(6 / 37) 黒死蝶殺人事件 (6)

金田一は客室に案内され、それぞれ荷物を置いて一度別れる。
明智は時々泊る際に案内される部屋があるらしく、今回もそちらに泊る予定らしい。


「わぁ!すごい!」

「美味しそう!」


丁度着いたのが昼前ということで、色々準備をしているとあっという間に時間が過ぎていき、彩羽の世話係の英二が金田一達を呼びに来てくれた。
案内されたのはある一室。
その一室の中央には人数分の食事が置かれており、すでに明智と彩羽が座っていた。
テーブルに並べられているのはマナーが必須な料理ではなく、みんなで囲って楽しく食べるような気兼ねなく親しみやすい物ばかりだった。
フミは豪邸で料理を食べるのが初めてだったため少し緊張していたが、親しみを感じる料理にホッと安堵する。
いつきも英二に連れられて合流し、英二も一緒に食事を取るらしく座ったが、何故か一席だけ空いていた。


「一人誰か来るのか?」

「ええ…隼人が来る予定だったんだけど…」


コースではないので給仕の必要もないため使用人はいない。
本当にこの部屋は彩羽達だけだった。
一席空いている席の事を聞けば、空いている席は彩羽の弟である隼人が座る予定だったらしい。
しかしその隼人の姿はなく、先ほどの事もあってか空気は微妙さを漂わせていた。


「お嬢様…隼人様をお呼びいたしましょうか?」

「…いいえ…あの子が来たくないのなら呼ばなくてもいいわ」

「ですが…」

「…喧嘩してしまったというのもそうだけど…私が気を配らなくてもあの子にはお母さんがいるもの…平気よ」


気を使って英二が腰を上げかけたが、彩羽がそれを断った。
彩羽も気にしていないわけではない。
だが、さきほどこの部屋に来る前に話をしようと隼人の部屋に行ったが、門前払いされてしまったのだ。
彩羽は何を言っても届かないと、隼人が冷静になるまで待つことにした。
気まずい空気が流れたが、『さ、食べましょう』という一言で空気は和らいだ。
それは金田一の食い気に助けられたと言っても過言でもなかった。


「ねえ彩羽ちゃん」

「なに?」

「他のご家族は一緒にお食事は取らないの?」


洋食だが、気取った物ではなく、音を立てても咎める者はいない。
しかし一応マナーとしてはスープなどは啜らないよう気を付けるのだが…金田一は全くもって気にも留めずズズズと啜るようにスープを頂いていた。
幼馴染として恥ずかしいといつものように注意するが、それすら彩羽には楽しい食事であった。
いつきと明智も呆れはするが、叱る事はなく、彩羽も笑っていた。
初対面の英二はそれらを見てこれが彼らの姿形なのだろうと嫌な顔一つしないでくれた。
食べ始め、少しずつ料理も減っていくと空腹もそれなりに満たされ会話も弾む。
ふと美雪の問いに彩羽は手を止めた。


「はじめちゃん達には楽しく食べてもらいたかったからね…遠慮してもらってるの」


彩羽の言葉に美雪とフミが首を傾げたが、明智や金田一、いつきはその意味を理解したのか浮かない表情を浮かべていた。
美雪も彩羽の様子が可笑しい事に不思議に思ったが、ふと彩羽の胸元にネックレスらしきチェーンの部分が窓から入ってくる光に反射して光っているのに気づく。


「あれ…彩羽ちゃん、ネックレス付けてたんだね」


これまで外で会っているときには着けていなかったため、つい美雪は声をかけてしまう。
美雪の言葉に彩羽は服の下に隠すようにかけていたネックレスを外して美雪に渡す。


「わっ!可愛い〜!」

「隼人が私の誕生日プレゼントに贈ってくれたものでね、お揃いなの」


美雪が渡されたのは、花のネックレスだった。
何の変哲もない、色も着いていないネックレスではあるが、シンプルで愛らしいものだった。
そのネックレスは隼人が彩羽の誕生日に贈ったもので、高い物ではないが、子供のお小遣いでは高かっただろう。
美雪のお陰で彩羽の様子も戻り、明智はホッと安堵する。
その後も楽しい食事は続いた。



