悲鳴が聞こえ、金田一達は急いで声のした方へと向かった。
「千里さん!!今の声は…!?」
「明智さん…っ!明日香です!明日香の声です!!」
悲鳴を聞いて千里と蓮も金田一達と合流した。
その声は明日香の悲鳴だった。
急いで向かえば、人気がない裏に明日香はいた。
明日香の姿を見て千里が足を速めて駆け寄る。
「明日香どうしたの!?」
「あ、あれ…」
何かに怯えているような明日香に千里が声をかけると、明日香はどこかを指を指す。
指差した場所は壁だった。
千里がそちらを見れば、千里も驚愕し怯えたような表情を浮かべる。
追いついた明智達もその指さす方へ目をやれば…
「蝶…?」
壁には一頭の蝶の翅に標本用の針が打ち付けられており、まるで標本のように翅を広げて張り付けられていた。
素人目には気味の悪い悪戯だとしか思えない。
「何があったの?」
ゾロゾロと悲鳴を聞いて他の人達もやってきた中、彩羽も遅れて駆け付けた。
彩羽はあの婚約者騒ぎで着替える余裕もなかったのか、長襦袢の姿だった。
羽織っただけなため上着が落ちないよう手で押さえながら金田一を見つけたからか、金田一達の元へ駆け付け、その後ろには勿論英二もいた。
「彩羽?寝てたんじゃ…」
「悲鳴を聞いたから起きちゃった…ねえ何があったの?」
悲鳴を聞いて駆け付けたらしい彩羽に金田一は困ったように頭をかき、蝶が張り付いている壁を指さす。
彩羽もその蝶を見て目を丸くし息を呑み…
「黒死蝶…」
そう呟く。
彩羽の呟きに金田一は蝶から彩羽へと目線を移した。
「彩羽…あの蝶の事知ってるのか?」
「うん…あの蝶は…」
彩羽は顔を青ざめた反応を見せ、その反応に金田一は怪訝とさせた。
彩羽の反応は普通の蝶を見るような反応ではなかった。
彩羽に問いかければ彩羽が答えてくれようとしたその時…
「―――死の…死の予告じゃ…!!」
騒めいでいた周りが、その言葉にピタリと静まり返った。
金田一がそちらへ振り向けばそこには使用人の竹蔵がいた。
竹蔵は誰よりも顔を青ざめ怯えから体を震わせていた。
「誰かが…!この中の誰かが死ぬ…!!」
竹蔵は震えた声で叫び、その言葉にざわめきが戻った。
先ほどよりざわめきは大きく誰もが竹蔵の言葉で動揺しているのが感じ取れた。
「あらまあ…何てことを…」
ただの蝶にしか見えないのに誰かが死ぬと怯える竹蔵にも、ざわめきが強まる周囲も違和感を感じた。
周りの様子を見ていると初音が今頃になって表れ、蝶を見て顔を顰めた。
初音の姿に彩羽の方がビクリと跳ね、金田一は思わず彩羽を自分の背の影に隠す。
英二も金田一の傍に付き初音から彩羽を守るように立った。
そのお陰か初音は彩羽に気付かず、隼人と一人の老人を引き連れて蝶の元へ向かう。
「南さん、早く楽にしてあげてちょうだい」
「畏まりました、奥さま」
南と呼ばれた男性は見覚えがあった。
その男性はドイツ城から救出され病院に入院していた際に初音の後ろにいた男性だった。
南は初音の言葉に従い、長方形型のケースを取り出し、その中に入っていた注射を取り出す。
注射を取り出し何に使うのかと思えば、その注射の針を蝶に差し中の液を注入した。
すると暴れていた蝶が暫くすると動かなくなり、あっという間に身動き一つしなくなる。
「竹蔵さん、蝶はいつものように『蝶塚』に手厚く葬ってあげてね」
「は、はい…」
葬る、と言っていたので蝶は死んだのだろう。
あの注射に入ってる液も標本をつくる際に使用する何かなのだろう。
騒動も収まり、初音は主人として騒がせた事を客達に謝ると集まった人たちはバラバラだがそれぞれ戻っていった。
そんな客達を見送りながら初音は明智へ振り返る。
「あら健悟さん、まだいらっしゃったの?」
「当然でしょう…あなたのせいで傷ついた彩羽を放って帰る事は出来ませんからね」
「傷ついた…?あら、何の事かしら…私はあの子を傷つけたことなんて一度もありませんわ」
「本当にそう思われているのであればおめでたいですね…初音さん…あなたがしている事全てが彩羽のためだとは私は思いません…このままでは彩羽は耐えられなくなりますよ」
