(14 / 37) 黒死蝶殺人事件 (14)

警察も撤収し、それぞれ仕事に戻ったり部屋に戻ったりと人気が少なくなっていく。


「彩羽…ごめん、俺があんな事をいったばかりに佐藤さんが…」


金田一は自分の言葉の重みを痛いほど感じた。
明智や剣持ならあんな事にはならず、協力してくれただろう。
だが相手は他県の警察。
他県の警察はあまり仲がよろしくない事を頭にして話すべきだったと金田一は謝った。
だが彩羽は首を振る。


「はじめちゃんのせいじゃないよ…英二さんも言ってたけどアリバイだけで逮捕なんて出来っこないし…すぐ帰ってきてくれると思うから平気…それにはじめちゃんは事件を解決してくれようとしているんでしょ?」

「彩羽…」


『警察が協力してくれるのが一番なんだけどね』と笑う彩羽に金田一は更に申し訳なく思う。
良かれと思った事が友人を傷つけてしまった。
更にはその友人は無理して笑っている。
金田一は無理に笑う彩羽を見てそれ以上何も言えなかった。
そんな金田一を見て明智は溜息をつく。


「金田一君…君がいつも口出しできるのは相手が私の班だからであって、彼が正しい反応なんです」

「ゔ…ま、まあ…確かにそうだけど…」

「大体子供が殺人事件に首突っ込むのもどうかと思いますけどね」

「うるせー!いっつも俺が解決してるじゃねえか!」

「全くなんですかその傲慢な態度は…そんな事をいう口はこの口ですか?君がいない事件は私が解決していることをお忘れなく」

「ふぁにふんふぁふぉ!!」


明智のいつもの嫌味に金田一は噛みついた。
最初はこの場面での嫌味に何を考えているのか分からなかったが、金田一を見て気付いた。
明智は落ち込む金田一を励ましていたのだ。
その励まし方はどうかと思うものの、落ち込む金田一がいつもの調子に戻り、彩羽達はホッと安堵をつく。


「彩羽さん」


彩羽もいつもの彼らにやっと微小ながらも笑みが零れ、クスクスと笑みを浮かべていると声をかけられ振り返る。
そこには明日香がいた。
出て行ったとばかりに思った明日香だったが、座っている彩羽を冷たい目で見下ろしていた。


「何ですか」

「あなたの母親も死んだことだし…早くこの家から出て行ってくれないかしら」


明日香の言葉に賑やかだった部屋が一瞬で凍り付いたように静まり返った。
しかし、彩羽は顔を引きつることも顰めることもなくただ淡々と義姉を見上げていた。
明日香も表情をピクリとも変えず冷たい目で睨むように彩羽を見下ろしていた。
明日香の姿がないため探していたのか丁度蓮も姿を見せ、姉の言葉に目を丸くしていた。


「な、なに言ってんだ!彩羽は母親を亡くしたばかりなんだぞ!?」

「だからなに?あんな奴死んでせいせいしたわ」

「姉さん!何言ってるんだ!!いくらなんでも言い過ぎだ!!」

「言い過ぎなわけないじゃない!!言い足りないくらいよ!!だからこんな奴とっとと追い出せばいいって言ったのよ!!私達をこんな面倒な事に巻き込んで!!」

「おいあんた!仮にもこの子はあんたの妹だろ!!気に入らないからってその言い方はないだろ!」

「ッ――こんな奴妹だと思った事はないわ!!こいつの母親にお母さまが殺されたのよ!!どうやって愛せっていうのよ!!!」


蓮も姉の暴言に流石に傍観できず間に入った。
それでも明日香は止まらず、ヒートアップするばかりだった。
明智は彩羽の肩に手をやり引き寄せて守り、金田一達も彩羽の前に出て暴言を吐く明日香から彩羽を守った。
いつきも人の家庭の事だからとは言え、流石に見ていられず間に入るが明日香の言葉に言い合いがピタリと止み静けさが戻った。
誰もが目を丸くし呆気にとられる中、明日香はキッと彩羽を睨む。


「私達のお母さまが病気で死んだその数日後にこいつらが上がり込んできたのよ!前妻が死んですぐ後妻を迎えるお父様もお父様だけど上がり込むこいつらも異常よ!!こいつらが私のお母さまを殺したに違いないわ!!」

「だからって彩羽さんに当たるのは間違いだっていつも言ってるじゃないか!彩羽さんはまだ9歳だったんだ!母さんに何が出来るっていうんだよ!」

「蓮!あなたはどちらの味方なの!」

「僕は彩羽さんの味方だ!!」


彩羽は明日香の言葉に俯く。
明日香の言うことは言いがかりだが、事実でもあった。
母が前妻が死んですぐに彩羽を連れてこの巴川に居着いたのは事実だし、明日香が不愉快に思うのも分からなくはない。
明日香に反論した蓮の言葉に彩羽は俯きながら目を丸くした。
ゆっくりと顔を上げれば蓮は彩羽を守る様に姉の前に立ちふさがっており、明日香も弟の言葉に呆気に取られていた。


