(5 / 37) 黒死蝶殺人事件 (5)

すぐに彩羽と連絡を取り、取材をさせてほしいと頼んだ。
正直彩羽は連れ子だから難しいと一応いつきに伝えてはあったが…しかし、彩羽からは簡単に許可が出た。
美雪曰く、その時の金田一はまさに『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』だったらしい。
連絡が来たついでに金田一と美雪も誘われ、二人は勿論二つ返事をした。
実は高遠の事件からすでに数か月経っており、数か月ぶりに会う幼馴染に楽しみにしていた。
…だと、言うのに…


「なんでお前までついてくんだよ…」


ジト目で金田一は横を見る。


「なんだよ…別にいいだろー」


そこには従妹である二三(フミ)がいた。
今金田一家で預かっているのだが、どこから話を聞きつけたのか行くと言い出し、ついて来たのだ。
勿論彩羽にはすでに許可は貰っている。
有り難い事に『一人二人増えたても変わらないからいいよ』と言ってくれた。
流石御令嬢である。
しかしこの従妹は少し厄介な性格で…金田一以外には猫を被る習性を持っているのだ。
金田一は格下と思われているのか舐めた態度を取られており、影では火花を散らしている。
だが今は車内。
移動中である。
助手席にいるいつきから『お前ら狭いとこで喧嘩すんな』と注意を受けてしまい、白けたのかお互い顔を背けて試合はゴングが鳴る前に終わった。


「しっかし…遠いな…」

「彩羽ちゃんが遠いって言ってたから覚悟してたけど…家を出てからもう大体4時間くらい経ったかしら…」

「彩羽が朝方から出た方がいいって言ってたのも納得だな」


彩羽からは『片道4時間だから覚悟した方がいいよ』と言われ、正直半分以上冗談だと思っていた。
しかし朝一番の新幹線に乗った方が昼前にはつくよと言われ、朝一番の6時台の新幹線に乗った。
4時5時起きは久々で心配だったが、何とか母親にたたき起こされフミ共々眠気眼で新幹線に乗る。
新幹線でも3時間かかるというのでその間仮眠を取り、弁当を購入し朝食を済ませ目的地に着くまで美雪達とトランプなどをしながら時間を潰した。
着いたら着いたで、タクシーに乗り込んですでに1時間経っていた。


「おっ!見えてきた!」


タクシーに揺られてすでにお尻が限界間近だった頃…やっと目的地が肉眼でも確認できるところまで来た。


「って…すげえな…」


やっと着いたとこれまでの疲れを溜息として吐き出そうとしたが、その前にデデーンと現れた目の前の建物に呆気にとられた。
料金を払うのはいつきに任せ、扉が自動的に開けらたので降りた金田一達は口をポカーンと開けて目の前の建物を見上げる。


「なんつーか…」

「うん…豪邸っていうか…」

「お城じゃん、これ…」


金田一達の目の前に建っている建物は…まさにお城だった。
巨大な門に、囲まれた高い塀、屋敷に続く長い道のりに広い庭…その奥には城のような立派な屋敷が堂々と建っていた。
巴川家は有名だし名家だと聞いていたので豪邸だとは思っていたが…むしろ目の前にあるのは豪邸というより規模の小さなお城だった。
規模が小さいと言ったが、それでも立派な建物である。
呆気に取られている金田一の耳に、車の音がし、そちらを見る。


「ゲ…」


目に捉えたものを脳が認識した瞬間…金田一は顔を顰めた。
そんな金田一に気付いたのか美雪、フミ、いつきも金田一が見ていた方へ目線を移す。
そこに居たのは…


「明智さん!」


金田一がイヤミ警視と名付けるほど気が合わない人間…明智健悟だった。
明智は金田一達同様駅からタクシーで来たらしく、料金を払い終えたところだった。
タクシーを見送っていた明智も金田一達に気付き、彼らを見て『おや』と意外そうな表情を浮かべていた。


「どうして金田一君達がここに?」

「いつきさんの取材に着いて来たんだよ…彩羽にも誘われたしな」

「取材?…ああ、そういえば新種の蝶を甦らせたとか…しかし確かいつきさんが書かれる記事は刑事事件や芸能関連だったと思いましたが…」


いつきと明智は、少し面識があった。
金田一のように親しくはないが、金田一といつきが事件に関わった際に顔を合わせ、それからは顔見知り程度の関係である。
しかし金田一が懐いているというのもあって、明智のいつきへの印象はそう悪くはない。
嫌味を言ってはいるが、明智は金田一を買っていた。
彩羽曰く、『懐かない猫』だと思っているとかいないとか。
一応事件に巻き込まれやすい一般人として金田一の周りも気にかけている明智はいつきの事も頭に入れていた。
いつきが巴川家を取材する分野のライターではないのも頭に入っている。
それを指摘すれば、いつきは全て話した。
正直冷や汗ものだったという。
金田一から明智は彩羽を溺愛していると聞いていたので、『私の可愛い従妹をよくも利用しましたね』と嫌味を言われるのではないかと思った。
しかし…


