――――ギシリ、とベッドが軋む音がした。
その音に彩羽は眠っていた意識が浮上し、閉じていた瞼を薄く開く。
横向きに寝ていた彩羽の背中に気配を感じた。
従兄だ。
だけど彩羽は振り返らない。
「彩羽…」
ただ一言だけ、従兄はそう呟き彩羽に手を伸ばす。
けれど彩羽は布団を頭まですっぽり被ってそれを拒絶した。
伸ばされた手は拒絶され、暫く留まっていたが手を降ろした気配を感じた。
「すまない」
また一言零す。
そんな従兄に彩羽は無言で返した。
「必ず証拠を見つけて逮捕する…それまで辛いだろうが耐えてほしい」
小さな声だが彩羽には十分聞こえた。
彩羽はその言葉に瞼を開け、一回、二回、と瞬きをした。
「何年も同じこと言ってる」
彩羽も小さな声で囁くように呟く。
布団を被っているが彩羽の声も従兄には聞こえており、従兄は沈黙した後『…そうだな』と答えた。
「だが殺人に時効はない」
「殺人じゃない」
「…殺人だ」
「ッ―――殺人じゃないって言ったのは兄さんたち警察じゃない!!」
従兄…明智の言葉にカッとなり彩羽は布団から出て起き上がる。
明智は体を捻らせこちらを見ており、彩羽は従兄をギッと睨むように見上げた。
「証拠がないって言ったのも警察だわ!物的証拠はないなら捜査できないって言ったのも警察!!そんな警察に何が出来るっていうの!!」
睨む彩羽の瞳から涙が溢れ、頬を濡らす。
ポタポタとシーツに落ちる涙に明智は何も言えなかった。
彩羽は従兄に恨み言を言っても仕方ないとは理解している。
これはただの八つ当たりだとも理解していた。
だが溢れた感情は抑えきれなかった。
項垂れるように泣く彩羽の手を明智はそっと触れる。
「すまない…彩羽……彩羽が一番辛いのは分かっている…だけど…今は我慢してもらうしか他にないんだ…」
項垂れる彩羽の頭に額を当て、彩羽を宥める様に囁く。
その言葉に彩羽は目をギュッとつぶる。
「もうあんなところいたくない…出て行きたい…」
明智は何も言わない。
言えなかった。
あんなところ、とは巴川家を指す。
巴川家では彩羽は居場所はない。
だが彩羽はまだ庇護が必要な年齢であり、再婚したとはいえ両親がいる。
虐待として調べるにしたって、どんなに黒でも問題なしとして処理され彩羽はあの家から出て行くこはできない。
明智の家に飛び込んでも、母である初音が権力と金で逆に明智を『誘拐犯』として訴えるのは目に見えている。
「彩羽…あと3年…あと3年経てば自立できる年になる…だからそれまで我慢してくれ…」
「無駄だよ…20歳になったって巴川家からは出られない…"あの人"がいる限り私は自由にはなれない……"あの人"さえいなければ…"あの人"さえ消えてしまえば…」
彩羽は連れ子だが、巴川家の籍に入れられれば必然と巴川家の人間として扱われる。
どんなに居場所がなかろうと、どんなに一人ぼっちであろうと、彩羽は巴川家がある限り逃げる事も出来ない。
呟くように零す彩羽の言葉に明智は振れていた彩羽の手を握りしめた。
「彩羽…まさか…」
「………」
彩羽の呟きに明智は背中に冷たいものが走った。
明智の脳裏に二文字の文字が浮かび上がる。
それは――『復讐』。
「駄目だ…彩羽…それだけは駄目だ彩羽…時間がかかろうとも私が解決してみせるから…だから……やめてくれ…」
明智の縋るような言葉に彩羽は…何も答えなかった。
ただ…握りしめられたその手を、彩羽は握り返すだけしかできなかった。
14 / 22
← | back | →
しおりを挟む