「僕は彩羽さんの事を愛してる…彼女が婚約者になった時も嬉しかった…姉さんが彩羽さんや初音さんを嫌っているのもその理由も分かってるけど…だけど僕は彩羽さんを愛してるんだ!!愛してるから僕は彩羽さんを守りたい!!ここは彩羽さんの家も同然だ!姉さんがどんなに言ったって彩羽さんは追い出させはしない!!」

「蓮さん…」


蓮の言葉にその場は静まり返った。
口が挟めず、明日香も弟の言葉に返す言葉さえ見つからないほど驚きが隠せなかった。
彩羽は蓮の気持ちを聞き、なんて答えればいいのか困惑する。
彼の気持ちは素直に嬉しい。
この家には味方がいないと思っていたから、蓮の気持ちが嬉しかった。
しかし明日香は弟の言葉にカッとなり手を上げる。
乾いた音に誰もが我に返った。


「信じられない…!!正気に戻りなさい蓮!あんたまで売女に誘惑されるなんて姉として恥ずかしいわ!!」

「恥ずかしいのは姉さんだろ!!表面しか見てないくせに彩羽さんばかり責めて…!!それで巴川家のご息女かよ!!」

「!―――この…っ!」


大人しい弟の反抗的な態度に明日香は内心パニックを起こしていた。
いつもは怒鳴ればすぐに口をつぐむ弟が、本気で姉に対して反抗的な態度を取っている。
売り言葉に明日香は思わずまた手を上げる。
しかし、その手は蓮の頬に当たるよりも誰かに手を取られた。


「やめなさい」


明日香の手を止めたのは、千里だった。
2人は言い合いに夢中で長女である千里が騒ぎを聞きつけてきた事に気付いていなかった。
明日香は止める双子の片割れに言い返そうとしたが、千里の手に力が入れられつい口を閉じた。


「明日香いい加減にしなさいと何度言えば分かるの」

「なによ…あんたもこいつの味方ってわけ?」

「…確かに初音さんはいい人ではなかったわ…でも、この子が私達に何をしたっていうの?この子があなたに何かしたのかしら」

「あの女の娘ってだけで不愉快なのよ!あのパーティーの時だってあの女は私達を追い出そうとしたわ!ここは私達の家なのよ!?出て行くのはこいつらの方じゃない!!」

「それはただのあなたの我儘に過ぎないわ…それに彩羽さんは母親を亡くしてまだ間もないのよ…そんな子を責め立てて何になるっていうの」

「何よ…何よ!!なんでどいつもこいつもこんな奴の味方なわけ!?」


声を上げて怒りを露わにする明日香に対して千里は冷静だった。
千里は普段触れも庇いもしないと思ったが、思い起こせば明日香が何か言う度に言葉を遮って明日香と彩羽を引き離してくれていた。
恐らく千里も初音や彩羽に対していい感情を持っていないにも関わらず庇ってくれていた。
それに彩羽は今気づく。
庇ってくれるのは嬉しいとは思うが、少々複雑なのも確かだ。
明日香は千里までも彩羽を庇い、頭に血を上らせた。
味方が一人もいないこの場にいたくないのか千里の手を振り払い彩羽をギロリと睨んだ後その場から立ち去る。


「彩羽さん…大丈夫ですか?」

「え、ええ…蓮さん庇ってくれてありがとう…」

「いえ…僕は自分の意思で貴女の味方になったんです…お礼を言われるほどの事はしていません…」


明日香がいなくなり、その場に流れていた緊張が解けていく。
子供のフミは大人の言い合いに体を強張らせ美雪にくっついていたが、大人たちの緊張が解けたのを感じ取り、フミはその場に座り込んだ。
美雪が大丈夫かと問えばフミは疲れたような顔で笑い頷く。
そんなフミに気付いた彩羽が謝れば、フミからは思いっきり首をふられ、彩羽はふと安堵の笑みを零す。
そして庇ってくれた蓮にお礼を言うと、蓮からは微笑みを向けられた。


「千里さんもありがとうございます」

「いいのよ…最近のあの子は見てられなかったから……彩羽さん、申し訳ないんだけど蓮の頬、冷やしてやってくれないかしら」


蓮と同じく庇ってくれた千里にもお礼を言うと、首を振られ、なぜか蓮の看病を頼まれた。
よくよく見てみると蓮の頬は赤くなっており、思いっきり叩かれたのが分かる。
叩かれた原因は自分にあるため、千里の提案を二つ返事で返し彩羽は蓮と共に部屋を出て行く。
その後を隼人が追おうとするも、『隼人はお留守番ね』と千里に邪魔され椅子に戻されてしまった。
ブスリとさせる隼人に千里はクスリと笑みを浮かべ、二人の足音が遠のいたのを聞くと険しい表情の明智に向かいなおし頭を下げた。
千里が頭を下げ、金田一達は驚く。


