(18 / 24) 緊急事態252 (18)

―――某所に建てられた豪邸。
その家には2人の男女が言い争っていた。


「だから警察に連絡すべきだ!!お嬢様が俺達に無断で外泊されるわけがないしそもそもサイフをその辺に置いて姿だけ消すなんて怪しすぎるだろ!!」

「じゃあ友成さんが電話すればいいんじゃない!でもどうやってお嬢様の事を説明するっていうの!?偽名を教えたって調べればすぐに分かるし、お嬢様が近宮日向の娘だって答えたら調べる中で絶対お嬢様の従兄にも連絡はいくはずよ!!そうなったらここに旦那様が来られることもこの家のことだってバレるわよ!!私達は旦那様にお嬢様の事を頼まれているけど…でも旦那様に気付かれてお嬢様と旦那様の居場所がなくなってもいいわけ!?」

「そ、それは…」


友成は電話を握りしめているが、加奈の言葉に返す言葉がなく黙り込んだ。
友成が黙り込むと先ほどまで二人の口論で騒がしかった家の中が静まり返る。


「…2人とも落ち着きなさい…お嬢様が無断外泊なんてしないでしょうし、財布をその辺に置いてどこかへ行くなんて無責任な事しないのは短い間だけどお世話をしてきた私達だって分かってるわ…それに加奈さんのいう事も正しい事は正しいわ…この家は旦那様とお嬢様が過ごされるための家でもあるもの…偽名を警察に答えてもすぐバレるでしょうし…本当の事を言ったらお嬢様の事で従兄の方に連絡するだろうからこの家もお嬢様の居場所も…そして旦那様の事だって気づかれるわ…」

「じゃあどうしろっていうんだよ!!俺らが探し出すにしたって今の今まで探しに行ったけど誰一人お嬢様を見つける事できなかったじゃないか!!」


春恵はどちらの意見も正しいと答えたが、結果、どうしたらいいかは答えていない。
警察は危険、しかし探すにしても誰も彩羽を探し出せてはいない。
一体どうしたらいいのか動くに動けず友成は頭を抱えた。
そんな丸まった背をキッドはそっと手を置き落ち着かせるよう撫でる。


「一旦落ち着いて…深呼吸を」

「そんな呑気な事してられるか!!お嬢様が消えたんだぞ!?最悪お嬢様は死んでるかもしれないだぞ!!もし…!もしそれを旦那様に知られれば…俺達は…!!」

「だからこそ落ち着いてと言っているんだよ…焦ったら正しい答えには辿りつけない…そうだろ?」

「…あんたはいいわよね…旦那様の事何も知らないし客人扱いだからどうせお嬢様の身に何かあったって旦那様には何もされないんだから!!でも私達は違うわ!!私達は――――」

「―――いい加減にしなさい!!」

「――っ!」


友成は青い顔を浮かべ頭を抱えた。
背に触れているから友成が何かに怯えてガタガタと震えているのが良く分かった。
友成からの言葉によればその恐怖の原因は『旦那様』だろう。
更に加奈からの言葉に、その『旦那様』という人物は、彩羽に何かあれば友成達に何かするような人間らしく、彼らの怯えようは異常とも言えた。
キッドが口を挟む隙間もなく、加奈が恐怖のあまり叫ぼうとした時…春恵が一喝した。
その声にハッとさせ加奈も友成も正気に戻り春恵を見る。
春恵は普通の主婦であり、キッドもすぐに打ち解けたほど優しく穏やかで明るい一般家庭の母のような存在だった。
だからこうして声を上げて怒鳴るところを見たことはなく、キッドも驚いて春恵を見る。
三人の視線を受けながら春恵は友成と加奈をキッと強い眼差しで見つめた。


「嘆いたってお嬢様が帰ってくるわけではないわ!!今私達がやらなきゃいけない事は旦那様への恐怖に体を震わせる事でも黒場君に八つ当たりする事でもないでしょ!!」

「じゃあどうしろっていうのよ!」

「警察が駄目なら探偵を雇いましょう」

「探偵って言ったって…お嬢様の事はどうするのよ…」

「そうだぞ…それに探偵って言ったって誰を雇うっていうんだよ…下手な探偵に当たればお嬢様を探し出せないし下手したらお嬢様の居場所がマスコミにバレる可能性だってあるんだぞ」

