(10 / 22) 魔術列車殺人事件 (10)

団長の死体が消えた謎を抱えたまま、彩羽達を乗せた列車は終点の駅へと到着した。
事件が起こったため、乗客全員の手荷物の検査が始まった。
一応という形で彩羽もその検査を受け、当然だが無事何事もなく通過する。


「あった!この部屋だね」


フロントから鍵を貰い、彩羽と明智は剣持への挨拶もそこそこに宛がわれた部屋へと向かった。
えっと、と鍵に書かれている数字とドアに書かれている数字を見ながら彩羽と明智の部屋までたどり着き鍵を開けた。
カードキーが主流になっている中でも珍しい昔ながらの鍵で、オートロックでもないようだった。
部屋にはいると2人部屋を頼んだので1人部屋よりも広く、ベッドも二つ置かれていた。
彩羽は壁側のベッドに荷物を置き、座る。
明智に一応どっち使うと聞くが、決まって明智からは『彩羽の好きな方でいい』と答えるので時折こうして勝手に決める事もある。
明智も特別気にしている様子もなく、空いたベッドに荷物を置いた。


「団長が行方不明だし…今日ショーやるのかな…」

「さあ、どうだろうか…団長が不在なら中止も考えられると思うが…」


公演を続けるかは分からないが、続けるにしてもまだ時間はあり、彩羽は一息付けようとお茶を入れる。
空のポットに水を入れてスイッチを入れると、明智が窓から何かを見ているのに気づく。


「健悟兄さん、どうしたの?」


彩羽も窓に近づき外を見れば、霧が深く遠目では何があるかは分からなかった。
ただ、大きな建物があるのは分かり、それが形からしてマジックショーの会場だと何となく分かる。


「あそこでショーをやるんだね」

「…ああ」


何となくの言葉をかけると、明智からは静かな声で返された。
その声に隣の明智を見上げれば憂いのある表情を浮かべていた。


「…もしかして…私、健悟兄さんに無理言っちゃった?」


ポツリと呟く彩羽の言葉に明智はハッとさせ窓から従妹へと視線を移す。
彩羽は俯いており、少し申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「どうして…」

「だって…列車のマジックショーの時…あまり面白くなさそうだったし…今も…難しい表情してたもの…剣持さんも警視庁に脅迫が送られたって言ってたし…無理を言っちゃったのかなって…」


なぜ彩羽がそう思うのかが明智には分からなかったが、彩羽の言葉を聞いて苦笑いを浮かべる。
彩羽に対してではない。
彩羽にも気づかれるほど感傷に浸っていた自分に対してだ。


「有給が溜まっていたのは本当だ……それに脅迫の事は気にする事はない…そんなことくらいで一々呼び戻されてたらおちおち彩羽と旅行にもいけないじゃないか」

「でも…」


食堂車の時から明智の様子が気になっていた。
マジックを見るその顔は憂を浮かべていたり、険しくさせたりと、刑事の顔になっている従兄に彩羽は不思議に思った。
もしかしたら仕事が忙しくて無理を言ったのかと彩羽は思ってしまった。
丁度仕事で来ていた剣持とも鉢合わせしてしまったのでその気持ちは強くなるばかり。
しょんぼりとさせる彩羽に明智は俯く彩羽の頭を撫でる。


「…ちょっと、感傷に浸っていたんだ」

「感傷?」

「ああ…あそこにある会場で人が亡くなる"事故"が起こってね…その亡くなった人が私の知り合いだったから…少々感傷に浸っていたんだ」


憂を浮かべていたのは、知り合いが亡くなった場所に尋ねるからだった。
明智の交友関係はあまり聞くことはなく、まさか知り合いが死んでいたとは思ってもみなかった彩羽は何て声を掛けたらいいのか分からず黙り込んでしまう。


「湿っぽい話になってしまったね、すまない」

「ううん」


明智は彩羽を妹のように可愛がっているからこそ、彩羽には悲しい話はあまり話したくはないと思い早々に話を切り替えようとした。
しかし…―――悲鳴が聞こえた。

明智と彩羽は急いでその悲鳴のもとまで向かう。


「剣持警部!金田一君!どうしました!?」

「明智警視…!いや…それが…」


悲鳴は明智達以外も聞こえたのか、あちこちからざわめきや、部屋から顔を覗かせる人もいた。
駆け付ければすでに剣持と金田一達がおり、聞けば消えた幻影魔術団の団長が死体で見つかったらしい。
それも…捻じれたマリオネットのように体のあちこちをねじられ釣るされていたという。
第一発見者は団員でサイコマジックを得意とする桜庭らしく、金田一達も桜庭の悲鳴を聞いてすぐに駆け付けたという。


