えっと…」

「不躾だったわね、ごめんなさい…さっきあなたとあの人は似てないって言ったけど撤回するわ…あなた、やっぱりあの人の妹ね」

「?」

「目の前に殺人犯がいるっていうのに動じないんだもの…あの人から普通の生活をしてるって聞いてたから」

「という事は…先生は私の事兄から聞いていたんですか?」

「ええ、とっても可愛い妹がいるってね…あの時は身内贔屓かと思ってたけど…あの人の言う通り可愛い子だったわ」

(お、お兄ちゃん…)


三橋の言動から高遠から自分の事は聞いていたらしく、犯罪とは無関係の生活をしながらも目の前にいる殺人者に動じない度胸の強さを見て、高遠の妹だとやっと認めてくれた。
それだけならまだいいが、どうやら兄はシスコンを発揮したらしい。
彩羽は褒められた事に恥ずかしくて身を縮ませた。
ほんのりと顔を赤くする彩羽を三橋は微笑ましく見つめ、春恵が淹れてくれたお茶を飲む。


「金田一君っていう少年の事も聞いてたわ…私は運良く彼らがいなかったから逃げれたけどね」

「"彼ら"?兄さ…えっと…明智警視の事ですか?」


高遠からは彩羽の他にも『平行線』と呼んでいる金田一の事も聞いていたらしく彼らがいない事が幸運だったと笑った。
しかし彩羽は『彼ら』という言葉に首を傾げた。
彼ら、というのは一人ではなく複数を表す言葉。
金田一がその一人なら、もう一人いるはず。
明智かと思えば三橋からは首を振られた。


「あら、ご存知ないの?工藤新一っていう高校生探偵の事よ」

「高校生探偵…工藤新一……ああ、あの新聞によく出てた…」

「そう…こっちでは工藤新一が有名でね…もし彼や金田一君がいたらきっと私は今頃牢獄の中だったでしょうね」


工藤新一、という名前は彩羽も知っていた。
不動市に配られている新聞にも工藤新一の記事は書かれていた。
しかし対して三橋は金田一の事はあまり知らなかった。
金田一は本人の希望でマスコミには公表しておらず、三橋も高遠から聞かなかったら金田一の事は知らないままだっただろう。


「じゃあ、私は帰るわね…彼には暫く安静にするよう伝えてちょうだい…まあ逃亡するかもしれないけど…それと、暫く傷からくる熱と痛みが続くと思うから解熱剤と鎮痛剤を春恵さんに渡しておくからそれを飲ませてね」


お茶を飲み終えて席を立ち、傍に立っていた春恵に痛み止めと熱止めの薬を渡す。
薬局で出してないため見た事ある袋ではなく適当な袋に入れてあるが、鎮痛剤と解熱剤と別けて入れてありちゃんとどの薬が入っているか、一日何回か、何錠か、も書かれていたので混乱する事もないだろう。


「あと、これ…」


玄関まで見送りをしキッドの治療のお礼を言えば、三橋は思い出したように手帳に何かを書いて破って彩羽に渡した。
咄嗟に受け取った彩羽はその名刺を見下ろすとそこには電話番号とメールアドレスが書かれていた。


「これは?」

「私の電話番号とメールアドレスよ…キッドに何かあれば連絡ちょうだい…それにそれ以外でも私に連絡してくれれば無償で尚且つ機密に治療をしてあげる」


ウィンク付きにそう言われ彩羽は頷いたが、首を傾げる。


「あの…なぜですか?私…あなたと初対面ですよね…」


高遠の元依頼主であるのもあって口は堅く、今の彩羽には助かるが、なぜ今回の事だけではなく自分にも良くしてくれるのか分からなかった。
首を傾げその疑問を問えば三橋は笑みを浮かべた。


「あなたのお兄さんに恩があるからね…口外しないくらい訳ないわ」

「恩…元依頼主って奴ですか?」

「そう…私にはね、一人の息子がいたの…5歳くらいの息子がね…」


三橋はバツイチの女性で、一人息子がいた。
しかし夫とは性格の不一致で離婚。
本来なら小学1年までの子供の親権は母親が強い。
ただ絶対ではなく、経済的理由や離婚理由などで父親が親権を得ることがある。
しかし三橋の場合は違った。
親権は夫である父親が得たが、それは父親の両親が孫を取られまいと手を回して親権を母親から奪ったのだ。
それだけではなく夫は三橋に秘密に引っ越しをし決して三橋に子供を接触させなかった。
探そうとしても見つからず、結局子供とは会えないまま…――息子はこの世を去った。
それを知ったのは友人からだった。
更には夫は息子の死のあとすぐに再婚。
それを不審に思った三橋は多額の金をつぎ込み探偵を雇い息子の死を徹底的に調べ上げた。
結果―――息子は殺害されたと分かった。
その犯人は…息子の父親…三橋の元夫である。
夫は再婚相手が『コブ付は勘弁』という一言で息子の殺害を決め、事故を装い殺した。
それを知った三橋は偶然知った高遠に依頼をし、そして復讐を果たした。
殺したのは三橋だが、その罪を夫の再婚相手に被せた。
勿論理由は再婚相手の一言のせいで幼かった命が奪われた事への恨み。
夫は元々借金や人間関係絡みで恨みを買いやすい人間だったし、当時浮気され慰謝料で揉めていたのもあって再婚相手には十分な動機があったためそのまま疑われ今は三橋の代わりに牢獄に入ってもらっている。
夫はもはや死のうが生きようが罰せればどうでもよかった。
ただ息子の命をたった一言で奪った再婚相手がどうしても許せなかったのだ。
夫を殺し、再婚相手に罪を着せ、息子の恨みを晴らす事が出来たのは全て計画し指示を出してくれた高遠のおかげである。


「―――復讐が果たせたのはあの人のおかげ…私はあの人に一生かけても返せない恩があるの…だからあの人の頼みも、あの人の妹のあなたの望みも出来るだけ叶えたいのよ…あなたの願いを叶えるって事は、あの人に恩を返すって事にもなるから」


『だから、あなた達だけは特別』、と言う三橋の顔は母親の顔をしていた。
たった一人の息子を殺されその復讐を果たした三橋に彩羽は少し羨ましく思った。
彩羽も復讐を決意し実行しようとしたが、最後の最後でやめた。
今更復讐しようなどとは思っていないが自分の手で義父を不幸にしたかったと今も思っている。
養母に対しても養父を見殺しにした事や弟を道具同様に見ていた事は許せないが、日記の中で自分を愛してくれていたと分かって憎み切れずにいる。
だから完全に吹っ切った様子の三橋が少し羨ましかったのだ。

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