「毛利小五郎っていう探偵がいるじゃない…多くの難事件を解決しているあの探偵ならきっとお嬢様を探し出してくれるだろうし…それに多くの事件を扱っているからこそ、依頼主の守秘義務はちゃんと守ってくれると思うの」


見た目からして、しっかりしてそうなのは友成だが、実は春恵が一番しっかりしていたらしい。
友成も決して弱い人ではないが、よほど『旦那様』という存在が怖いのだろう。
だから余計にキッドはその『旦那様』が気になった。
加奈は春恵の言葉に逆上したように声を荒げるが、それに動じず『探偵を雇いましょう』と自分なりの結論を述べた。
結局自分達の力では彩羽を見つけ出すことは出来なかった。
警察は『旦那様』の事があり、更には『彩羽』は今話題になっている『近宮日向の娘』だと周りに気付かれる可能性も高いし、何より従兄に連絡入れられる可能性もある。
ならもう頼れるのは個人で開いている探偵だけだった。
幸いなことに東京にはあの有名な『眠りの小五郎』の愛称で親しまれている毛利小五郎という名探偵がいる。
依頼料の値は張るだろうが、きっと彼なら彩羽を見つけてくれるだろうと春恵は考えていた。
それに何もしないのとしているのとでは、『旦那様』が帰って来た時、『旦那様』の印象は違うという打算もあった。
春恵の提案に加奈と友成は納得しているのか異論はない様子だった。
やっと話がまとまりそうになり何となく窓から外を見ていたその時…電話が鳴り響く。


「電話…!お嬢様かもしれないわ!」


話し合っていたため春恵達はキッドより電話に気付くのは遅かった。
キッドが電話を取り、受話器に耳を当てる。
そんなキッドを三人は縋るような面持ちで見つめていた。


「はい、川口です」


相手の電話番号は表示さたが、それは名前ではなく非通知だった。
それはつまりこの電話機に登録されていない電話からかけられているということであり、相手は電話番号を知られたくはないという意味でもあった。
しかし非通知だからと怪しい人物からだという証拠にはならない。
だが彩羽からというのも『ならなぜ非通知でかけるのか』という疑問も残る。
キッドは『彩羽でありますように』と思いながら嫌な予感を抱え電話に出た。
だが…―――電話の相手は何故か何もせずすぐに切ったのだ。


「?」

「だ、誰だったの?お嬢様?それとも…」

「いや…どうしてか何も言わず切られた…」


彩羽がいなくなった事を知ったキッドが、もしかしたら…否、十中八九、彩羽は誘拐された可能性が高い―――と言ったのを春恵は覚えておりもしかしたら相手は誘拐犯かもしれないという不安を積もらせキッドに声をかける。
しかし相手は何故か何も言わず切ったと聞き、固唾を飲んでいた三人は一気に体から力を抜く。


「何も言わず切ったぁ?悪戯電話だったって事かよ…」

「なぁんだ…焦って損した…」


キッドは何も言わず切った電話を怪訝そうな目で見つめていた。
しかしすでに電話は切れており、こちらからかけ直そうにも相手は非通知である。
『考えても仕方ない、友成の言う通り本当に悪戯だったのかもしれない』とそう思う事にし電話を戻そうとしたその時――また電話が掛かってきた。


「また掛かってきたわ!」

「だ、誰!?」

「また非通知だ…」


電話の着信音に三人はビクリと肩を揺らし驚く。
普段セールス以外掛かってこないし、今は静まり返っているためいつもより余計に大きく聞こえたのだ。
表示を見ればまた非通知だった。
彩羽が行方不明となっており出ないわけにはいかず、キッドはその謎の人物からの電話に出た。
『はい、川口です』といつもの言葉を呟けば―――


