(13 / 22) 魔術列車殺人事件 (13)

キュ、とシャワーのレバーを下げて閉めると、出ていたお湯が途切れる。
小さいタオルで髪の水気を切り、濡れた髪を一つに纏めて団子状にし、タオルを巻いてお湯につかないようにした後彩羽はお湯を溜めていた湯船に浸かった。
『はあ…』と溜息のような息を吐きながら肩までつかり、天井を見上げた。


(色々あったなぁ)


今日一日だけで、人が二人も殺された。
蝋人形の城の時のように直接見てはいないが、動じないもののやはり人の死に対して慣れないものがある。
泣いたのもあり、彩羽は少し疲れていた。


(なんであの時…高遠さんを気持ち悪いとか思わなかったんだろう……嫌っていうよりは…)


泣いていた事は明智も知らない。
落ち着いてから迎えに来たため、金田一達の態度が少々可笑しい程度には思ったようだが、幸いなことに気づいていない。
あの時、彩羽は本当に高遠の行動を嫌だと思ってはいなかった。
自分が『そういう意味』で見られる目線も全てではないが、気づく程度には敏感だ。
だから高遠が本当に慰めたくてやった行動だと彩羽は思っていた。
常識的に考えてそれが涙を舐めるのが純粋な思いかと聞かれれば悩むところだが、彩羽は嫌だとは思っていなかった。
どちらかといえば…―――


「懐かしい感じがした…」


そう、懐かしく思ったのだ。
だが、母にも父にも、勿論従兄にも、そんな慰め方された覚えはない。


(もしかしたら前に会った事あるのかな…)


彩羽は4歳前の記憶がない。
父も母もそれでも愛してくれたし、無理に思い出させようとはしなかった。
まだ4歳だったからかもしれないが、彩羽も昔の事を思い出そうとはしなかった。
だから金田一や美雪に記憶喪失と言わなかったのかもしれない。
彩羽としては記憶がどうとかはもうどうでもいいと思っている。
生まれて3年までの記憶なんて記憶喪失じゃない人も覚えていないはずで、どうしても思い出したいとは思わなかった。
だけど、高遠のあの行動がなぜ懐かしいと感じるのか…彩羽はそこだけは気になった。


「ま、考えてもしょうがないよね…」


とは言え、思い出そうとしても記憶がないのだから思い出せない。
身体も温まりそろそろのぼせそうだったのもあり、彩羽は一旦考えるのはやめた。
置かれているバスタオルで体を拭き、パジャマに着替えてバスルームから出た。
すると丁度明智がドアを閉めこちらに体を振り返っているところだった。


「彩羽…丁度良かった…実は…」


お風呂に入っている彩羽に一言言ってから部屋を出ようとしていたらしい明智は彩羽の姿にトラブルがあったと話す。
そのトラブルとは、金田一が地獄の傀儡子らしき人物に誘い込まれ底なし沼に沈んでいたのを先ほど剣持達に救出されたらしい。
それを聞いて彩羽は明智と金田一の元へと向かった。


――金田一は自身の部屋に運ばれ、彩羽は慌てた様子で金田一の部屋を開けた。
しかし…


「はじめちゃ……」


飛び込んできた光景に彩羽は言葉を切る。
その光景とは…


「この存在感のある胸!あ〜〜!生きてる実感〜〜!」


目を覚ました金田一が美雪の胸に顔を埋めていた光景だった。
どう見ても無事な姿の金田一の姿に彩羽は心配していたのと同じくらいどっと疲れが襲い、ガクリと肩を落とした。


「やれやれ…さっそく痴話喧嘩ですか?全く…君の生命力と運の良さはゴキブリ並みですね」


美雪に良い音をさせて頬を叩かれた金田一を、彩羽の後ろに立つ明智も呆れたように呟いた。
その声で明智と彩羽がいると気づき、相変わらずのイヤミに顔を顰める。


「あんた人を見舞いに来たの!?それともイヤミを言いに来たのかよ!」

「そのどちらでもありませんよ…――『地獄の傀儡子』の正体に近づく『ヒント』をいくつか君に教えてあげようと思いましてね」

「!――ヒントだって!?」


金田一のしぶとさには明智も呆れかえるようで、『殺しても死なないというのは君の事を言うんですね』というイヤミも追加された。
金田一はイヤミを言いに来たのか見舞いに来たのか分からないと零すも、明智からの言葉に目を丸くする。


「ええ…まず第一のヒントは死んだ由良間の出血状況ですが…発見された時彼の死体の傷口からの"出血は完全に止まっていた"んです」

「なんだって!それじゃあ…」

「つまり由良間は死体となって舞台に現れる大分前…恐らく15分から20分前には殺されていたってことですよ」


見舞いに来たわけではなく、ヒントを教えに来たと言う明智の言葉に怪訝さを見せていたが、そのヒントの内容に金田一や剣持…彩羽達は目を丸くさせた。
出血状況から見て殺されたのは15分から20分という結果が出た。
と、言うことは…