「なるほど…それは災難でしたね」


案外あっさりと受け入れてくれた。
…否。
受け入れてくれたのではなく、スルーしてくれたのだろう。
いつきも得意分野ではない仕事を回され苦労していると、同じ社会人として察してくれたらしい。
内心ホッとしながらいつきは『下手なもん書けねえな』と気を引き締めた。


「というかあんたこそなんでいんの?」

「私も彩羽に招待されたんですよ…彩羽は私の従妹ですからね」


『まあ初音さんには縁を切られましたが』、と続ける明智の声は意外と不機嫌さはなく、淡々としていた。
恐らく、彩羽の母である初音が明智と縁を切ったのと同じように、明智も初音との縁を切るほど不仲になったのだろう。
金田一はエリート風を吹かせ嫌味ではあるが人間が出来ている明智に無関心を決め込むほど嫌われている初音は逆にすごいなと思った。
門前に突っ立っているのもどうかと思うので明智と共に彩羽のいる屋敷へ向かった。


「大変でしたでしょう、彩羽のいるこの屋敷まで片道4時間はかかりますからね」

「そりゃあもう!尻がいてえのなんのって!」

「明智さん、彩羽ちゃんを送り迎えしてたんですね…感服します」


我が家を出て4時間…やっと目的地を前にしたが、まだそれでも歩かなければならない。
今まで座りっぱなしだったのでいい運動にはなるが、美雪はそれを何年も続けている明智に感心した。
明智が彩羽を誘う際必ず迎えに行っていると聞いていたので、毎回こんな時間をかけてでも遊びに誘うマメな明智に感心していた。
きっと美雪だったら誘ったとしても頻繁で月一、遅くても数か月に一回が限度だろう。
お金も時間もかかるし、何よりここまでくる経緯を考えてしまうと面倒臭くなってしまいそうになる。
恐らく…いや、絶対にこれが金田一ならば面倒臭いとか言って連絡だけしか取らなそうである。
そんな美雪の言葉に明智は目を伏せる。


「彩羽をこんな家に閉じ込めるのはできなかったですからね」


ポツリと呟かれたその声はとても小さかった。
幸い美雪達には聞こえておらず、『え?なんですか?』と聞き返されたが笑って誤魔化した。
しかし、金田一は目ざとく明智の様子に気付き怪訝とさせていたのだが…目の前にひらひらと泳ぐように1頭の蝶が通り過ぎた。


「蝶?」


庭に蝶がいるのは特別変でも珍しくもないが、何となく目で追ってみると…―――突然開けたように金田一の視界に数多くの蝶が現れた。


「わあ…!蝶が庭で放し飼いにされてる!」

「す、すごーい!これ全部蝶なの!?」

「話には聞いてたが…こりゃあ…すごいな…」

「これら全て巴川家が孵した蝶ですよ…野生の蝶もいますが極僅か…新種も何頭か作り出していると聞いています」


明智は巴川家に通っているのもあり詳しかった。
犬や猫のように新種を作っているという話を聞いてもやはり金田一にはすごさは分からない。
ただいつきが『そりゃすごい』と零していたので、すごい事は確かなのだろう。


「健悟兄さん!美雪ちゃん!はじめちゃん!」


蝶に興味がない金田一から見ても蝶の放し飼いは圧巻だと思うが…興味が注がれるものは何一つない。
正直、すでに彼の頭の中は料理のことだけだった。
女子である美雪とフミがきゃっきゃ楽しそうにはしゃぎ、一応記者として来ているのでいつきは写真を撮っていると、前方から聞き慣れた声がし、全員そちらを向くと…彩羽がこちらに駆け寄ってきているのが見えた。


「彩羽ちゃん!」


美雪も彩羽の姿に嬉しそうに顔を綻ばせ、美雪も彩羽に駆け寄った。
二人は手と手を取り合い嬉しそうに年相応に跳ねながら喜びを表していた。


「彩羽ちゃん久しぶりーっ!元気にしてた!?」

「うん!美雪ちゃんも久しぶり!」


きゃっきゃとはぎゃく美少女二人はとても絵になっていた。
蝶が放たれているのも相まってよほどの趣味を持っていない限りは世の殿方達はデレッとしているだろう。
勿論それは金田一も例外ではないが…いつきは知り合いの女の子を引き取って以来10代の少女は庇護対象として見えるようになった。
友達と会えて嬉しそうにはしゃぐ従妹を明智は微笑ましく見守っていた。
しかし…