≪お前の家の居候してる娘を誘拐した!返してほしければ2億用意しろ!!≫


男の声がキッドの耳に届く。
しかもその内容は穏やかとは言い難いもので、悪戯にしては度が過ぎている。
すぐにキッドは本物の彩羽を誘拐した人間だと気づく。


「……あの子は無事なのか」


キッドは静かに、出来るだけ相手を挑発しないよう静かに問う。
彩羽の名を言おうかと思ったが、もし相手が彩羽がテレビで話題となっている行方不明の近宮日向の娘だと気づいていない場合もあり、その場合気づかれれば彩羽の身が更に危険にさらされるかもしれないためそれを避けるためにやめた。
それに気づかず男はキッドの問いに頷いて返す。


≪ああ…だがお前らが何かすれば命はないと思え!いいか!2億だぞ!今日の夕方まで用意しろ!!≫

「今日の夕方までに2億って…ち、ちょっと待ってくれ!2億をすぐに用意するのはむ――――」


キッドの険しくなった表情や、『2億』という言葉に後ろにいる春恵達は相手が彩羽を攫った誘拐犯だと気づいた。
息を呑む気配を感じながらキッドは今日の夕方までに2億を用意しろという無茶振りもいいところの犯人の要望に焦りを見せた。
まず、この家での自分の立場は客人である。
その点からこの家に2億あるかも分からないし、あったとしても2億なんてすぐに用意は出来ないだろう。
警察に電話する事も考えると今日の夕方まで到底揃えるのは無理だ。
そもそも犯人側もなぜ誘拐したその時ではなく今になって電話をしたのかも疑問が残る。
とにかく『今日中は無理だ』と伝え、警察に連絡する時間を稼ぎ、尚且つ2億もの金をどうするかも考えなければと思ったその時―――横から手が伸ばされキッドの耳に当てている受話器を誰かが奪った。


「すみません、お電話変わりました…この家の主人です」


キッドは電話を奪われ驚いてそちらへ振り返る。
我慢できなくなった加奈かと思ったのだ。
しかし振り返ってみればそこには見た事がない細身で背の高い男が立っていた。
その男の言葉からしてこの家の『主人』であるらしいが、キッドはこの家には来たばかりなため本当にこの男がこの家の主人なのか確証はない。
チラリと春恵達の様子を見れば春恵達は顔どころか体中の血という血が抜かれたのかと言わんばかりに顔を真っ青にさせ言葉を失い男を見つめていた。
その様子からキッドは彼女達が何度も呼び恐れたこの家の主である『旦那様』なのだと察する。


(しかし…見た感じ怖そうには見えないが…どっちかと言えば弱そうだが…しかし…あの顔…どっかで見た事あるような…)


春恵達から男へ視線を戻して今度は観察する。
男は電話の相手が誘拐犯で、彩羽が誘拐されたというのは気づくはずなのに、その雰囲気は穏やかだった。
男はすらっとした細身に高い身長を持ち、黒髪は男にしたら少し長い方だろう。
顔は優し気に下がった眉に、優し気な瞳、目が悪いのか眼鏡をかけている。
髭は生えておらず、男にしては綺麗な肌をしている。
声も穏やかで相手が誘拐犯だと思わないほど男はよほど心が強いのか冷静を保たれていた。
春恵達が恐れるような人ではなく、はっきり言ってしまえば頼りなさを感じる。
男の顔はありきたりで、キッドは勿論知り合いではない。
だが、何故か男の顔には既視感を感じたが全く記憶にない。
男が誘拐犯と話している姿を見ながら過去にあった人かもしれないと記憶を漁っていると…


「あの子の声が聞こえなくなったのですが…まさか乱暴にしていませんよね」


その声にキッドはぞわっとした何かが背中に走った気がした。
その声は何も変化はないのに、どうしてか殺気のような何かを含んだように聞こえたのだ。
その何かが背中に走り思わず怪我した足を床につけて普通に立い、思わず襲った痛みに『い゙ッ』と声を漏らした。
その声にチラリとこちらを見る男の目線にキッドはつい自分の口を手で塞ぐ。
何故か騒いだら怒られるより恐ろしい目に合いそうな気がしたのだ。
口で手を塞ぐキッドを見た男はすぐ視線を逸らし、キッドは男の視線が外れホッと安堵の息をつく。


