部下達に関係者を調べさせ、いつものように仕事を進めた猪川は関係者を談話室に集めた。
集まったのは使用人数人とこの屋敷に住む千里達、そして金田一達だった。
ソファの一つには明日香、蓮、千里が座っており、その後ろには使用人の南と竹蔵が立っていた。
向かいに置かれているソファには彩羽を挟むよう隼人と明智が座り、後ろに英二が控えていた。
暖炉近くには金田一、美雪、フミ、いつきなどが立っており、40代ほどの男性と六波羅は各々適当な場所に立っていた。
「――簡単な現場検証の結果、被害者巴川初音さんの死亡推定時刻は深夜12時から1時の間という事が分かりました…ついてはここにいる皆さんのアリバイを調べさせていただきます」
「おいおい刑事さん!アリバイなんてそれじゃまるで俺達ん中に犯人がいるみたいじゃない?」
猪川の言葉に六波羅が冗談を言われたように笑ったが、猪川はまっすぐと見据え…
「その通りですよ」
と言ってのけた。
断言されたその言葉に全員が目を丸くして驚く。
「何だって!?」
「そりゃどういう事だよ!」
『まるで犯人がいるみたいだ』と軽く言ったつもりが、実際に犯人がいると言われ六波羅は驚愕する。
動揺が隠せない全員を見渡しながら猪川は続ける。
「我々の調べでは昨夜から今朝死体が見つかるまで外部の人間が出入りした形跡は全くない!この屋敷の万全なセキュリティーシステムなら外からの怪しい侵入者がいれば一発で分かってしまうはずだ」
まず考えられる犯人は侵入者となる。
だが、猪川や警察達が調べた結果、それは不可能となった。
蝶とは言えマニアに売れば相当な額になる蝶を放し飼いしているため、それに合わせてセキュリティも万全な物にしなければならない。
金を使い最新式のセキュリティで囲ってあるこの屋敷にかの怪盗紳士ですら入り込めないだろう。
と、なると…
「外から入った者が誰もいないのなら元々中にいた人物の犯行――と考えられるのは当然でしょう?」
「そんな…」
「初音さんを殺した犯人がこの中に…」
「で、でも…深夜12時から1時のアリバイなんてある方がかえって不自然なのでは…?」
猪川の言葉にざわめきが生まれる。
人を殺した人間が今集まっている中にいると聞くと誰もが驚愕するだろう。
「夜中のアリバイより今朝のアリバイを調べるべきなんじゃないか?」
「何?」
「犯人は初音さんの死体を"今朝"あの『蝶塚』に運んだ形跡がある!」
「何だと…?」
横やりを入れたのは金田一だった。
金田一は明智と共に猪川が来る前に調べていたため、初音を蝶塚に運んだ形跡を発見していた。
「竹蔵さん…あなたは今朝屋敷内の見回りで例の『蝶塚』の傍も通ったんですよね?」
「あ、ああ!いつものように他の使用人と2人で見回っとった…7時頃『蝶塚』の傍を通った時には奥様の死体などなかったんじゃ!」
この家はセキュリティがあるからとそこで安心はしておらず、使用人達に見回りをさせていた。
豪邸と言ってもそれほど使用人達がいるわけではなく、見回りは竹蔵と他1名が見回りを担当している。
金田一に話をふられビクリと肩を揺らしたが、竹蔵はいつものように見回りをし、蝶塚の傍も通ったが何もなかったことを話す。
「あの派手に飾られた死体の状況から考えても2人の人間が見落とすなんてまず考えられない!つまり犯人はこの7時から俺と美雪が初音さんを発見する8時までの間に彼女の死体を『蝶塚』に運び磔にしたって事になる!」
そう説明しながら金田一は彩羽を見る。
初音の性格上あまり好かれていないのは部外者の金田一にも分かっていたため千里や使用人達が悲しんでいる様子がないのは理解できる。
だが彩羽が嘆く事がない事に違和感を感じた。
明智は叔父…彩羽の父の死が原因で死体を見ても動じなくなったというが…それにしても血が繋がらず嫌っていたとはいえ母親の死体を見ても全く動じないのには違和感を感じざるを得なかった。
しかしそれは彩羽だけではなく隼人もそうだ。
隼人とは彩羽と喧嘩して以来接する事はなく遠目でしか見ていなかったが、母親にベッタリだった。
頭がいいからかは分からないが元々表情が乏しい子供だったとはいえ、それでも母親の死に涙一粒流さないのも強い疑念が生まれる。
しかし、だからと犯人だと言う証拠だとはいえず、金田一はすぐ彩羽から視線を外して猪川へ振り返る。
「それと刑事さん、初音さんの死体が運ばれる時、帯がほどけたよな」
「ああ…それがどうした?」
金田一の問いに猪川は怪訝とさせながら頷いた。
猪川に追い出された金田一はふと死体が運ばれる時、帯が解けたのを見た。
しかし猪川から言わせれば『だから何だ』である。
「あの時、帯の間から枯れ葉が何枚か落ちて来たんだ」
「なに?」
