(19 / 37) 黒死蝶殺人事件 (19)

――翌朝。
母が死んでからさらに前妻の子供達との仲が拗れてしまい、一緒に食事をする気にも起きず、彩羽は金田一達と別の部屋で朝食を取っていた。
明日香は初音の血が入っている隼人も毛嫌いしているため、必然的に隼人も彩羽達と食事をするはずだった。
しかし、朝食の席に隼人の姿はなかった。


「隼人君、来ないわね」

「……大丈夫よ…使用人に食事を部屋に運ぶよう頼んであるし…」


彩羽が気に入らない使用人も流石に子供を飢え死にさせるのは巴川家として沽券に関わると放置はしないだろうと彩羽は南に隼人の食事を運ぶよう頼んだ。
相変わらず顔色一つ変えないながらも自分に話しかけられるのを嫌悪していた。
この家に来てから彩羽は人に嫌われるのに少し耐性が付いた気がした。
妬ましく睨まれたり、蔑んだ目で見られる程度なら何とか無視は出来るほど彩羽は慣れてしまった。
落ち込む彩羽に金田一や美雪達は一生懸命励ましてくれる。
それが申し訳なく感じてしまう。
だけど、すごく嬉しかった。
いつものように金田一が馬鹿な事をいい、それを美雪やフミがツッコミを入れる。
それだけだが、彩羽は楽しかった。
笑顔がこぼれたその時…


「お嬢様」

「…!」


彩羽はその声に弾かれたように振り返る。
そこにいたのは―――英二だった。


「英二さん…!」


彩羽はマナーなど頭から抜け、食事中だが、帰ってきた英二に駆け寄った。
帰ってきた自分を見て駆け寄ってきてくれる主人に英二は嬉しそうに破顔させた。


「ただいま帰りました、お嬢様」

「っ、おかえりなさい!英二さん…!乱暴な事をされなかった?大丈夫だった?」


彩羽は英二に駆け寄り抱きついた。
心配する彩羽に英二は『大丈夫ですよ』と笑みを浮かべ安心させ、その言葉に不安気な顔をしていた彩羽も安堵の息を吐く。


「よかった…佐藤さん帰ってきたのね…これで彩羽ちゃんも少しでも元気を取り戻せるといいわね」

「うん、彩羽お姉ちゃん元気なかったもんね」


美雪とフミは一日越しの再会を感動的に感じているようだった。
女性陣達は忘れているようだが、男性陣は忘れていない。
金田一といつきはチラリと明智を見る。


「………」


明智は彩羽を慕っていると金田一達に告白した。
そのため、彩羽と英二の再会に明智の顔は険しくさせており、不機嫌さを見せていた。
それを見て金田一は重い溜息を吐いた。


(…未練たらたらじゃねえか…)


金田一は内心明智に呆れていた。
『彩羽に告げるのか』という問いは明日香の悲鳴で聞き逃したが、恐らく明智は彩羽に想いを告げることはないだろうと金田一は思っている。
確信もないし証拠もない。
それにあの複雑そうな顔は告白しようか迷っているようにも見えた。
けれど、きっと明智は自分からは彩羽に想いを告げることはないだろう。
その理由はまだ高校生の金田一には分からない。
案外歳の差がネックだったりするかもしれない。
だが、想いを告げる気がない癖して嫉妬心は立派にあるらしい。
『エリート様も人間だったんだな』と本人に聞かれたら嫌味連発どころではない事を金田一は肘をつき彩羽と英二を見つめながら思う。
しかし…金田一は何となく彩羽と英二を見て息を呑んだ。
金田一の目線の先には…

―――英二が彩羽の涙をキスをして拭っていた。

彩羽は濡れた目を瞬かせ呆気に取られたように英二を見上げた。


「英二、さん?」

「涙、止まりましたね」

「…っ」


彩羽は母の死、英二の連行、弟との決別と、精神的な疲労が重なり、英二が帰ってきた安心から涙が止まらなかった。
それを英二は必死に慰めたが止まらず、涙を唇で拭った。
彩羽だけではなく、その場にいた全員がその行動に呆気に取られ、彩羽はパチパチと目を瞬かせた。
英二の言葉に彩羽は自分の涙が止まった事に気付き慌てて頬を伝った涙の痕を手で拭おうとした。
しかし、その手を英二に取られてしまう。


「赤くなってしまいます」

「……う、うん…」


代わりに英二の持っていたハンカチで優しく涙の痕を拭い、彩羽に微笑みを浮かべた。
そして彩羽の涙の痕がないか確認するように優しく彩羽の頬を撫でる。
その手に英二を見上げた。
英二の瞳は優しく、愛おしい者を見るような目だった。
その目に彩羽は吸い込まれるように見つめ、目が離せなくなる。
英二は顔が整っており、きっと彩羽のように触れられればどんな女性でも落とせるだろう。
だが、不思議と彩羽は胸の高まりはなかった。
しかし、どうしてか意味ありげのその手が温かく拒否できなかった。
その代わりに――――ダン、と大きな音に二人は阻まれる。
彩羽はその音にビクリと肩を揺らし、捕らわれたように目線が外せなかった英二から目線をその音の方へ移した。
そこには明智がいた。


「彩羽、泣いたのなら顔を洗ってきなさい」

「う、うん…」


音は明智がテーブルに置かれていた水の入ったコップを叩きつけた事で響いた音だった。
彩羽は明智に怒られたと思い、冷たい明智の言葉に頷いて顔を洗いに部屋を出る。

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