――昼食も終え、彩羽達は中庭にいた。
庭には数多くの蝶が放し飼いにされており、金田一達は今日だけでも一生分の蝶を見た気がする。


「それにしてもすごい数の蝶ね!」

「見慣れるとあまり気にしなくなるけど…私も最初この屋敷に来たときは驚いたなぁ」


お腹も満腹になり、少し休憩をした後庭を彩羽に案内してもらっていた。
野生ではないからか、蝶は人間なんて気にもせず好きなように過ごしていた。


「あっ!見て見て!綺麗な蝶――…」

「いけません!!」

「え!?」


人間に慣れているのか、花の蜜を吸っている蝶に美雪が近づいても蝶は逃げ出す事はなかった。
触れるつもりはないが、見入っていると怒鳴るような声に美雪は驚き蝶から離れる。
声の方へ目をやればそこには一人の老人がいた。
老人は険しい顔で美雪を見たが、その傍に彩羽がいると分かると慌てて態度を変える。


「ダメだよ竹蔵さん!せっかく可愛い子と蝶のツーショットだってのに!」


『彩羽お嬢様に明智様!?いらしていたんですね』と腰を低くする老人に彩羽は笑みを浮かべ、美雪は友人だと話した。
すると叱ろうと思ったらしい老人は顔を引きつらせながら『そ、そうだったんですね…』と出合い頭に怒鳴り声を上げた事を美雪に謝った。
あからさまな態度の違いに戸惑っていると、新しい人物が現れる。
その人物はカメラを手に持っており、この屋敷の人間ではなくいつき同様取材できた部外者だと分かる。


「六波羅!!」


そんな男にいつきが気づき名前を呼んだ。
どうやら知り合いだったらしく、六波羅と呼ばれた男はいつきを見て驚いたような表情を浮かべる。


「ありゃ!?いつきじゃねえの!!お前こんなところで何してるわけ?」

「そりゃこっちのセリフだ!お前こそ何してんだ?」

「俺は仕事だよ!仕事!」


そう言って持っていたカメラをいつきに見せる様に掲げる六波羅に『まあ、そりゃそうだな』と頷く。


「知り合いの人?」

「フリーカメラマンだよ…昔一緒に仕事した事があるんだ」


金田一の問いにいつきが答えてくれたが、『いつきさん以外にも記者いるんだな』と呟いた。


「今回のパーティーではいつきさんや六波羅さん以外にも様々な記者の方が来てくださっているの…記者の人以外にも招待した方も夕方までには来られると思う」

「へえ…そんなすごいパーティーだったんだ」


正直食べ物と女の子と遊び以外興味のない金田一は呼ばれたパーティーの凄さはあまりピンと来ない。
ただだから分野が違うライターのいつきを派遣してでも取材させたんだなとは何となく理解した。


「大体そんなに蝶が大事なら庭に放したりしなきゃいいのにさ!」

「わ、私はただ…ご主人様の云いつけ通り…」

「――何をしているの?」

「「「!」」」


触れられて困るなら籠にでも入れておけ…六波羅がそう思うのは仕方のない事で、正直この家で生まれ育った訳ではない彩羽もそう思っている。
口ごもる竹蔵だったが、騒がしさに気付いたのか近づいてくる人がいた。
彩羽はその声に姿を確認するよりも早く顔を顰める反応を見せ、明智も聞き慣れた声に思わず彩羽の前に出た。


「竹蔵が何か失礼な事でもしました?」

「は、初音夫人…い、いえいえ!べつにそんなコト…」

「ならよいのですが…」


その人物とは、彩羽の母親だった。
初音の前では六波羅も流石には強気には出れないのか笑って誤魔化し、あまり騒がしたくはないのか竹蔵も何も言わなった。
初音は竹蔵に下がるよう云うと金田一達に気付く。