「もしこれが犯人が犯した小さなミスだとしたら…犯人は枯れ葉の降り積もったあの『蝶塚』の前で初音さんの死体に着物を着せたって事になる!死体を運んできて着物を着せ蝶に見立てて磔にする…これだけのことをするにはどう考えても10分や15分は掛かる…つまり今朝7時から8時までの間に10分以上アリバイのない人物に絞れば…捜査も大分楽に進むんじゃないのかい?刑事さん」
「………」
美雪、そして彩羽は『あ、怒られるやつだ』と思った。
旅行に行ったりとして他の警察ともこうしてアドバイスと言う名の邪魔(相手談)をしよく怒られる。
だから特に美雪はハラハラしていた。
しかし…
「なるほど…――というワケらしい!それでみなさん今朝7時から8時までの間何をしていたか話してもらいましょうか?」
金田一の提案は案外あっさりと通った。
多少の話しが分かる刑事で美雪はホッとしながらアリバイを話し、いつきや六波羅、金田一もそれぞれ問われれば7時から8時までの時間何をやっていたか話す。
次いで猪川は千里へと質問を移した。
「私と明日香は朝食が出来るまでリビングに6時からいたわ……それと蓮と加川先生も6時半頃からずっと食堂にいました」
「確か…隼人もいました」
千里は自身のアリバイと共に双子の妹の明日香と弟の蓮、40代ほどの男性…主治医の加川のアリバイを証明し、隼人も飲み物を呑みながらリビングでゆったりとしていた事を蓮が証明した。
その為六波羅に質問が飛んだ。
しかし六波羅は千里と同じく山野と蝶の事を話していたというアリバイがあった。
続いて彩羽が質問される。
「私はずっと部屋に籠っていました…その間健悟兄さんがずっと傍にいてくれました」
昨日の夜、やはり彩羽は眠れなかった。
睡眠薬を処方してもらったが、彩羽自身あまり睡眠薬を使って寝るのが好きではない。
ドイツ城で強い睡眠薬を盛られてから薬の作用からくる強い眠気が怖いのだ。
それを分かっていたから明智も無理に彩羽に飲ますことなく付き添っていた。
「私はお嬢様に呼ばれたらすぐに向かえるよう隣の部屋で待機していました」
「それを証明する人は?」
「……いえ…1人でしたので…」
続いて、聞かれたのは英二だった。
しかし英二のアリバイは証明できる人がいなかった。
それを聞いて猪川はニヤリと笑い、メモをしていた手帳を閉じた。
「よく分かりました!どうやら君には署で詳しく話を聞く必要がありそうだ」
「ま、待ってください!英二さんは確かに1人でしたけど部屋を出て行ったのなら音で分かります!!ね!兄さん!そうでしょう!?」
「確かに…その時間帯は私も起きていましたし…扉の開け閉めの音は聞こえませんでした」
「壁一枚隔てていて相手が部屋にいるかいないか把握できるものではないのでは?物音を立てないよう最小限に注意していれば壁一枚隔てているお二人に聞こえないようにするのは十分可能…」
「そうかもしれませんが…英二さんが殺人なんか犯すわけが…」
「彼が犯人だなんて言ってませんよお嬢さん」
「…!」
「ただ彼には1人だけアリバイがない!そこの探偵気取りの坊やが教えてくれたようにね…」
英二の後ろに警官が二人立つ。
それは取り逃がさないようにするためだ。
連行させられそうになる英二に彩羽が慌てて庇おうとするが、猪川に逆手に取られてしまう。
それには何も言えず口を閉ざしてしまう彩羽に猪川は笑みを深め金田一を見た。
どうやら金田一に気付いたらしく、嫌味をたっぷりと含ませる猪川に金田一は何も言わなかった。
「ねえ刑事さん…容疑者は一人なのかしら?」
英二を連れ出そうとする猪川に明日香がわざとらしい声で『あら』と何かに気付いたように零した。
その言葉に猪川は明日香を見た。
明日香は勝気な笑みを浮かべ『どういう意味です?』と返す猪川を見た後彩羽へと目線を移した。
「私、見たんです…あの子が母親…初音さんと言い合っていたところ」
明日香の言葉に全員が彩羽を見た。
彩羽は微かに目を丸くさせ明日香を驚いたように見る。
そんな彩羽に明日香は笑みを深めた。
「でも…いくら血の繋がらない母親だからってまさか殺すなんて事ないわよね?ごめんなさいね、余計な事を言ってしまったみたい」
謝りはするが心が籠っておらず、明日香は楽し気に笑っていた。
恐らく彩羽を容疑者にさせたいための言葉だろう。
余計な事と言いつつもそう言えば警察も彩羽に目を付けると知っていて話したはず。
明日香の陰険なイジメに彩羽は顔を顰め、美雪達はキッと明日香を睨む。
隣に座る千里は双子の妹の子供っぽい嫌がらせに呆れたように溜息をつき、蓮は『姉さん!』と姉を咎めた。
しかしそんな姉弟の反応などどこ吹く風の如く気にもせず、猪川に『少し詳しい話を聞かせてもらいたいんですが』と声をかけられる彩羽を見て楽しんでいた。