「どうしてうちの人が…っ」


彩羽はやはり明智から中に入るなと言われてしまい外で待っていた。
関係者以外入れたくないとかではなく、彩羽に悲惨な物を見せたくはないのだろう。
例え彩羽が死体に対して淡々としていても、だ。
今更部屋に戻るのもな、と思っていると先ほど入っていった妻の夕海が左近寺に付き添われ出て来た。
夫の死に涙を流しており、彩羽は夕海を同情した目で見送った。


「彩羽」


夕海を見送っていると名前を呼ばれた。
呼んだのは明智だった。
明智は彩羽の元へ歩み寄り、彩羽はもう終わったのかと思ったがそう簡単には終わらないらしい。


「彩羽、部屋に戻っていなさい」

「え…でも…」

「これから聞き込みもしなければならないから遅くなる…あまり部屋から出ないように…部屋に入ったら内鍵とドアガードはきちんと掛ける事…あと誰か来たら知り合い以外では開けない事…それから…」


金田一がその場にいたら恐らく『出たよシスコン』と顔に出していただろう。
幸いその場には野次馬達しかおらず、金田一や剣持達は中で現場を隅々まで見渡しているだろう。
ひと通り注意を終え、やっと解放された彩羽は部屋に戻り、言われた通りに内側から鍵をかける。
ベッドで座ってぼうっとするも手持ち無沙汰に落ち着きがなく、テレビをつけて行儀悪いが寝ながら適当な番組を見る。
ニュース、天気予報、バラエティ、ドラマなどコロコロとチャンネルを変えてみるが、面白いと思うテレビは一個もなかった。
その間にお湯が沸いた。
彩羽はお茶を飲もうとしてお湯を沸かしているのを思い出す。
しかし今の気分は熱いお茶というより冷たいお茶の気分だった。
だが…明智からはあまり部屋から出ないよう言われており、彩羽は暫くテレビをつけたままベッドでゴロゴロとしていた。


「そうだお茶を買いに行こう」


そうだ京○行こうなノリで呟き、彩羽はサイフと鍵を持って外に出た。
ウダウダと考えた結果、『ちょっとならいいよね』と勝手に決めたらしい。
要は暇すぎるのだ。

自販機は各階の奥まった場所にあり、あまり人気がなかった。
種類はそう多くはなく、大手の会社の名前が書かれている赤い自販機しかなく、その隣には酒の自販機、その隣にはタバコの自販機が置かれていた。
特定の飲み物ならいざ知らずどの企業の自販機でもお茶や水は必ず一本は売っている。
お茶や水にこだわりがなければ自販機さえ見つければ喉は潤せる。
彩羽はお金を入れようとするが、今になってジュースかお茶か、水か迷ってしまう。


(どうしようか…さっきはお茶の気分だったけどジュースも捨てがたいし…でもさっぱりとした水でもいいかなぁ…)


彩羽はどうしてもお茶が飲みたいわけではなく、そこにお茶しかなかったからお茶を飲もうと思っただけ。
自販機には種類は多くはないがジュースも売っており、今になって欲が出て来たらしい。


「ま、無難にお茶でいっか…」


迷って結局お茶にした。
ついでに従兄の分のお茶も購入し部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、ばったり明智と出会ってしまった。


「彩羽…?どうしてここに…」

「あ、えっと…お茶を買いに…」

「部屋から出ないように言ってあったはずだが…?」

「出来るだけって言ってたしいいかなって…」

「しかも自動販売機は人気のない奥まったところにあったはずだが…一人で行ったんだな?」

「あー…んー…」

「い っ た ん だ な ?」

「はい…行きました…」


有無もいわせぬ圧力に彩羽は屈した。
あれほど気を付けろと言ったばかりなのにすぐに部屋から抜け出す従妹に明智は無言の溜息を贈る。
云いつけは守った方だと反論したいが、溺愛モードの従兄には流石の彩羽も敵わず説教されるしか道はなかった。


「ま、まあまあ明智さん!そうカリカリしないでさ!彩羽だってこうして何事もなかったんだし!それにあんまり束縛してると嫌われるよ?」

「………仕方ないですね…彩羽も一緒に来なさい…一人にする方が心配だと今分かった」


明智の溜息に彩羽はしょんぼりと俯いていると金田一が助け舟を出してくれた。
金田一の『嫌われる』という言葉が刺さったのか、案外あっさりと許してくれた。
しかも今度は部屋に戻れと言われず彩羽は内心ガッツポーズをし、金田一に小さい声でお礼を言った。
明智はさり気なく彩羽の手にあったお茶を持ってやり、カフェへと向かう。
どうやら聞き込みも切り上げ、仕事も落ち着いたらしい。


「彩羽ちゃんは何飲む?」

「私は…」


カフェに着けば人が全くおらず、金田一達の貸し切り状態だった。
勿論営業中なため働いている人はおり、カウンターに座り渡されたメニューを美雪と見ながらそれぞれ飲みたい物を注文する。


