(20 / 24) 緊急事態252 (20)

米花市にある総合病院の一室に、一人の少女が眠っていた。
1人部屋のその患者は誘拐犯に誘拐され乱暴され気を失ったままこの病院に搬送された女子高生で、一日経ってもまだ目を覚まさない。


「………」


彩羽の眠る病室には一人の男性がベッドに横たわっている彩羽の傍に寄り添っていた。
男性、高遠は目を瞑り深い眠りについている妹の怪我をしていない方の頬にそっと触れる。
指の背で優しく撫でる高遠だったが、彩羽の瞼が震えたのが見えた。


「日和」


目が覚める、と思い名を呼ぶとそれに答える様に彩羽の瞼が静かに開かれた。
何回かゆっくりと瞬きを繰り返した後、彩羽は声のする方へと視線を向ける。
その視界に兄の姿を映すと彩羽は小さく安堵したように笑みを浮かべた。


「お兄ちゃん…」

「よかった…目を覚ましたんだね」


ホッと安堵の息を吐く兄に彩羽はどれくらい眠っていたのかを問う。
時間的に言えばそう長くは眠っていなかったのだという。
高遠は怪我を負いながらも自信満々に言ってのけたキッドがどうなるのか興味があり、キッドの犯人捕縛を任せた。
しかし怪我を負っているのもあり全てを信用できるはずのなく、彩羽救出だけは高遠が向かう事になり、犯人の指示にキッドが一階の一室に向かった後高遠は別行動をし4階へと向かった。
無事…とは言い難いが彩羽の救出を成功させた高遠が子供達を連れて一階に向かえば、キッドは告げた通り犯人を倒すことに成功した。
『どーよ』とドヤ顔をするキッドに高遠は『まあまあですね』辛口コメントを残した。
その後、すぐに廃墟ビルに警察と救急車が来て軽い事情を高遠と子供達が話せば警察はまず事情聴取よりも気を失っている彩羽と子供達、キッドを病院に送り、犯人はその場で逮捕された。
そして、彩羽は精神的疲れもあって、一日眠っていたのだ。
その間高遠がずっとついてくれたらしく、目が覚めた妹を見て高遠は安堵の表情を浮かべた。
頬に触れれば先ほど眠っていた間も感じていたが、やはり起きているという安心感もあってか暖かく感じる。


「気分が悪かったり他に痛みがあったりはないかい」


彩羽の診断は打撲。
しかし打撲と言っても火傷のように軽傷から重傷まで危険度は様々だ。
彩羽は軽傷ではないが重傷ではないという中途半端なレベルだが、それでも一歩間違えれば重症になっていたほど酷い有様だったらしい。
女で無抵抗の人間を殴るという非道な行為、そして無差別とも言える計画性のない拉致からして相手は二人の罪は重くなるだろう。


「帰るのが遅くなってごめんな」

「お兄ちゃんが謝る事なんてないよ…私が1人で出かけたから皆に迷惑かけたんだし…ごめん…」


コナンから犯人に蹴られても電話番号を吐かなかったと聞いて、相変わらず我慢強い子だと高遠は思った。
8年もの間、憎い相手と暮らし続けた賜物かと思うとやはり早く探し出してあげてればと思う。


「日和、お願いがあるんだ」

「なに?」

「傷を見せてくれないか?」


彩羽は一瞬何を言われたか分からなかった。
しかし目覚めたときの兄の安心した表情を思い出し、無下には出来なかった。
頷いた彩羽は上半身だけ起こし紐を解こうとしたが、それを高遠は止め、高遠は患者服に手を伸ばす。
彩羽の着ている患者服は甚兵衛のように上下に別れており、結んでいた紐を解き上の患者服を脱がす。
ゆっくりと脱がす兄を彩羽は黙って見つめていた。


(これは…酷いな…)


患者服を脱がされ露わになった彩羽の体にはあちこち痣が出来ていた。
特に腹部が酷く、彩羽の白い肌が赤や青どころか紫色に変わっていた。
強く蹴られたと子供達は言っていたのでそのせいだろう。
高遠はその痣を見て顔を顰める。
しかし、それは痛々し気な痣だからではなかった。
彩羽の肌に自分以外の痕跡がある…ただそれだけがたまらなく腹立たしい。
高遠は静かに彩羽に近づき、妹の首筋に顔を埋めるよう近づく。