「彩羽は私の娘です…あなた方明智とは一切関わりのない人間です…無関係の人間風情が私達親子の事で口出ししないでいただきたいわ」
穏やかな口調ではあるが、お互いその言葉は棘だらけだった。
お互にっこりと笑ってはいるが、内心腸が煮え返り相手から彩羽を奪いたいと思っている。
睨み合っていたが初音がそっぽを向きその場を去った事でこの場の勝負は終了となった。
「大丈夫か?彩羽…」
「兄さん…」
初音がいなくなって、その場は彩羽と明智、金田一達だけとなった。
明日香は千里と蓮に連れられ既に屋敷に消えており、その場は静まり返る。
明智は心配そうに彩羽に歩み寄り、そっと彩羽の頬に触れる。
その手はまるで割れ物に触れるかのように恐る恐ると…しかし優しく触れていた。
彩羽もその手を当然のように受け入れ、不安定な精神状態だからか信頼できる従兄の手に甘えるようにすり寄った。
「顔色がまだ悪いな…婚約の事は私がどうにかするから今は何も考えず眠りなさい…」
「…うん」
子供のように兄の手に甘える従妹がとても愛おしかった。
自分にだけにしか心を許せる相手がいない事に明智は少し優越感を感じていたのは確かだ。
彩羽を傷つける人間しかいないこの家から助け出したいというのも本気だ。
彩羽を愛しているのも心からの感情だ。
告白するのかと金田一に問われた時、悲鳴が聞こえて答えられなかったが…明智はまだ決めていなかった。
彼女を愛してやりたいし、彼女に愛されたい。
だけど今の関係が壊れる怖さもあって、らしくもなく二の足を踏んでいた。
彩羽は明智の想いなど気付きもせず、『優しく頼れる兄』の言葉に頷いた。
「さあ、お嬢様…お体が冷えてしまいます…部屋へ戻りましょう」
彩羽の頷きにホッと安堵の息をついた矢先…彩羽を奪うように英二が明智と交代する。
彩羽の背中に手をやり部屋へと連れ戻そうとする。
英二に対しても信頼を持っているのか彩羽は頷いて金田一達に一言声をかけて連れられるように部屋へと戻っていった。
「明智さん…大丈夫ですか?」
「大丈夫とは…?」
「あっ…い、いえ…ちょっと元気がないように見えたので…」
「ご心配おかけしてすみません七瀬さん…私は大丈夫ですよ…ただ彩羽が心配ですが…」
美雪は恐る恐る明智に声をかける。
明智はなぜ美雪が自分を心配するのか分からないという顔をしていた。
心配そうに彩羽が去っていった方を見つめる明智に美雪はフミと顔を見合わせただけでそれ以上は何も言わなかった。
「ありゃ本気だな」
金田一もただ何も言わず彩羽を見送る明智の背を見る。
すると傍にいつきが歩み寄り、明智に気付かれないよう小声でささやく。
「女子高校生のお嬢様とエリート警視、更には血の繋がらない従兄妹同士であり…11歳差の恋、か…いい小説が書けそうだ」
「ついでに泥沼になりそうだけどな」
いつきの悪ふざけに金田一も乗り、ポツリと囁かれたその言葉にいつきは『違いねえ』と笑った。
(あの顔が大丈夫とか…)
美雪がつい明智を心配して声を掛けたのは、明智が見た事もないほど怒りの表情を見せていたからだ。
原因は分かっている。
――佐藤英二である。
明智は彩羽を愛していると言った。
心から。
一人の女性として。
そして英二も同じだった。
去る際に明智に向けた目は、無関係の金田一から見ても挑発的な目をしていた。
まるで『彩羽は自分のモノ』だと言わんばかりだった。
そこで金田一は英二も彩羽の事を想っているのだと気づいた。
明智は英二が彩羽に恋慕しているのは気づいているだろう。
でなければ英二に対して不機嫌さを見せないはずだ。
「しっかし…彩羽はモテ期かってくらいモテルな…」
明智に、英二に、隼人。
三人にモテる幼馴染に羨ましいかと聞かれれば、まあ、正直羨ましいと思う。
だが、漫画のようなハーレム展開ならいざ知らず泥沼展開は勘弁してほしいとは思う。
金田一は自分も二人の少女に想われていると気づかず、これからどう展開が転がるのか…婚約や肩身の狭い家での騒動も含め心配そうに思う。
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