(10 / 37) 黒死蝶殺人事件 (10)

騒動も落ち着き、テラスに戻り紅茶やコーヒーを飲んでそれぞれ落ち着く。


「あっ…やだ!あの磔になってた不気味な蝶だわ」

「本当だ…ここまで飛んできたのか…しかしこの模様…まるで人間の肋骨みたいだな…」


紅茶を飲んでいると外から一頭の蝶が飛んでいるのが見えた。
その蝶を見れば、先ほどの騒ぎの原因だった蝶だった。
『黒死蝶』と呼ばれたその蝶は不気味な模様を持っていた。
黒と白の模様はまるで人の骨のようで、先ほどの騒ぎも相まって不気味に感じた。


「そういえば…この蝶が磔にされてるのを見て竹蔵さんが言ってた『死の予告』ってどういう意味だろう…?」


金田一も素通りしどこかへ飛んでいってしまった蝶を目で追いながら、竹蔵の言った言葉を疑問に思った。
しかし金田一達は『死の予告』と竹蔵が恐れた意味を知らない。
悩む金田一に少女の声が届く。


「そのままの意味だよ」


金田一は蝶の事は詳しくはない。
黒死蝶という蝶は更にレアものだから一般人の金田一が知らなくて当たり前である。
その金田一の疑問に答えたのは声に金田一達はハッとさせ、声のした方へ振り返る。
そこにいたのは彩羽だった。


「彩羽!?なぜここに…」

「ごめん、兄さん…なんだか眠れなくて…」

「無理もないが…駄目だ、ちゃんと寝なさい」


彩羽は着替えたのか着物ではなくラフな服を着ていた。
明智は彩羽の姿に立ち上がり慌てて駆け寄ると、明智の言葉に彩羽は小さく首を振った。


「寝たくない…兄さん達の傍にいたいの…」

「彩羽…」


彩羽はギュッと明智の袖を摘まむように握った。
上目使いを使う辺りまだ参っている様子はないが、彩羽に弱い明智には効果抜群だった。
『可愛すぎる…』と思っているのか何かに耐えるような仕草を見せた後『眠たくなったらすぐに言いなさい』と言って許可を出した。
許してくれた従兄に彩羽はパッと顔を明るくさせ『ありがとう!兄さん!』と笑った。
その笑みに明智は更なる追い撃ちを受け、片手で顔を覆って彩羽から顔を背けた。
金田一はそれを見て『恋の前じゃエリート警視も形無しだな』と思う。
そしてチラリと彩羽の後ろを見た。
そこには勿論世話係の英二がおり、英二も明智と同じく顔を手で覆い、天井を見上げていた。
恐らく『お嬢様…尊い…』とでも思っているのだろう。


「彩羽、さっきの話だけどそのままってどういう意味なんだ?」


そんな男二人を無視し、金田一は先ほどの彩羽の言葉に問いかける。
彩羽は明智に勧められて空いた椅子に座り、明智が淹れてくれた紅茶を口にする。
眠くなるようホットミルクでも用意させようとした明智を彩羽が頑として紅茶かコーヒーがいいと言ったのだ。
仕方なくまだカフェイン量が少ないコーヒーを淹れてやる。
彩羽の隣には控えていたが彩羽に座るよう言われた英二が座り、彩羽のついでに淹れてくれたコーヒーを同じく口にしていた。
明智も英二とは反対の彩羽の隣を座り、彩羽は金田一の問いにカップの縁から口を離す。


「私も詳しくは知らないんだけど…蓮さんと隼人から聞いた話だとこの辺りじゃあの蝶は『呪い』を意味すると言われているらしいの」

「呪い?」

「うん…生きた黒死蝶を藁人形代わりに磔にするとその家に蝶の鱗粉ごとく不幸が振りかかると言われてるんだって…あとあの黒死蝶には『死人が出る』という意味があるんだって」


『古くから伝わる迷信だろうけどね』と続ける彩羽に金田一達はぞっとさせた。
呪いだの伝承だの信じているわけではないが、気味の悪いのには変わらない。
とりあえず、竹蔵の言っていた『呪い』という言葉と『誰かが死ぬ』という言葉の意味が分かり、わだかまりが少し消えた時…ドアを叩く音が金田一達に来客を知らせる。
世話係の英二が扉を開けると、来客は使用人の南だった。


「いつき様、蓮様の準備が終わりましたのでお迎えに上がりました」

「あっ!それはご丁寧に…すぐ行きます!」


南は出てきたのが英二だった事に驚いた後怪訝とさせたが、後姿の彩羽を見て納得したような表情を浮かべた。
ただ一瞬彩羽を見て顔を顰めたのを金田一は見たが、すぐ表情を引っ込めいつきに声をかけた。
いつきは彩羽の友人のツテ、そして明智の知人と言うことで最初に取材をさせてもらえるという待遇を受けた。
金田一達は彩羽の招待客の扱いなので、いつきだけが退室した。