「お兄ちゃん…?」


兄が首筋に顔を埋め、彩羽は怪訝とさせた。
しかしその瞬間ぬるっとした生暖かい何かが這ったのを感じ、彩羽は驚きビクリと肩をすくめた。


「お、お兄ちゃ…なにして…!」


ふ、と熱い息を吐き出しながら慌てて兄を止めようと手を伸ばす。
しかしその手を兄が掴んだ。
高遠は彩羽の指の間に手を差し入れギュッと握りしめそのままベッドに縫い止める。
彩羽は兄に押し倒され目を丸くして驚き、打撲で痛みが残っているのも構わず逃げようと抵抗するも手を痛いほど握りしめられ、その痛みで体を止めた。
その隙に高遠は再び彩羽の首筋に顔を埋め、彩羽はチクリとした痛みを感じた。
それは感じた事のある痛みだった。


「ま、まって!やめて!」


彩羽はそのチクリとした痛みに顔を青ざめた。
それは義父との行為に時折感じる痛みだった。
兄が自分を好いてくれているのは知っていたが、従兄も兄も、そういう行為を仄めかす事はあまりなかった。
愛おし気に見られるその目からは決して血の繋がった妹や、妹のような存在とは思えない感情で見られているとは分かっていたし気づいていたが、二人とも彩羽が虐待されていたのを知っているため無理強いすることはなかった。
だから油断していたし、安心していた。
それが仇となったと彩羽は思った。
しかし、チクリとした痛みを感じた次の瞬間―――


「い、―――ッ!」


先ほどのチクリとした痛みなど比べ物にならないほどの痛みが体に走った。
ブツリと皮膚が裂かれたのかぬるっとした液体が首筋から流れるのを感じた。


「い、たい…っ!お兄ちゃん!痛い!」


彩羽が叫べば、気付いたのか、それとも満足したのか兄はゆっくりと首筋から顔を離してくれた。
ズキズキする痛みを感じながら兄の方を見れば、兄の唇は微かに血で赤く染まっていた。
その血を兄は彩羽と目を合わせたまま妹の見る目の前で舐めとってみせた。
鏡を見ていないから分からないが、だが、兄の口が血に染まっているのを見て兄に噛まれたのだと察した。
高遠は妹の首筋に視線を戻しまた首筋へ顔を近づけさせる。
また噛まれるのかと思い体を強張らせ来るであろう痛みに耐える様に目を瞑っていたが、高遠は噛むことはなく首筋から垂れている血を舌で舐め取った。
再び顔を上げれば恐る恐る兄を見上げる妹の目と合い、高遠は笑みを浮かべる。
その笑みは満足げだった。


「どう、して…」


まだ手がベッドに縫い止められているため首筋を手で触れる事も確認することもできない。
唖然と見上げる彩羽に高遠は笑みを深めた。


「日和の身体に私以外の傷痕が残っているのが不快だったからね…でも…」


薄暗い部屋の中でも分かるほど首筋にくっきり歯形が付いているのを見て、先ほど打撲の痕だけだった際の不機嫌さは吹き飛んだ。
彩羽の手と繋いでいたのを解き、高遠は血が滲む彩羽の首筋に手を当てた。
皮膚を裂くほど強く噛みついたため手にはぬるっとした生暖かい感触を感じた。
他人の血ならば不快ではあるが、それが彩羽の血だというのなら気分を上々させるものに変わる。
怯える彩羽に気付き、首筋に当てている手を頬にやり優しく撫で安心させるように優し気な笑みへと変える。


「先生を呼んでくる…それまで、大人しくしているんだよ」


それ以上の行為はする気がないのか、スルリを撫でる様に頬に指を滑らせ、高遠は彩羽の上から退く。
兄の言葉に彩羽は返す余裕はなかったが、それは高遠も承知の上なのか、何も言わない彩羽にこれ以上声をかけるでもなく三橋を呼びに部屋を出て行った。

20 / 24
| back |
しおりを挟む