「では、お金が準備でき次第そちらへ参ります」


そう言って男は電話を切って戻す。
電話切ったというのに緊迫した空気は変わらず流れており、キッドは男から視線を外すことができずゴクリと固唾を飲んで男の動きを注意していた。
恐らくキッドの警戒した目線や春恵達の恐怖に染まった目線なんて男には気づかれているのだろう。
しかしそれを意に介していない様子で男はチラリとキッドたちに目をやった。
その目と合った春恵達は見るからにビクリと肩を揺らして見せたが、男は何も言わなかった。


「どうやら…私がいない間に日和が誘拐されたようですね」


何を言うのか緊張していたが、男から出た言葉は冷静なものだった。
キッドは少し拍子抜けしたものの、彩羽に付いて行ってやれなかった罪悪感があり返す事もなかった。
シン、と静まり返る中、春恵の声がその静けさを破る。


「申し訳ございません!お嬢様のお世話を頼まれていたのに関わらず目を離してしまい誘拐されてしまったのは私の責任です!!」

「い、いいえ!私も確認を怠ったためお嬢様が誘拐されてしまったんです!」

「俺も庭いじりに夢中でお嬢様に気づきもしませんでした!申し訳ございません!」


春恵が正座をし額を擦りつけるように深々と謝った。
春恵の声に我に返ったのか、青い顔のまま加奈も春恵のように土下座をし、それに友成も続けた。
それを男はただ何も言わず静かに見下ろし、彼らの言い訳を聞いていた。
ただそれだけなのにどうしてもその姿に恐怖を感じ、彼らばかりが悪いとは思っていないのもありフォローを入れる。


「私も怪我をしていたからとついて行かなかったのもいけなかったんです…すみません…」


この場の誰が責任があるかと言えば、彩羽含めたこの家にいた全員だろう。
この男が『旦那様』なら自分が誰か知っているという事になる。
泥棒を怪我をしたからと置いておくのを許すほど懐が大きいのを期待してキッドは謝った。
勿論、謝ったのは本音でもあった。
いくらなんでも一人にさせるのは避けなければならないのに、それを怠ったのだ。
しかしキッドの言葉にも男はキッドを見るだけで表情を変えず、取り乱す事も怒りを見せる事もなく静かに見据えていた。


「…君は確か…あの子が言っていた怪盗キッド、でしたか」

「はい…怪我を負いこちらの庭に落下したところ彩羽さんに助けていただきました…今の今までご挨拶できず申し訳ありません」

「いえ、こちらも挨拶できずすみません……しかし…なるほど…怪盗と名乗るくらいですから若くても青年かと思いましたが…少年だったとは……怪我は大丈夫ですか?」

「は、はあ…足と肩に銃が当たっていまして…医師からは安静にしていれば後遺症もなく治ると…」


男も自分の事を知っているようで、怪盗キッドが少年だった事に意外そうにしていた。
まあ、新聞に載っても顔が分かるほど近くで撮らすことはしないため、そう思うのは仕方ないが…キッドはこんな時に呑気だなと怪訝とさせる。
医師、と聞き男は『ああ、先生に知らせたんですね…いい判断です』と春恵達を褒めた。
正直彩羽が誘拐されたというのに呑気な男にキッドは苛つかせた。


「あの…彩羽さんが誘拐されたっていうのにそんなに呑気に構えていていいんですか?早く警察に連絡しないと彩羽さんが更に危険な目にあうかもしれないんですよ?」


暗に『あんた彩羽が心配じゃないのかよ』と言っており、それはその場にいる全員に伝わった。
春恵達が青い顔をしてキッドを見つめており、友成はまるでキッドの言葉は失言のように顔を手で覆い、加奈は『ば、ばか!』と小声で叱られ、春恵はキッドの言葉に顔を引きつらせていた。
しかし三人に対し、男はムッとさせるキッドに目を細め小さく笑みを浮かべてみせた。