「姉様」


幼い声が金田一達の耳に届く。
そちらに目をやればなんとも顔が整った少年が立っていた。
その少年に彩羽は手招きをすると、少年は迷いなく彩羽の傍に歩み寄る。


「この子が前に言ってた私の弟で隼人っていうの…隼人、皆様にご挨拶をして」

「はい…巴川隼人と言います」


きゅ、と姉の服を掴み姉の影に隠れていた少年は、姉に挨拶をしなさいと言われおずおずと金田一達の前に出てペコリと頭を下げた。
その姿は容姿も相まってとても愛らしく、美雪は『かわい〜!』と歓喜の声を零す。


「隼人、この人達がお姉ちゃんのお友達で…えっと、確かあなたはフリーライターのいつき陽介さんですね?」


すでに明智は知っているため、明智を抜いて金田一、美雪を紹介する。
美雪と金田一がそれぞれ『はじめまして』や『よっ!』と挨拶しても隼人は無反応だった。
顔もフイッと背けるその反応に金田一はむっとさせるもクソ生意気(金田一限定)なフミよりもマシであり子供相手というのもあって『人見知りか』と思うことにした。
彩羽は金田一と美雪を紹介した後、金田一の隣にいる一人の男性に目線を移した。
見慣れないので、金田一を通して連絡をしてきたフリーライターだと気づき、いつきは彩羽がこちらを見たのを確認すると頭を下げる。


「フリーライターのいつき陽介と言います…本日は無理を聞いていただきありがとうございます」

「いえ、こちらこそ遠いところお越しいただきありがとうございます」


彩羽は美少女、更には令嬢という事で緊張した面持ちだった。
そんないつきに『なに緊張してんだよいつきさん』といつきの脇を突っつくが『これが緊張しないでか』と恨めしい目線を送りながら返された。
いつきをお互い紹介をし終えた後、彩羽はいつきからフミへ目を移す。
彩羽と目と目が合うとフミは緊張した面持ちで姿勢を正した。
そんなフミに彩羽は『可愛い』と呟き、目線を合わせるように屈む。


「はじめまして、君がはじめちゃんの従妹でフミちゃん?」

「ふぁ、ふぁいっ!フ…フミです!!」


美雪とは別のタイプの美女が目の前に現れフミは緊張していた。
そのせいで変な返事をしてしまい、恥ずかしさで死にそうになる。
従妹の失敗を爆笑したいのを我慢する金田一を蹴りつけて八つ当たりするフミを彩羽は抱きしめる。


「はじめちゃんの小さい頃にそっくり!可愛い〜!」

「ふぁ!?」


突然抱きしめられフミは思考を停止する。
『柔らかい!いい匂いする!』と混乱するフミをよそに彩羽は『兄さん見て見て!はじめちゃんが女の子になったみたいで可愛い!』と従兄にフミを抱きしめながら見せた。
グリグリと頬ずりする彩羽に明智は『ああ、可愛いね』と愛でる…従妹を。
ここでどっちの従妹?と聞いたらいけない。
フミは彩羽は『女の子を愛でている』というよりも『金田一に似てる子が可愛くて愛でている』としか見えず、少し複雑に思ったものの得役なのは得役なので抵抗はしない。
しかし…


「姉様に触れるな!!!」


突然横から強く押され、フミは地面に転がった。
フミは何をされたのか理解できず、目を瞬かせる。


「隼人!!フミちゃんに謝りなさい!!」


彩羽の声にやっと何をされたか理解した。
駆け付けた美雪といつきの心配する声に呆けながらも頷き、フミは起き上がり自分を突き飛ばした隼人を見た。
隼人は姉である彩羽に怒られ不貞腐れたように俯き無言を貫いていた。


「隼人、あなたフミちゃんに何をしたのか分かっているの?あなたはいけない事をしたのよ」


フミは何をしたわけでもなく、彩羽に抱きしめられていただけ。
ただそれだけで突き飛ばす理由にはならない。
珍しく彩羽は声を上げていたが、ここ最近家が落ち着かないのもあり、弟もストレスが溜まっているのだろうと気づき、怒鳴るのをやめ静かに言い聞かす。
しかしそれでも弟は何も答えず俯くばかり。


「ああ、お嬢様…ここにいらしていたんですね」


一同どうしようかと困っていると新たな人物が現れた。
聞いたことのない人物の声に金田一達は顔を上げ首を傾げ、彩羽はホッと安堵の表情を浮かべ、明智は顔を顰める。
そんな様々な反応をされながらその人物は金田一達の前に現れた。