「明智さん…あなたには不快な思いばかりさせてきたと思います…あなたは彩羽さんを大切に思っているからきっと明日香や私達の事がお嫌いかもしれません…ですがどうかこのまま彩羽さんをうちで預からせていただけませんか?」


金田一達が驚く中、更に驚くことを千里は言った。
金田一達は千里から明智へ目をやれば、明智は意外に冷静で、金田一達のよう驚く素振りもなくただ険しい表情をそのままに千里を見つめていた。


「初音さんが亡くなった以上彩羽をこの家に置いておく必要はありません」

「まだ彩羽さんの籍は巴川家にあります」

「だから彩羽は巴川家の人間だと?その巴川家の人間が今まで彩羽に何をしてきたか理解しての物言いですか」


明智は今までに聞いたことのない棘のある言葉を千里に向けた。
金田一は『巴川家の人間が今まで彩羽に何をしてきたか』という言葉にあの南という使用人を思い出す。
立ち振る舞いからして南はこの家の使用人を纏める偉い立場なのだろう。
だが、彼はただ一人…彩羽には態度を変貌させる。
丁寧なのは変わらないし、礼儀もなっていて、彩羽に失礼というわけではない。
ただ、彩羽という存在を見て見ぬふりをしているように見えた。
何か言われれば答えるしどんな用だってこなす。
だがそれ以外では彩羽を無視している。
一応お嬢様という立場から大っぴらにはしていないが、金田一のような人間にはすぐ気づいてしまうほど南は彩羽を嫌っているように見えた。
金田一が気づいたのだから明智などとっくの昔に気付いているのだろう。
だが明智は出入りを許されても所詮は部外者。
口出ししたくても出来なかった。
初音がこの家の男と再婚したから彩羽がここにいるのは当然だが、その初音が死んだため、彩羽がこの家に縛られる理由はない。
明智からしたら明日香に言われなくてもとっととこの家から出て行きたかった。
それを千里はまだ彩羽をこの家に縛り付けるつもりでいる。
いくら温厚な明智でも流石に怒りは頂点に達しそうだった。
千里も明日香や南達のしてきた事は気づいていても何の対策もしなかった罪悪感もある。
だから彩羽をこの家に縛り付ける権利はないのだが…


「あの子の舞踊の才能は素晴らしい物があります…あの子が血の繋がらない妹だとしてもあの子の才能をここで終わらせたくはありません」

「それがここに留まる理由にはなりません…通えば済むことですから」

「あなたのご自宅からここまで片道でも4時間もかかるのに通わせるんですか?」

「何もあなたの元に通わせるとは言っていませんよ…東京にも舞踊が通える場所なんて山ほどありますからね」

「どれも巴川家に劣るモノばかりではありませんか…才能があるのならそれなりのレベルの場所に通わせるべきでは?」

「あの子が望むのならそうしましょう…しかし、あなたはあの子がそれを望むとでも思って言っているのですか?」

「それは……」

「あんな仕打ちを受け続けてもなお、あなたはあの子が巴川家に関わりたいと…そう思っていると?」

「…………」

「私は初音さんがこの家に嫁いだためあまり口出しせずに黙っていましたが…初音さんが亡くなった以上あの子をこんな家に置いてはおけません…あの子と隼人君は明智家が預かります」

「あなたと彩羽さんとは血の繋がらないのにですか」

「だからなんでしょう?血の繋がりがないというのならそちらも同じこと…血の繋がらなくともあの子の信頼があるのは私達明智家の方です…それをお忘れなく」

「…………」


千里は彩羽の才能を欲していた。
彩羽は舞踊を9歳から習っているが、才能があったからか上達していき、幼い頃から舞踊をやっている千里と明日香よりも上手くなっていた。
それもあって明日香は彩羽を更に毛嫌いしてしまったというのもあった。
だが千里は嫉妬よりも独占欲の方が勝ってしまった。
正直千里はこの家をいつかは出て行くつもりだった。
元々父の事は毛嫌いしてたし、母は死に、後妻の初音とは波長も合わず不仲。
どうせいつかは追い出されるだろうと思い7年の間にお金も溜めてどこか県外で教室でも開き生計を立てようと計画していた。
だから今更巴川家がどうとかなど興味はない。
だが初音が亡くなり、残された明日香達を置いて出て行くのは良心が痛んだ。
だからせめて才能のある彩羽が欲しかった。
巴川家の出だと知れば舞踊の世界では安泰だ。
それも込めて明智に提案すれば予想通り却下される。
何を言っても言い返され千里と明智は暫く睨み合いが続いた。
金田一達も緊迫した空気に口どころか指一本動かせなかった。


(彩羽!はやく帰ってきてくれ!!)


明日香との修羅場の次は千里と明智の修羅場…
この場を収められる彩羽と蓮の帰還を金田一は切に願う。

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