「それじゃ『生きたマリオネット』が演じられる前に由良間は…」

「死んでたという事になります」

「じゃあ俺達があのマジックを見ていた時…天井裏であのマリオネットを操っていたのは…」

「『地獄の傀儡子』って事になります…つまり犯人は魔術団の中でも生きたマリオネットのトリックを知っていた人物という事です」


明智と金田一の話を聞いていて彩羽はぞっとさせた。
自分達があの独りでに動くマリオネットを見て笑っていたが、実は殺人犯が操っていたと思うと笑いごとではすまされない。


「そして第二のヒントは…これです」


あの舞台で挨拶していた由良間が自分達が笑ったり驚いたり感動している間に殺されていたと思うと、彩羽は思わず青い顔を隠すように両頬を手で覆う。
第一のヒントを伝え終えた明智は第二のヒントとして『ある物』を金田一のベッドの上に放り投げた。


「『近宮玲子に関する資料』?」


それは『幻影魔術団』の基礎と言うべき人物である近宮玲子の資料だった。


「近宮って…確か5年前にこのホテルの劇場で事故死した…」

「事故死じゃありません…―――近宮玲子は殺されたんです」

「…!」


舞台裏でお菓子を食べていた時、金田一達は偶然事件が起こった後支配人が零した『またここで惨劇が』という言葉が気になって高遠と残間に聞いた。
最初は何の事か分からなかったが、高遠と残間に聞いたところ、近宮玲子はリハーサル中の事故で亡くなったと聞いた。
しかし明智から言わせればあれは事故ではないという。
殺された、と聞き彩羽は息をのんだ。
その気配を察したのか明智が『部屋に戻ってなさい』と言うも彩羽は首を振った。
無理に帰すのも心配で明智は彩羽を気にしながら続けた。


「当時人気絶頂だった近宮マジック団の主宰者…近宮玲子45歳が死体となって舞台の上で発見されたのは5年前の事です」


幻影魔術団のメンバーがまだ近宮マジック団に所属していた時、近宮玲子は同じ劇場で死んだ。


「側には天井裏で使われている渡し板が落ちていたそうです…そして渡し板に使われていた釘があらかじめ緩められていた形跡があったのです」


明智は近宮の事故を疑問視し資料を集めていた。
研修で日本にいなかったし、管轄が違うため捜査に参加はできなかったが、調べるうちに疑問点を見つけた。
それが板の緩められた釘だった。
調べればそれが人為的か、自然かはすぐに分かる。
しかし結局事件は事故死として片付けられてしまった。


「でもそれがもし殺人だとして…今回の事件との繋がりは?」

「薔薇の花です」


近宮玲子が事故死ではないのは分かったが、それが何の意味があるのかと問うと返された言葉に金田一は怪訝とさせた。


「天井から落ちた彼女は舞台に飾られている花瓶に激突した…赤い薔薇はさながら彼女の血の様だったと…」


明智のその言葉に金田一はあの列車で会った地獄の傀儡子を思い出す。


(事故死に見せかけた…殺人…)


彩羽は赤い薔薇や地獄の傀儡子よりも、事故に見せかけて殺されたと言う近宮玲子が気になった。


「とりあえず聞き込みでもするか…」


彩羽は剣持の声にハッと我に返り、自分が考え込んでいたのに気づく。
金田一も体温が低くなっていたが、もう普通に立てるまで回復し聞き込みに参加する気だった。
金田一が行けば美雪や佐木も付いていくだろうし、今は休暇ではあるが近宮玲子の事件関係なら明智も同行するだろう。
彩羽は何故か立ったままだった。
それに気づいた明智が彩羽に手を伸ばしたが…


「彩羽?どう―――」


パシン、と乾いた音が部屋に響く。
明智は彩羽に手を払われたのだ。
その音に部屋を出ようとした金田一達が振り返り、仲の良かったはずの彩羽の突然の鼓動に呆気にとられた表情を浮かべていた。


「彩羽…?」

「…っ」


明智も目を丸くさせ彩羽を見つめていた。
呆気にとられる明智の声に彩羽は自分が何をしたのか気づき顔を青ざめた。


「ご…ごめんなさい……ちょっと…気分が悪くて…」

「…そうか…ならもう今日は休みなさい…帰りはそう遅くならないと思うが私の事は気にしなくていい」

「…うん…ごめん…」


サーッと目に見て分かるほど彩羽の顔から血の気が引いていく。
ポソポソと囁く声は聞き取りにくく、気分が悪いというレベルではないほど彩羽は動揺していた。
それでも明智は何も聞かず、彩羽を部屋に帰るよう促し、それに彩羽は頷いて鍵を明智に渡し部屋に戻っていった。
その小さな背中を明智はただ見送るだけだった。

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