「…お嬢様?どうかなさいましたか?」


現れたのは少し細目だが雰囲気の柔らかい好青年だった。
優し気な表情を浮かべながら、彼らの雰囲気がただ事ではないと察した青年は心配そうな表情で彩羽を見た。
しかし彩羽の前に俯く隼人がいるのを見て察したような表情を浮かべた。


「隼人様、だいじょ―――」


『大丈夫ですか?』、とその青年は隼人に触れようとした。
しかしその手を隼人は叩き落した。
バチン、と乾いた音がその強さを物語っており、また金田一達は呆気にとられる。


「僕に触れるな」


驚く金田一達の耳に届いた声はとても低く、そして冷たかった。
その声は間違いなく隼人の口から出され、隼人はギロリとまるで親の仇を見るかのような目で青年を睨む。
青年はそんな隼人の睨みに顔を強張らせ、彩羽も弟の豹変に目を丸くし唖然とする。


「は、隼人…?」

「嫌いだ…嫌いだ!姉様も大っ嫌いだ!!」


彩羽は弟のあんな目、初めて見た。
あのように低い声も初めて聞いた。
戸惑うように弟に声をかけると肩に置いている手を振り払われる。
青年に向けた睨みではないが、キッと涙を溜めた目で睨みながら隼人は彩羽の前から去っていく。
彩羽は先ほどの驚きもあり、追う事はできなかった。
しかし、すぐに気を取り直し、金田一達に振り向き頭を下げる。


「ごめんなさい…みっともない所を見せちゃったね…」


頭を下げる彩羽に金田一達は慌てたが、やはり空気は元には戻らない。
彩羽は気にしていないという金田一達に笑みを浮かべるも、落ち込んだように弱弱しかった。


「フミちゃんもごめんね…怪我はない?」

「だ、大丈夫!ちょっと痛かったけど…怪我はないよ!」

「そうそう!こいつ丈夫だけが取り柄だしだいじょ――だっ!」


聞かれれば首は振るが、金田一に勝手に言われると腹が立つ。
八つ当たりも兼ねて蹴ってやった。
案外痛かったのか蹲る金田一とそっぽを向くフミに彩羽は苦笑いを浮かべる。


「ところで…彩羽ちゃん、そちらの方は…」


フミに怪我がなかった事は安堵したが、金田一とフミのやり取りを微笑ましく思えた。
『でも後で診てもらってね』とフミに伝える彩羽に美雪が恐る恐る声をかける。
チラリと青年の方を見る美雪に彩羽はまだ彼を紹介していないのだと気づき、彩羽は立ち上がり彼の隣に立つ。


「この人は、私の世話役で母に雇われた…」

「初めまして…彩羽お嬢様のお世話をさせていただいております、佐藤英二と申します」


頭を下げる青年…英二に既に見知っている仲の明智以外の美雪達も頭を下げた。
英二は傍から見れば大体20歳前半ほどで、黒い髪は短く整えられており、優し気な瞳や表情からは敵対心おろか警戒心も持たせないような雰囲気を見せる。
イケメンか、フツメンか、ブサメンか…そう問われれば、確実に『イケメンだね』と誰もが答える容姿を持っていた。
彩羽と近い距離の彼に、金田一と美雪、いつきはチラリと明智を見る。


「…………」


思った通りの不機嫌さだった。
最近剣持が『明智警視の機嫌がすこぶる悪い』と愚痴っていたのを思い出し、その原因が発覚した。
『流石シスコン』と思ったのはもはやお約束で、嫉妬深い舅を持つと彩羽も大変だな、と心底思う。


「お嬢様…先ほどの隼人様のご様子ですが…」

「…隼人がフミちゃんを突き飛ばしちゃってね…それで叱っていたの」


彩羽の言葉に英二は焦ったような表情を浮かべ、フミに怪我はないかと問う。
イケメンに心配されたフミは顔を赤くしながら慌てたように頷いて怪我がない事を伝え、怪我がなく怒っていないフミに英二は安堵した表情へと変えた。


「英二さんは隼人に手を叩かれたよね…ごめんね…きっと八つ当たりだから…後で謝らせるから…」

「あ…い、いえ…その…隼人様はお姉様を取られたと思っておられるのでしょう……私が来る前まではお嬢様を独り占めできていましたので…」


彩羽は英二の手を取る。
その手は隼人が英二の手を叩き落とした手だった。
手の甲を見ると少し赤くなっており、慰める様にその手の甲の赤くなったところを痛くないように撫でた。
英二は彩羽に触れられ頬が赤らみ慌てはするが、嫌ではないのか手を引っ込めることはせず、その表情は幸せそうにしていた。
傍から見たら恋人同士のやり取りに…金田一、美雪、いつきはチラリと明智を見る。


「…………」


鬼を背負いし男に三人はサッと目線を逸らした。

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