(5 / 22) 魔術列車殺人事件 (5)

その数日後。
彩羽はガタンゴトンと寝台列車に揺られながら本を見ていた。
明智は今席を外しており、膝の上に明智から貰った人形…ルディを乗せて持って来た本に集中していると頬に冷たい物が当たり彩羽はビクリと飛び跳ねた。


「ひゃあ!」


書物に集中していたので突然冷えた物が頬に当たりびっくりするのは当たり前だった。
何だ何だ、と当てられた方へ振り返ればそこには席を外した明智が立っていた。
その手には、赤い缶…コーラが握られていた。


「に、兄さんっ!」


飲み物を買いに行っていた明智は戻って本に集中していた彩羽を見てつい悪戯心を擽られたらしい。
『ごめん』と謝られても楽しそうに笑いながら謝るので彩羽は『心籠ってないよ!』とジト目で睨むが笑って流された。
何気ないやり取りだが、明智は彩羽との時間を大切に思っていた。


…――時間も過ぎ、彩羽は込む前にシャワーを浴びようと着替えとタオルを持って部屋を出た。
時間的には新たな客が寝台列車に乗りまだシャワーが開いている時間なので急いで向かう。
すると後ろから『わっ』と感心したような声が上がり、振り返るとそこには仮面と体を覆うような衣装を着た人がいた。
全身を仮装で覆っているような人だったため男か女か分からないが、彩羽よりは背が高いのは確かである。
その人物はなぜか彩羽を凝視し固まっていた。


「あの…?」


その人物が何を凝視しているのか分からず彩羽は辺りを見渡してみるが、自分の後ろには誰もおらず、寝台列車なため通路も細くて左右にも誰もいない。
前方も誰一人おらず、時間帯が時間帯だからかこの通路には彩羽とその人物しかいなかった。
その人物は彩羽の戸惑う声かけにハッとさせた様子を見せたが、すぐ何でもないように1枚のトランプを彩羽に見せるよう取り出す。


「血ノヨウニ紅イ薔薇ヲドウゾ」

「薔薇?」


薔薇と言うが、彩羽の目の前にあるのは1枚のトランプで、赤い薔薇なんてなかった。
しかし首を傾げている彩羽の目の前でその人物はあっという間にトランプを真っ赤な薔薇へと変えた。


「トランプが薔薇に…!」


何故かマジックを見せてくれたその人物に彩羽は素直に拍手を送った。
それに仮面の隙間から見える目を細め、その人物は紅い薔薇を彩羽へと差し出した。
差し出された薔薇を受け取るとその人物はパチンと指を鳴らした。
その瞬間、その音が合図なのか薔薇の花がポロリと落ち、彩羽は目を丸くする。


「すごい!どうやったんですか?」


聞いて種を教えてくれるなら、恐らくマジシャンは廃業である。
TVでよくマジシャンが種明かしをするのは、教えてもいい簡単なマジックだからだろう。
彩羽も聞きはしたがそれほど知りたいというわけではないので、教える気配のない仮面の人を気にせず『すごい!』と感心した声を零していた。
そんな彩羽に仮面の人は落ちた花を取り、グッと握りしめたと思えば一本の黒色の薔薇が現れた。
彩羽は驚き手元を見ると、花が落ちた花柄だけになっている薔薇が握られており、色からして分かってはいたが別の薔薇だというのが分かった。
驚いている隙に仮面の人は彩羽の持っている花柄だけになっている薔薇を上から手で覆うように軽く握る。
また何かマジックをするのかと固唾を飲んで見守っていると、仮面の人は握っていた手をゆっくりと上へと上げる。
本来なら花柄だけのはずが、花柄の切断された部分をグッと横から握る様に見せ、再びパチンと指を鳴らした。
指を鳴らしたのと同時に手を放せばそこには花柄だけのだったのが花が復活していた。


「取れた花がくっついてる!」


最初に差し出された薔薇の花はポロリと取れたはずなのに、ただ握って指を鳴らしたら取れた花がくっついていた。
しかも真っ赤な色ではなく、先ほどの黒色の薔薇と同じ色…黒色の薔薇だった。
驚いていると仮面の人が一本の薔薇に変えた黒色の薔薇を差し出し、彩羽はその薔薇に仮面の人を見上げた。


「貰ってもいいんですか?」


問えば仮面の人は何も言わず頷いた。
無口なのはキャラクターだからかと彩羽は気にせず差し出された黒薔薇を受け取った。


「ありがとうございます」


二本の黒薔薇を貰い、彩羽は嬉しそうには微笑んだ。
そんな彩羽の笑みに仮面の人はゆっくりと静かに一礼をし、彩羽の横を通り次の号車へと姿を消した。


「健悟兄さん以外の人に薔薇を貰ったの…はじめてかも…」


マジシャンとはいえ、そして性別が分からないとはいえ、人から花を貰ったのは初めてだった。
キザ警視と金田一に言われていた明智からはよく数本の花や花束を貰うことはあったが、明智以外の人に貰ったのは初めてだった。
好意ではないが、花をプレゼントされるのは素直に嬉しい。
ふふ、と笑みを零しながら機嫌よくシャワー室へ向かった。

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