(13 / 24) 緊急事態252 (13)

彩羽はキッドとソファに座ってリビングでテレビを見ていた。
とは言えテレビは相変わらず近宮日向と彩羽の話題で盛り上がっており、碌な番組がないため衛星放送やDVDを見ていた。
正直、この家には娯楽はテレビしかなかった。


「お嬢様、黒場君…加奈ちゃんもう行っちゃっいました?」


『碌な番組ねえな』『うん』と衛星放送も高校生である二人が楽しめる番組はなく、仕方なく旅番組を見ていた。
その時覗かせた春恵の問いに考える素振りを見せ頷いた。


「加奈さんなら大体10分前に出て行きましたけど…」

「何かあったのか?」


彩羽の言葉にガクリと肩を落とし、キッドの言葉に春恵は困ったように頬に手をやり答えた。


「それが…買い物をお願いしたんだけど、私、サイフを渡すの忘れちゃって…それ気づいたのが今なのよ」

「えっ!大変じゃないですか!」

「もう出て行って10分経つし…スーパーについてるんじゃないか?」

「そうね、いつも行くスーパーまで大体5分くらいだからまだ買い物途中だろうし…やっぱり追いかけるしかないかぁ…」


高遠に月に一度生活費としてお金を入れてもらっており、その金額は三人分を差し引いても余るほどだった。
だから金額を気にする事はないが、それでもやはりできるだけ贅沢はしないよう三人に話し合って決めた。
とは言えこの辺りは裕福な家庭が多くスーパーもそれなりに良い食材を扱っている店も多い。
節約しようとして安いスーパーに行こうにも自転車で10分くらいかかる位置にこの家は建っていた。
その為少し値は張るが歩いて5分のスーパーを利用していた。
春恵に買い物を頼まれた加奈はそのいつも行くスーパーに向かっているらしいのだが、春恵が買い物袋を渡したものの、肝心のサイフを入れるのを忘れたらしく、それを今気づいたらしい。
キッドとは関係なく今日は二人とも色々時間が押していたのもありお互いの確認不足で起きた事だが、サイフがないと買い物しても食べ物一つ買えないため、春恵は料理を止め追いかけるしかなかった。
『もう、今日は厄日だわ』と零しながら追いかけようとサイフを持って玄関に向かう春恵に彩羽が引き留めた。


「あっ、じゃあ私が行きますよ」

「え…ですがマスコミもまだ騒いでおりますし…お嬢様はあまり外に出られない方がよろしいかと…」

「じゃあ俺が行こうか?暇だし」

「黒場君は足がまだ塞ぎ切ってないでしょ?先生も言っていたけど無茶な事はしちゃ駄目よ」

「でも…さっきから焦げ臭いし…料理から目を放したら駄目なんじゃ…」

「焦げ臭い…?」


彩羽が立候補した。
気遣いもあったが、何より暇だったのだ。
まあ逃げ出したのは自分だし大人しくしないといけないのは分かっているのだが、歳が近いキッドと出会いそれなりに仲が良くなってから気が緩んでいた。
しかしやはりマスコミもまだ騒いでいるため外に出るのは控えた方がいいと言われてしまった。
キッドも暇だからと立候補したが、足の怪我を理由に却下される。
友成は昨日から馴染ませていた途中だった花壇の手入れで忙しいし、結局春恵が行くことになった―――と思いきや。


「あーーっ!やっちゃったぁ……余熱でも焦げるから注意って書いてあったのに…忘れてた…」


春恵は料理は得意だが色々レシピを検索して作るのも好きなため、今日は気になったレシピで料理を作っていた。
繊細な料理らしく、傍を離れるから火を消したのはいいが焦げてしまったらしい。
ガクリと肩を落としながら失敗した食材を三角コーナーに捨てる春恵は『またやり直しかぁ』と嘆いていた。


「誰も手が離せないようだし、私が行きますよ…スーパーだけだったらそう時間かからないしサイフ渡せばすぐ帰ればいいですし、またあのメイクして帽子被れば少なくとも一般人の方にはバレないでしょうし」


彩羽の言葉に春恵は考える素振りを見せたが、納得したのか『じゃあ』とサイフを差し出した。
サイフを受け取った彩羽は時間がないのであの時よりも丁寧にメイクをするのではなくファンデーションと濃い口紅を付けただけに終わらせ帽子を深く被る。


「俺も付いて行こうか?恋人同士ってカモフラージュできるし…俺、演技上手いんだぜ」

「大丈夫、サイフ渡したらすぐ帰るし…黒場君は今は怪我を治さなきゃ」


キッドもマスコミの騒ぎようを心配してついて行こうとしていたが、やはり足が心配で断った。
助けてから一日しか経っていないため例え5分の道のりでもあまり歩かせない方がいいと思ったのだ。
三橋曰く、若いから治りも早いだろうけど無理は禁物――との事らしい。
断れてしまったキッドは傷の治療や警察から匿ってくれている恩もありそれ以上無理強いは出来なかった。
内心『時間さえあれば完璧に他人にしてやれたのに』と呟くが、変装道具もなく、変装できたとしても出来た時にはすでに加奈も帰ってきているだろう。


「じゃあ、行ってきます」

「おう、気をつけてな」

「気を付けてくださいね、お嬢様…」


意外と彩羽と仲良くなったキッドは既に二日しか経っていないというのにこの家に慣れていた。
手を振る彩羽に振り返して見送るキッドは今独り暮らしというのもあり少し気恥ずかしさと懐かしさを感じた。
しかし、キッドと春恵は彩羽を見送った事をすぐに公開することになる。


――――彩羽は家に帰る事はなかった。

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