「記者のお仕事も大変だね」

「自分の分野じゃない仕事も回ってくるんだものね…その分勉強もしなきゃいけないだろうし」


慌しく出て行ったいつきを見送り、フミが感心したような声を零す。
美雪もそれに頷きながら零すのを彩羽は黙って聞いていた。
何も言わない彩羽を金田一は見つめていたが、英二が戻ってきた事で我に返る。


「そういえば巴川家が『夜光蝶』…だっけ?その蝶を見つけたって聞いたけど…誰が見つけたんだ?」


この家に来てから彩羽と碌に話た事はなく、なんとなくな話題を振る。
彩羽はコーヒーを飲んでいたが金田一の問いに考える素振りを見せた後話てくれた。


「あの『夜光蝶』は確か…お義父さん…巴川修蔵が25年前に発見したって聞いたわ」

「へえ!彩羽ちゃんのお義父さんが!すごいのね!」

「やっぱりさ、ジャングルとか行ったの?」

「ううん…立山の山頂付近にある万年雪の古い層から見つけたって聞いたよ…その時は仮死状態のサナギだったんだって…山野さんはヒマラヤまで行ったのにって笑ってた」


珍しい動物や虫と言えば、アフリカやジャングルを連想させるのはテレビの影響かもしれない。
しかしそう思うのも無理はないが、夜光蝶は日本で発見されたらしい。


「でも繁殖に成功したのは蓮さんのお陰なの…蓮さんは学者として素晴らしい方らしくて…よくお義父さんの仕事を手伝っていたりして幼い頃から蝶に関わっていたそうよ…お義父さんは蓮さんがいなかったら夜光蝶もいつかは途絶えていただろうってよく言っていたわ」


金田一は『あの優男がねえ』と思わずそう思う。
強気の姉を言い負かす事もできなかった男の意外な才能を聞き思わず感心したような声を零す。
すると再び扉が叩かれ、また英二が対応した。


「お嬢様…加川先生が来られていますが…どうされますか?」

「え…先生が?」


今度は来客を中には入れず、外で待たせているのか英二が彩羽に来客を入れるか返すかを聞きに来た。
彩羽は加川という名前に意外そうに目を丸くさせ、明智はピクリと反応させた。
彩羽は席を立ち来客の相手をしようとしたが、明智がそれを止め『私が対応する』と彩羽の代わりに向かった。


「加川って誰だ?」

「巴川家の主治医よ」

「主治医?誰か病気なのか?」

「そうじゃないの…ほら、ここって郊外だし、街に行くにも1時間はかかるでしょ?だから軽い病気にかかっても一々街に行かなくてもいいようにって住み込みの医者を雇っているらしいわ」


主治医と聞いて家族に病気の人間がいるわけではなく、風邪など軽い病気で一々1時間かけて街に行かなくていいようにという意味で雇っているらしい。
それを聞いて改めて彩羽がいる家は裕福なんだなと認識し直した。
そうしていると明智が戻ってきた。


「加川先生何だって?」

「睡眠薬を持ってこられたよ…彩羽が寝付けなかったからだろうって…」


彩羽が寝ていなかった事は医師として気づいたようで、明智に『もしもどうしても寝付けなかったらこれを飲ませてください』と加川が睡眠薬を渡した。
彩羽はドイツ城で睡眠薬を盛られてから睡眠薬を嫌う素振りを見せており、若干嫌そうな顔を見せる彩羽に明智は『これは私が預かっておくから、どうしても眠れない時は言いなさい』と言って預かった。


「それと…先生からこれを預かっている」

「?」


睡眠薬の入っている袋はテーブルに置いた後、明智は彩羽の手を取り、彩羽の手の平にある物を転がす。
コロンと彩羽の手の平に転がったのは飴玉だった。


「飴?」


コロン、と手の平に転がるのは可愛い水玉の包装に包まれた飴玉だった。
色は黄色だが、中身が何味かは分からない。
しかし加川からの贈り物なら変な物ではないだろうと彩羽は大人しく受け取った。


(あ、ぶどう味だ…)


包装を開けてみると飴玉は紫色をしていた。
紫と言えば、ブドウだが、口に入れてみれとやはりブドウ味だった。
この家に来てから飴玉なんて食べることもなくなった彩羽にはとても懐かしい味だった。
子供の頃に戻ったように彩羽はほっとさせ笑みがこぼれた。
あの婚約から笑顔を見せなかった彩羽の顔に笑顔が戻り、明智だけではなく金田一達も安堵したように表情を和らげた。

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