「あら…あなた方は…」

「お久しぶりで――」

「誰があなた方を呼んだのかしら…不法侵入したのなら通報する前にさっさと出て行ってもらえないかしら…今日は大切なパーティーですからあまり騒ぎは起こしたくないの」


初音は金田一の言葉を遮った。
どうやら病院で会ったことすら忘れているようだった。
それどころか金田一と美雪が幼い頃娘と仲が良かった友達だった事も気づいていないようだった。
人を不法侵入者扱いする初音に流石に金田一と美雪も良い顔を作れずムッとさせ、失礼極まりない態度の女にフミといつきも同じ反応を見せる。


「はじめちゃん達を呼んだのは私です」


明智も流石に言い過ぎだと注意しようかと思ったとき、彩羽が金田一達は自分が呼んだのだと答えた。
明智で隠れていたのもあってか、そこで初音は彩羽にやっと気づき彩羽が金田一達を呼んだと聞いて顔を顰めた。


「彩羽が?なぜ?」

「はじめちゃん達は私の友達なので呼びました」

「健悟さんならいざ知らず…こんな得体のしれない人達をお屋敷に呼ぶだなんて…それも今日がどれだけ大切な日か知っていて呼んだのかしら」

「ええ、知っていて呼びました…私の家のパーティーに、私の友達を呼んで何がいけないの?」

「彩羽…あなたね…まだ分かっていないの?あなたはもう明智家の人間ではないのよ…この巴川家の娘なのですよ…"いずれ巴川家を継ぐべき人間"だと言う事を自覚しなさいとあれほど言っているのに…あなたが付き合うべき人間はこんな薄汚れた人間ではないの…お母さまがお友達を用意してあげますからもう付き合うのはおやめなさい…今日のパーティーはあなたのためのパーティーでもあるのです…さ、こっちにいらっしゃい…パーティー用に新しい着物を用意したから着替えてちょうだい」


酷い言い様である。
確かに金持ちがいれば貧乏人もおり、ランク分けでの付き合いも必要ではあるが…初音の考えはあまりにも極端ではある。
しかし初音は自分の発言が人を傷つけるものだとは自覚はない。
彩羽は大切な友達を悪く言われ隠すことなく顔を顰め、手を差し出す母を睨む。


「私の人生は私が決めます…あなたに口出しされる覚えはありません」

「いい加減になさい…彩羽…いくら可愛い娘であっても私にだって我慢の限界というものがあるのよ…我が儘もいい加減に早くこっちに来なさい!」


あの薄汚れた人形を捨てた時から彩羽は母親に反抗ばかりしている。
今まで黙って従っていた娘が突然反抗し始めた母親は苛立ちが積もっていた。
とは言え反抗期だと言われれば可愛く感じるが、それも限界に近い。
手を取ろうとしない娘に腹が立ち、初音は金田一達を押しのけ無理矢理彩羽の手を掴もうとした。
しかしその前に明智が間に入り阻まれ、更には横から手が伸びて初音の伸ばされた手を掴んで止めた。


「佐藤…!」


その掴んだ手を辿って見れば、そこには彩羽の世話役につけた英二がいた。
この男は雇ったのは自分ではなく彩羽に従って動いている。
いつでも解雇できると脅してもどこ吹く風の如く『どうぞお好きに』と返した。
最初こそ解雇させたが、それから彩羽の反抗が酷くなったのでもう一度雇わざる得なくなった。
それから彩羽は落ち着いたものの、反抗的な態度に腹を立て無理矢理従わせようとするとこうして彩羽の盾となり初音の前に立ちふさがるのだ。
明智だけでも厄介なのに、更に厄介な男を引き入れてしまったと初音は英二を雇った事を後悔していた。


