朝食を終えて彩羽は客間に向かった。
コンコンとノックをした後静かに開けて中を覗き込む。
「お嬢様…おはようございます」
「おはようございます、友成さん…私が代わるのでご飯食べてきてください」
「ええ!?そ、そんな…お嬢様にそんな事させられませんよ…春恵か加奈に代わってもらえば…」
「友成さん達のお陰で私は十分睡眠を取れたので今度は私が代わりますよ」
「ですが…」
「まあ、あれですよ…暇なんです…学校は休んでますし家事は春恵さん達がやるし…私がやることないでんす」
『看病っていい暇つぶしですし』と続ける彩羽にこれ以上断る事も出来ず、言葉に甘えることにした。
勿論、『看病がいい暇つぶし』と言ったのは本音ではなく、友成が理由を付けて彩羽と交代できるようにしたのだ。
どうも友成達は高遠の言葉を忠実に守っているため、彩羽をまさにお姫様扱いしてくれる。
そのため彩羽のやる事と言えば食べる事、テレビを見る事、お風呂に入る事、寝る事しかなく、やる事はないのだ。
彩羽が暇つぶしに看病するなど思っていない事は友成にも気づかれているが、彼は空気を読んでくれたらしい。
友成が座っていた場所に腰を降ろし、眠っているキッドを見下ろした。
(怪盗キッドって不動市の新聞にも載るくらいだけど…アップの写真はないし…こうして間近で見るのって結構レアかも…)
不動市の新聞にも怪盗キッドの記事は載ってはいるが、こちらの新聞は分からないが不動市の新聞に載る写真はいつも逃亡中の写真か遠くからの写真だけで間近の写真はほぼない。
レア度の高い顔を彩羽はジッと見つめた。
(怪盗なんてしているから大人かと思ったけど…私と同い年くらいかな…案外可愛い顔してる…)
眠って気が緩んでいるせいか、怪盗キッドの素顔は幼く見えた。
じっくりと見れば見るほどその顔は幼くて可愛くて、彼は大人ではなく少年に見えた。
(そういえば…兄さんも寝顔、可愛かったなぁ)
キッドの顔がとても幼く見えて彩羽は従兄と一緒に寝た時に見た従兄の寝顔も幼く見えた事を思い出しふと思う。
ふ、と笑みを浮かべ顔に掛かったキッドの髪を払ってあげようと手を伸ばした。
その時――その手を阻まれた。
「…!」
彩羽は驚いて声を上げかけたが、その口を塞がれ、勢いそのままに押し倒される。
その際後頭部を打ったが、客間はベッドではなく布団だったため段差があるわけでもなく、この家の作りは多くが和室なので床は畳で頭を打ってもそれほど強い痛みはなかった。
とは言え痛いものは痛い。
しかしそれ以上に驚きが大きく痛みは感じなかった。
彩羽の目の前には―――
「、れだ…誰だ、お前は…っ」
怪盗キッドがいた。
キッドは自分に触れようとした彩羽に気付き咄嗟に手を取り叫ばれる前に口を塞ぎ動きを奪ったのだろう。
彩羽の口を塞ぎ押し倒してはいるが痛みはあるのかその激痛に顔を歪め声を詰まらせていた。
誰だと問われても口を塞がれているので言葉が発せられない。
しかし相手は怪我人なため乱暴な事も出来ない。
「お前はあいつらの仲間か!?」
そう問われ彩羽は首を振った。
「じゃあなんなんだ!!」
彩羽は怪盗キッドは紳士的だと好意的の意見をよく聞いていたから、今の乱暴な彼はただ驚きパニックになり警戒しているのだと分かった。
『あいつら』と言っていたから誰かに撃たれた事は覚えているようで、余計に警戒が強くなっているのだろう。
だから落ち着かせるようできるだけ抵抗はせず、声を荒げる彼に口がふさがれているという意味を込め、自分の口を塞いでいるキッドの手の甲をトントンと軽く叩いて示す。
それに気づき少し落ち着いたのかキッドは彩羽が無抵抗で、『あいつらの仲間』とは思えないほど普通の少女だと気づきそっと手を退ける。
(やっとどけてくれた…)
しかしだからといって警戒を解いていないのか、恐る恐るとキッドは彩羽の上から退き、逃げれるようにとなのか窓に背を向ける。
彩羽は上半身を起こし座り直しながら事情を説明した。
「あなたは怪盗キッドですね?」
「…そうだ…ここはどこだ?なぜ俺はここに…」
「あなたは昨夜この家の庭に落下してきたんです…覚えてないんですか?」
「………いや…覚えてる…撃たれて逃げていた時…次第に意識が失っていき…意識を失う直前に落下していくのは覚えてる…じゃあ…あんたは俺を助けたって事か?」
どうやら彼は頭の回転は速い方らしく、少しの会話だけで彩羽が自分を助けたのだと理解した。
頷く彩羽にキッドは警戒心を表すように睨むその目を申し訳なさそうに変えた。