「今のお話しは本当ですか?」
明日香と周りの反応からして、明日香と彩羽は不仲で、よくある金持ちのお家騒動だと猪川はすぐに読んだ。
しかし聞いた以上調べなければならず、虚偽の線もあるが一応仕事と言う事で問う。
彩羽は猪川の問いに戸惑いなく頷く。
「確かにあの夜私は母と口論になりました」
「口論になった理由は?」
「…婚約です」
「婚約…それは誰とです?」
彩羽はまさか聞かれているとは思っていなくて内心冷や汗をかいていた。
聞かれてマズイ内容ではないにしろ殺人事件が起こり、被害者と口論になった相手を疑うのはまず碇石である。
だから嘘偽りなく答える。
しかし猪川の問いに彩羽は戸惑う素振りを見せた。
そして弟をチラリと見た後、決意したように猪川に答えた。
「弟です」
「………は?」
まさに目が点とはこのことを言うのか、と彩羽は他人事のように思う。
猪川は彩羽を見た後蓮を見た。
やはり婚約と言えば年の近い者同士というのが浮かぶ。
しかし、『いえ、蓮さんではなく…この子です』と彩羽に言われ目をやれば、彩羽の隣で大人しくちょこんと座る幼い少年がいた。
ついに猪川は頭を抱えてしまう。
「……一応言っておきますが日本の法律では姉弟で結婚はできませんよ」
「いえ…私と隼人は血が繋がっていません…私は母と母の前の夫の元に養子として迎え入れられましたので……母は一度私を義父の知り合いに養子に出してから結婚させると言っていました」
「………ソーデスカ」
猪川は自分は悪くないと思う。
誰だって聞けば同じ反応をするだろう、と。
「とにかくあなたは巴川初音さんを殺害する動機があるという事ですね」
「そんな…!確かに母と口論しましたし母との仲だって良いとはいえませんでした!でも…そんな…殺そうとか…思った事…は…」
少しずつ声の音量が小さくなっていく。
その変化に猪川は気づき片眉を上げた。
一番動機がある彩羽の腕を掴み『話は署で聞きます』と連れて行こうとした。
それを明智が彩羽の腕を掴む猪川の手を掴んで止めた。
「待ってください」
「何です?いくら警視とはいえ私情を挟むのは…」
「犯行は7時から8時と言っていましたよね?その間彩羽は私とずっといました…彩羽にはアリバイがあります…それをどう説明するんです?」
「それは…犯行が7時から8時だとは限らないでしょ…それ以外の時間帯だったかもしれない」
「確かにまだ細かな結果が出ていない以上そうかもしれません…ですが口論の際も彩羽は佐藤くんといましたし、その後も彩羽は私と一緒でした…最後に初音さんを見た後、彩羽の傍には佐藤くんがついていて決して一人ではありませんでした」
「…ずっと寝ずの監視は難しいでしょう」
「そうかもしれません…ですが私は彩羽が眠れない間、私も寝ずにいたんです」
ぐうの音が出ない。
嘘を言っているようには見えなかった。
よく見ればあのイケメンの目元にはクマが出来ており、彩羽にも同じくクマが出来ている。
寝ていない証拠でもあり、眠れても十分な睡眠がとれていない証拠でもある。
悔しいが、この勝負は猪川の負けだった。
猪川は悔しまぎれに怒鳴るようにアリバイがない英二だけを連行するよう部下に言う。
明日香は悔しそうに顔を顰めていた。
「お嬢様、大丈夫です…私がやったという証拠がないんですからすぐに帰ってこれますから」
「英二さん…」
結局自分は助かったが、英二は連れていかれてしまう。
連れていかれる際英二は彩羽に声をかけた。
自分だけが助かった事に罪悪感があり、申し訳なさそうに見送る彩羽に英二は安心させるよう笑みを浮かべる。
それでも連れていかれる英二を思うと安心できるはずもなく、彩羽の顔にはまだ笑顔が戻らない。
(…なんだ…この違和感は…)
その二人のやり取りを見ていた金田一はふと違和感を感じた。
彩羽にではない。
猪川にでもない。
他の人間でもなく…―――なぜか英二に違和感を感じた。
それは決して良い物ではなく、じくりと黒く染まるような嫌な感じだった。
連行される英二をじっと見つめていると…彼と目と目があった。
その瞬間、英二が薄く笑った。
(……まさか…いや、でも…)
その笑みを見た瞬間、金田一は既視感を感じた。
だけど証拠はない。
そしてありえない、と思った。
だが感じ取ってしまうとその違和感は晴れたのも事実だ。
(この事件…厄介な事になりそうだ…)
自分の考えが正しいのなら…ただの殺人事件ではなくなるかもしれない。
金田一は自分の考えが外れるよう願いながら英二を見送る彩羽の背中を案じる様に見つめた。
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