「奥さま、お嬢様が嫌がられておりますのでおやめください」

「黙りなさい!!あなた雇われの分際で私に逆らっていいと思っているの!?」

「確かに雇ってくださったことには感謝しますが、私の守るべき人は彩羽お嬢様です…奥さまではありません」

「誰がお金を払ってやってると思っているの!!」

「では今月から給料はいりませんのでお引き取りください」

「な…っ」


こちらは雇い主、あちらは雇われ。
どちらが立場が上かと言えば、雇われ主の方が上である。
だが英二に関したら別だった。
彩羽と離したらどうなるのかすでに経験済みだから初音も強気には出れない。
それを分かっていて英二は強気に出れるし、彩羽もすぐに英二を頼る。
それがまた腹立たしい。
命じればいつでも追い出せるが、恐らく逆効果。
彩羽はもう17歳で、家を出て行こうと思えばいつでも出て行ける。
行き場所は明智の家だと決まっているが、親の言う通りに動く人形ではもうない。
現に母親を睨んでいる。
初音は分が悪いと分かったのか、悔しそうに顔を顰め英二をギロリと睨んだ後その場から立ち去った。


「うっわぁ…相変わらずキツイ女だな…やっぱあの噂、実は本当なのか…?」

「噂?」


シン、と静まり返る中、六波羅が零した言葉に金田一は首を傾げた。
『噂』という言葉に怪訝とさせると、不思議そうにする金田一達を見て逆に六波羅が驚いた顔を浮かべた。


「なんだお前ら知らないのか?」

「え、ええ…まあ…その噂って何ですか?」

「巴川家の当主、巴川修蔵が亡くなり巴川の跡を継いだのは長男って事になってるけど、実質巴川家の主はあの後妻だって話だ」


一応関係者の彩羽がいるため小声で教えてくれたが、金田一は驚きはなかった。
あの高飛車な態度は自分が強者だと思わないと取れない。
それによくある話しだと今更驚きもなかった。
彩羽の義理の父である巴川修蔵が亡くなったのは金田一達も知っていた。
彩羽から連絡が来たわけではなく、テレビのニュースで知ったのだ。
テレビによく出ていたわけではないし、知る人ぞ知る有名人だったから数秒後違うニュースに変わったが。
最初こそ苗字が同じ出別人かと思った。
だが明智からも聞いて同一人物だと気づく。
その巴川修蔵が亡くなり、跡継ぎは当然前妻の間に生まれた息子である巴川蓮(れん)が継ぐことになる。
だが、噂では蓮に実権があるわけではなく…実際巴川家の実権を握っているのは彩羽の母である初音だという噂が流れている。
噂は噂。
この手の話しもよくある事だと六波羅もあまり鵜呑みにはしなかったが、実際会ってみるとその噂も案外本当かもしれないと思ってしまう。
そう、初音の態度は思わせるものがあった。
金田一は自分の知らないところで苦労をしているのだな、と彩羽を見た。
彩羽は心配そうな表情で英二を見上げていた。


「英二さん!あんな言い方をして…!もし本当に辞めさせられたらどうするの!…それでなくても英二さんは一度解雇されているのに…」


母親が嫌われ者だというのは知っているし、自分自身も嫌っている。
母は英二のことを嫌い、一度は呼び戻した。
しかし何だかんだ言って認めているからこそ呼び戻し、彩羽の傍に置いた。
あの人は認めない人間を娘が煩いからと言って呼び戻すような人ではない。
だからあの人はあの人なりに英二を認めている。
実際英二が来てから彩羽の成績は上がり、雇った効果は数字で出ていた。
英二は不安げな彩羽の手を包むように握り、優しく微笑んだ。


「お嬢様…私なんかを心配していただきありがとうございます…ですが奥様は決して私を解雇なさらないでしょう…私を解雇してしまえば更にお嬢様のお心が奥様から離れるのをご存知ですからね」


英二は彩羽に心配してくれることが嬉しいと言わんばかりに笑顔だった。
彩羽はその笑みに呆気にとられる。
普通なら気遣った笑みは作るが、英二のその笑みはとても作っているとは思えず、本当に心からの笑みだと思った。
彩羽はこれ以上の言葉が出ず、握られている手を握り返すしか出来なかった。


「それでも…お母さんにあんな反抗的な態度を取るのはやめて…英二さんまでいなくなってしまったら私…」

「お嬢様…」


ギュッと英二の手を握り返す彩羽の声は震えていた。
英二も手を震わせる彩羽に笑っていられなくなり、小さく『はい』とだけ呟いた。

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