「そ、そうだったのか…すまない…助けてくれたのに乱暴をしてしまって…」
「いえ…目が覚めれば知らない場所で、傍には知らない人がいて自分に触れようとしていたのならパニックを起こしても可笑しくありません」
『気にしないでください』と笑う彩羽にキッドはホッと安堵の息をついた。
しかし安心したため警戒に集中していた意識が和らぎ正常に痛みを感じ始めたのか、痛みに顔を歪め冷や汗を流した。
肩に手をやり、足も怪我をしているせいか座り込んだ。
彩羽はそれに気づき慌ててキッドに駆け寄る。
「キッドさんは肩と足に怪我をしているんです…先生からは暫く安静にしなさいと言われていますので布団に戻りましょう…」
「………」
「警戒するのは分かります…でも警察に突きつけるなら見つけた時にしていますし、殺す気でしたらもう殺しています…完治するまでなんて言いませんから…せめて今は安静にしてください…傷が開いちゃいますから…」
駆け寄れば最初程睨まれないが、あからさまに警戒を含んだ目で見られた。
しかし彩羽はそれを受け流し、これ以上無理をさせたくはないと言えば納得したのか諦めたのか…大人しく布団に戻った。
「あんたは何者だ?なぜ俺がキッドと分かっていて警察は呼ばず助けた?」
まだ怪しんでいるキッドの言葉に彩羽はどう答えようかと考える。
しかしそれを悟られないように安心させるよう笑みを浮かべ、何者かと問われ困ったように小首を傾げた。
「私は普通の高校生です…あなたを助けたのは…そうですね…兄を重ねたから…でしょうか…」
「兄?」
彩羽の答えにキッドは怪訝とさせた。
『兄』と言われてもキッドに分かるわけもなく、首を傾げるキッドに彩羽は兄が高遠遙一だと伏せて、兄が考えた設定通りの説明を告げる。
「兄って言っても私とは血が繋がってないんですけどね…兄はマジシャンなんです…海外で仕事しているので今はいないんですけど…キッドさんもマジックのような奇術を使うって聞いてましたから…離れている兄を思い出してつい…」
この家に来る兄の名は高遠遙一ではない。
表の名札には川口という文字が書かれており、この家の主は彩羽ではなく兄である高遠の持ち物、という事になっている。
勿論これも表向きであるが。
彩羽の言葉を信じたのか、信じるフリしているのか、キッドはそれ以上の問いはしなかった。
血が繋がらないという言葉も気になるが、初対面で聞く事ではないかと思い聞くのを止めた。
それにまだ警戒しているのもあった。
ふむ、と考え込むとそのわずかな動きでも傷に響いたのか痛みに声を漏らし顔を歪めた。
「い…っ」
「大変!先生から鎮痛剤貰ってるので持ってきますね!」
痛む姿を見て彩羽は慌てて三橋から貰っていた薬を取りに部屋を出た。
『待っててくださいね』と言って出て行った彩羽を見送った後キッドはゆっくりと傷が響かないように起き上がる。
(助けてもらったのは有り難いが…どうも信じられないんだよなぁ…)
彩羽自身普通、美少女という点では普通ではないが、それ以外では普通の高校生であることは疑いもないだろう。
しかし、そんな普通の高校生がたかが兄と重ねて泥棒を庇うのはどうも怪しかった。
嘘は言っているようには見えなかったが、勘が怪しいと言っていた。
誰も見張っていない今なら逃げれるとキッドは窓から逃げ出そうとする。
(平屋作りで助かったぜ…)
肩ならまだしも足を怪我をしている今の状況で二階から降りるのは困難である。
音を立てないよう気を付けながら広々とした庭を足を引きずっているとやっと塀に辿りつく。
広々とした庭は障害物もなく見晴らしがよかった。
だから人に気付かれる前に逃げ出そうとした。
しかし…
「おい、そこは馴染ませてる最中だ、むやみに踏むな」
「い゙!?」
囲む塀は隙間一つなく、障害物がないため踏み台すらない。
しかし出入り口から出るのも危険。
仕方なく肩の痛みを我慢し塀をよじ登って逃げるしかない。
『せめて足が無事だったらなぁ』と内心愚痴っていると後ろから声をかけられ、油断していたキッドはビクリと思わず直立してしまう。
その際怪我をしている足が痛み、その場で蹲ってしまう。
そんなキッドを声をかけた人物が呆れた目を向けていた。
「ああもう…足怪我してるのに無理して逃げようとするからだぞ」
「いででで!そ、そう思ってるならもっと優しくしてくれって!」
「お嬢様のいう事聞かずに逃げ出そうとする奴に優しくする義理はねえ」
『うえ、きっつー』と不貞腐れるキッドに肩を貸してやり、裸足で歩いていたため肩に怪我を負っているキッドの代わりに足の裏を払い布団に戻した。