「警察には連絡しません…彼らに連絡すればせっかくすぐに向かうと言ったのに止められますし、警察に連絡なんてしたら面倒じゃないですか」

「ッ――面倒ってあんたな…!」

「それに、こう見えて私…―――怒っているんですよ?」


警察に連絡するのは面倒臭い、と聞きキッドはついに怒りをあらわにした。
男は今会ったばかりで彩羽との関係は施設で兄妹のように育ち、最近再会し困っている彩羽に手を貸して匿っている…としか聞いていない。
だから彩羽と男がどれほどの仲なのか分からず、キッドは男の言葉にカチンと来た。
食って掛かろうとしたキッドの言葉を遮った男は静かに囁き…眼鏡を外した。
そしてその眼鏡を握りしめる。



「14年間探し続けた日和とやっと再会できたというのに…それを私の居ぬ間に誰とも知らぬ者に横から手を出された…―――それを私が許すとでも?」



怒りが込められているのか、眼鏡はその力に抗う事できず握りつぶされた。
案外眼鏡というのは丈夫でできており、握りしめただけでは潰れない。
男の言葉にその場の空気は一気に重くなった。
春恵達も男の殺意に表情を強張らせた。
しかしキッドは違った。
キッドはその力よりも、男の言葉よりも…その顔に驚愕した。



「お…まえ…!!もしかして…!―――連続殺人犯の高遠遙一!?」



キッドの叫びが家に響き渡った。
突然名前を呼ばれ指をさされた男…高遠は眉を顰め向けられている指を手で軽く払う。


「金田一君といい君といい…最近の高校生は人を指さしてはいけないと教わっていないんですか?」

「う、うっせー!なんで逃亡犯のあんたがいるんだよ…!!」

「おや、日和から聞いてませんか?日和と施設で兄妹のように育ったっていうのは私の事ですよ…まあ、本当は日和と私は異母兄妹ですが」

「はあ!?異母兄妹って…どういう事だ!?施設で一緒に育ったんじゃねえのか!?大体日和って誰だよ!彩羽じゃないのか!?」

「それはフェイクです…実際は腹違いの兄妹で、14年前日和と生き別れになりつい最近再会したんです…それに日和は私だけの呼び名ですから呼ばないでくださいね」

「う、嘘だろおい…!!あんたと彩羽が異母兄妹って…!!あの彩羽があんたの妹って…!!」

「……何かご不満でも?」

「不満もなにも…!!あの彩羽だぞ!?虫も殺せないような至って普通の!殺人とは無縁の!普通の女子高生の彩羽がだぞ!!?連続殺人どころか無差別殺人犯で犯罪を芸術とか頭の可笑しい事言ってる逃亡犯と異母兄妹とか…!!ぜったい世の中間違ってる!!」

「……好き勝手言ってくれますね…確かに殺人を犯してはいますが、犯罪という面では泥棒の君も似たようなものでしょう」

「俺は人を殺さないし人を傷つける事にトリックもマジックも使わねえよ!!お前と一緒にすんな!!」


殺人犯(それも凶悪な)を目の前にしても怖がるどころか動揺はし、はっきりと言い切るキッドに高遠はジト目で見つめるものの、手を出さないところを見ると不快ではないようだった。
好き勝手言うキッドにナイフを向けない主人に春恵達はホッと安堵しつつ、しかしいつ気が変わるか分からないのでハラハラと見守っていた。
キッドに腹違いだと教えたのは、教えてもいいと思ったのだろう。
これが普通の人ならフェイクの方を貫いたはず。
キッドの『虫も殺さない』という言葉に高遠は内心『あの子、その気になったら人、殺せますよ』と呟いていると春恵が恐る恐る声をかけてきた。


「だ、旦那様…それで…身代金の目途は経っているのでしょうか…」


キッドと高遠の会話が終わるのを待っていたが、やはり彩羽が心配でつい声をかけてしまう。
キッドに向けていた視線を春恵に向ければ、春恵は顔を引きつらせながら青くさせており、明らかに自分に対して恐怖以外の感情を持っていなかった。
しかし高遠はそれを気にもせず『お金は用意しません』と答えた。
その言葉に春恵どころか全員が目を丸くさせ呆気に取られた。