「やだ!何よこの人!」


明智が持っていたパンフレットを暇つぶしに美雪と見ていると、美雪がある人物の写真を見て嫌そうに顔を顰めた。


「何見てるんだ?美雪」

「幻想魔術団のパンフよ、明智さんに借りたの…見てよはじめちゃん!」


嫌そうな声を聞いてテーブルに座って考えこんでいた金田一が歩み寄ってきた。
美雪は明智から借りたパンフレットを金田一に見せ、嫌な声を零した原因を指さす。
そこには由良間の写真が載っていた。


「『スタンダップ・マジックの貴公子』ノーブル由良間…」

「なーにが貴公子よ!ちょっとエッチなだけじゃない!!」


美雪の反応と言葉に彩羽は『何があったんだろう』と思う。
他のマジシャンのマジックを見たが、由良間のマジックだけ彩羽は見ておらず、怒っている印象しか彩羽には残っていない。


「何されたの?」

「マジックを見せるとか言ってこの人私のブラを抜き取ったのよ!!酷いと思わない!?」

「うわ…最低…」


美雪は温厚な性格だからここまで怒らせる由良間もすごいなと思いなが聞くと、彩羽もその理由に顔を顰める。
ポツリと軽蔑を含めた声で呟く彩羽に美雪は『でしょう!?』とムスッとさせた。
どんな怒らせ方をしたのか気になったが、流石に他の観客の前で下着を取るのは冗談で終わらせられないというか…セクハラというか…
とりあえず最低ではある。


「あんな人!実物は全然違うわ!」

「しかし、彼はこの種のマジックでは世界的にも有名です…気位が高すぎて少々根性曲がりなようですが…」


明智の説明に、金田一と剣持は『あんたもそうだろ』と心の内で突っ込んだが、口に出さなかったので幸い明智に届くことはなかった。
『所詮世の中実力がすべてか…』と根性が曲がってようがセクハラしようが、問題視されてないのを見て彩羽は世の中の理不尽さを知る。


「そして『ウォーターマジック』のマーメイト夕海…殺されたジェントル山神の妻」


続けて、明智は夕海を指差し、更に続けて他の団員も説明する。
全員説明をし終えると、金田一はある人物の写真が目に留まる。


「なあ、この人…列車の中で聞こうと思ったんだけど…」

「近宮玲子…この幻影魔術団の前身である近宮マジック団の団長です…そして彼女こそ私がさっき言った日本が生んだ『本物』のマジシャンです」


左近寺、桜庭と紹介した後、隅に置かれている女性の事を金田一は聞いた。
幻影魔術団のパンフレットには載っているが、姿はなかったのは覚えており、金田一の問いに明智は答えてくれた。
電車で明智が『素晴らしいマジシャンには日本では一人しかめぐり合っていない』と言っていたその一人のマジシャンが、近宮玲子だった。


「彼女が生み出すマジックは本当にどれも奇想天外で見事なものばかりでいた…舞台の上の彼女は他のマジシャンとは明らかに違う『輝き』を持っていました…」


彩羽はパンフレットから明智を見る。
明智は横顔を見せていたが、その顔に憂いが見えたような気がした。
表情こそいつもと変わらないが…どこか寂しげだった。


「彼女が5年前マジックのリハーサル中に事故で亡くなったと聞いた時は本当に残念でしたよ…彼女が繰り出すマジックのあの『輝き』がもう二度と見られなくなったんですからね…」


その言葉を聞いて彩羽はふと部屋で話していた会話を思い出す。
明智は知り合いを亡くしたと言っていた。
その知り合いの名は言わなかったが、何となくだがその知り合いは近宮だと彩羽は思った。


「今『幻想魔術団』でやってる大掛かりなマジックのほとんどは彼女が生み出したものなんですよ」

「それじゃあ、あの有名な『生きたマリオネット』もその人が?」

「いや…それは彼女の死後『魔術団』が作ったオリジナルです…―――と、言われてはいますけどね」


佐木の問いに明智は含んだ言い方で答えた。
どうやら明智には『生きたマリオネット』がオリジナルだとは思えないようだった。


「あの…」


知らないとはいえ、そんな複雑な思い出を持つ明智を連れてきてしまった事に彩羽は後悔していた。
明智は気にしていないと言ってくれたが、彩羽は複雑な思いを飲み込むように注文した飲み物を飲んだ。
すると、一人の女性が声をかけてきた。
その女性を見れば、今話していた幻影魔術団の見習い、残間だった。


「マジックショーは予定通り行いますので、劇場にお越しください」

「えっ!?ショーは中止じゃなかったの!?」


残間はホテルに残っている人に声をかけるため周っているようで、残間の言葉で金田一が『どうりで人がいないと思った』と笑った。

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