その時丁度彩羽が春恵と共に戻ってきた。
「あれ…友成さん?どうしたですか?」
「いや、こいつ逃げようとしてたんで戻しておいたんですよ」
水と鎮痛剤をお盆に乗せて春恵が持ってきてくれたのだが、庭を弄っていたはずの友成の姿が客間におり驚いた顔を浮かべていたが、友成の言葉に彩羽は納得した表情を浮かべ、春恵は呆れた顔を見せた。
「足にも怪我をしているというのになんともまあ…体力だけは有り余ってるみたいですね」
重体ではないから心配はなかったが、足を怪我をしても大人しくしていないキッドに呆れ返っていた。
呆れる春恵の目線に『うるせえ』と内心憎まれ口を零しながらフイッと顔を逸らした。
子供っぽい仕草に彩羽は苦笑いを浮かべながら部屋に入る。
「無理に動いたら怪我が悪化してしまいますよ」
「それにまだこの周辺には警察が張り込んでいるからその怪我じゃすぐに捕まるわよ」
「マジかよ…」
布団の上で座っていたキッドは春恵の言葉に項垂れた。
項垂れるキッドに苦笑いを浮かべ、彩羽は春恵から鎮痛剤と水を渡す。
キッドはそれを力が入ってない声でお礼を言いながら受け取り、水で鎮痛剤を飲み込む。
コップを春恵に渡すとその傍にいる彩羽が視界に写った。
(そういえば…この子、どっかで見た事あるんだよなぁ)
キッドは彩羽と会ってからの違和感を感じていた。
彩羽は敵意のない自分を心配そうにしている少女の顔だが……キッドはどこか引っ掛かりを覚える。
顔が整っているからとか、自分の好みだからとかではなく、彩羽の顔に既視感を覚えていた。
記憶力は良い方だから気のせいではないとキッドは記憶を漁る。
そして―――
「あんた…!!もしかして昨日から騒ぎになってる近宮日向の娘の…っ!!」
つい声を上げ、彩羽を指さしてしまう。
それも怪我をしたのを忘れて銃弾を受けた肩で指を指したため、ズキリと強い痛みに顔を歪めた。
彩羽は痛みに蹲るキッドの背中を擦る。
「お嬢様、やっぱり顔を隠すべきでしたね…」
時間差ではあるが、キッドにも顔を覚えられていた彩羽に呟いた春恵に彩羽は苦笑いを浮かべて返した。
痛みが落ち着いたのか、しかし痛みに脂汗を浮かべるキッドは怪訝そうに彩羽を見る。
「で、も…っ、あんたって確か不動市にいるんじゃ…」
あのニュースは全国放送だったため、こちら――米花市も当然流れていただろう。
だからあのニュースを見ていたこちらの市民が彩羽の顔を知っていても可笑しくはないが、しかしあの怪盗キッドにも顔を知られているのは何だか不思議な感覚である。
「テレビのせいで私家から出れなくて…学校にも行けないし……怖くなって春恵さん達に協力してもらって逃げ出してきたの」
「確かに…どのチャンネルに変えてもあんたやあんたの母親の事ばっかりだったもんなぁ…」
『怖くなるのも無理もないか』とキッドは彩羽を見つめながら思う。
彩羽の容姿は確かにテレビでも出ていた母親譲りで美少女だ。
恐らくニュースの写真だけでもファンは一人二人出来ただろうほど彩羽は美少女だ。
しかし、そんな美しい容姿を持ちながらも今までテレビ出演も雑誌でモデルとして出た事がないところから彩羽は芸能関係にそれほど憧れがない普通の少女なのだろう。
そんな少女が突然大女優の娘として注目され、どこから住所が漏れたのか朝目覚めれば大勢のマスコミに囲まれ逃げ場を失っていた。
それは少女の目にどんなに恐ろしく見えたか…キッドも想像に難くはなかった。
(そりゃ俺の事も通報しないわな…)
そしてキッドはなぜ救急車を呼ばず警察にも通報しなかったのか理解した。
まだ普通の怪我人なら良かったが、相手はキッドである。
マスコミも一人二人は絶対に訪れると思うし、ならそれを避ける意味で通報しなかったのも頷ける。
納得した様子のキッドを見て彩羽は話は終わったと一つキッドに問いかけた。
「誰か呼び出せる方いますか?そちらの方に連絡を入れて迎えに来ていただけばお帰りいただいて構いませんが…」
そう言われキッドは頷いた。
当てはあり、電話を貸してもらうよう頼むと春恵が自分の携帯を取り出して渡す。
家のコードレス電話を貸しても構わないが、出来るだけこちらの連絡先を知られるのはまずいと考えたのだろう。
特にキッドのような人物には。
キッドは春恵の携帯を借り、協力者である人物に連絡を入れた。
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