「用意しないって…身代金払わないってことか!?あんた彩羽とは異母兄妹なんだろ!?彩羽を見殺しにするって事かよ!」

「そうは言っていませんが?金を用意したってどうせ使う事が出来ないんですから用意しても無駄ですし、用意させる時間が勿体ないではないですか」


『その間に日和に何かあったらどうしてくれるんです?』と呆れたように言われてしまい、キッドは一瞬何を言っているのか理解が出来なかった。
しかし他の人間よりもIQが高いキッドはすぐにその言葉の意味を理解し、更に食って掛かりカッとなり高遠の胸ぐらを掴む。


「まさか殺すつもりなのか!?」

「当然でしょう…日和に触れただけでも許しがたいというのに…誘拐し監禁した…あの様子からして恐らく日和は暴力を振るわれている…それを許さず何を許すと?」

「だからって殺す事はないだろ!!確かに誘拐は犯罪だし暴力だって決していいとはいえないが…!!殺すのはいくらなんでもやりすぎだ!!」


相手は犯罪者の中でもトップに立つほどの凶悪犯。
人を平然と殺せるし、それを生業とし、多くの犯罪を芸術として作り上げてきた連続殺人鬼。
それに対してキッドは額が大きいものの、言ってしまえばただの泥棒。
泥棒するにも彼には彼なりの理由はあるものの、彼は人を殺した事は一切した事はない。
殺人を犯す事に対して、高遠はキッドに比べてたがが外れているせいで罪悪感も恐怖感もない。
だからすぐに人を殺せるし、何度も捕まっては逃亡を繰り返しているから逮捕される事への恐怖もないのだろう。
しかし、だからといって殺すのは過剰防衛すぎるのだ。
キッドの言葉に高遠はスッと表情を消し、氷のような冷たい表情と目でキッドを見下ろした。


「何か勘違いしていませんか?私は人を殺している時点で善人でもないんですよ……今更一人二人殺すも同じことですよ」

「だったとしても!彩羽の安全のために金を払うっていう選択肢もあるだろ!!確かに2億なんて大金すぐには作れないけど…!」

「日和が無事に帰ってくるのなら、2億なんてはした金当然です」

「なら!」

「ですがそれは無事であればの話…―――日和を傷つけておいて生かすとでも?」

「…ッ」


高遠の殺意を込めたその言葉にキッドは口を噤む。
高遠のようにたがが外れる殺人鬼とはそうそう出会う事はなく、ゾクリと高遠の殺意に背筋を凍らせた。
何も言い返さなくなったキッドを相手にする暇はないと思ったのか、そのまま玄関へ向かおうとキッドに背を向けた。
その高遠のスーツをキッドは咄嗟に掴んで止める。
高遠はキッドにスーツを掴まれ、振り返り横目でキッドを見る。


「俺が行く」


キッドの言葉に高遠はチラリと肩と足を見た後、キッドへ目をやる。


「その怪我でですか?」

「ああ…人が殺されるのを分かってて黙っていられるかよ!!彩羽は俺が助けるからあんたは家で待っててくれ!」

「その怪我で日和を?どうやって…用意したお金さえ運べないというのに私の妹を助ける?笑わせないでいただけませんか」


高遠は金をケチって犯人を殺害しに行くわけではない。
彩羽が無事に帰ってくるのなら2億でも何億でも用意しよう。
しかし、電話越しから感じた犯人の荒っぽい性格に彩羽が殴られているはず。
誘拐してすぐ連絡を入れなかったのを見て恐らく計画しているつもりだがその計画は穴だらけというお間抜けな犯人なのだろう。
高遠は改めてキッドを見る。
肩と足を撃たれ、無事な方の肩で松葉杖を使って足を支えており、怪我した方の足はまだ塞がっていないのもあり足を地面につけると痛みが走る。
そんな状態で大事な彩羽を任せれるかと問われれば即答でNOだろう。
恐らくその意見は癪だが高遠が最も憎い明智でも同じだろう。
怪訝とさせる高遠の疑いの目を受けながらキッドは…


「忘れてないか?俺が…――稀代の大泥棒、怪盗キッドだってことを」


勝気な笑みを高遠に見せた。

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