ペラ、と紙を捲る音だけがその部屋に落ちる。
明智は自分の部屋に戻り読書をしていた。
― 気持ちの整理したいから、英二さんとお母さんの部屋に行ってくるね ―
そう言って従妹は英二と共に母親である初音の部屋へ向かった。
まだ亡くなって間もなく、気持ちの整理は今でなければならないのかと思ったが、今は彩羽のしたいようにさせようとそのまま見送った。
本当は英二ではなく自分が付いていきたいと言いたくて仕方なかったが、今の自分が初音の部屋に行っても更に気分を害するだけだと思いやめた。
英二と一緒に行ったのは、一人にはなるなという明智の注意、それと母をあまり知らない人物の方が気持ちも整理しやすいからだろう。
それは分かっているが、やはり真っ先に感じる感情は…嫉妬である。
想いを秘めてはいるが、いい歳して11歳差もある少女に触れる男に嫉妬など…自分が情けない。
明智は心を落ち着かせるために読書をしていたのだ。
「明智さん、いる?」
「金田一君?…ええ、いますよ…どうぞ」
中身が頭に入っているような、いないような…やはり心ここにあらずな明智の耳にドアがノックされる音が入り、ハッと我に返る。
ドア越しから聞こえるのは彩羽の幼馴染という金田一の声だった。
金田一の声に明智は本を閉じてテーブルに置き、金田一を迎えに扉に向かった。
「どうしたんです?君が一人で私に訪ねて来るなんて珍しいですね…」
訪問理由は、話がある、というものだった。
話があるから来るのは当たり前だが、神妙な顔をしているのもあって中に迎え入れた。
丁度コーヒーを淹れていたので、金田一にはミルクと砂糖を用意して渡した。
『サンキュ』といつものように砕けたお礼を言いながら渡されたコーヒーに好きな分のミルクと砂糖を入れる金田一を明智は何となく見つめる。
彼は知り合ってそう短い間柄ではないが、不思議なもので一緒にいると落ち着くような気がした。
先ほどまで痛いほど心を締め付けられていた想いが彼と少し話ている内に緩和していたのを感じた。
(この少年は本当、不思議な子だ…)
高校生という幼い年齢ながらにIQ180という頭脳を持ちながらも、彼はそれをひけらかすわけでも頭の良さが顔に出しているわけでもなく…明るい少年らしさを見せていた。
それは彼がそう演じているのか、それとも天然なのかは分からないが…決して彼に対して嫌悪感は感じない。
彼のようなタイプを嫌う人間はいるだろうが、少なくとも明智は彼を認めている。
「それで…話とは何ですか?」
コーヒーを美味しそうに飲んでいた金田一は『ああ、そうだった』と何故か部屋を見渡す。
なぜ部屋を見渡すのか首を傾げていると金田一は小さな声で呟いた。
「彩羽はいないのか?」
「ええ…彩羽は今初音さんの部屋にいますよ…なんでも気持ちの整理をしたいとか」
「ふーん…じゃあ、佐藤さんも彩羽と?」
「はい…初音さんの事をあまり知らない人といた方が気持ちを整理できるからと……あの、金田一君?彩羽と佐藤くんがどうかしました?」
「…………」
何故小声なのかは分からないが、金田一が何かを警戒しているのならこちらが台無しにするわけにもいかないと釣られたように明智も声を抑える。
しかし金田一がなぜ彩羽と英二を気にするのか分からず問えば金田一は口を閉ざし黙り込んでしまう。
「金田一君…?」
もしや、金田一は彩羽を疑っているのでは―――と明智は顔を顰めた。
その明智の反応に金田一は『違うって』と明智が何を勘違いしたのか気づき慌てて首を振って否定する。
「証拠があるわけじゃないんだ…」
「…事件のですか?」
「いや………いや…それは関係あるかもしれないけど…」
「…一体なんですか…何をそんな迷っているんです…君らしくもない…」
「うーん…迷ってるっていうか……多分っていうか…」
うんうんと唸る金田一に明智は怪訝とさせた。
一体何を迷っているのか分からないが、金田一は自分に何かを言いたくてわざわざ一人で来た。
ならばそれを聞くのが明智の役目である。
もしも推理で悩んでいるのならそれをアドバイスするのも厭わないと思う程度には明智は金田一を気に入っていた。
「それが、さ…―――」
しかし決意をしたような金田一の言葉に明智は言葉を失った。
目を丸くし、凝視するように金田一を見つめていた。
「それは…本当ですか…!?」
「証拠はない…けど、間違いないはずなんだ」
「まさか…そんな……ですが…なぜ…」
「分からない…丁度よかったのかもしれない…」
明智はガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。
険しい表情を浮かべる明智に金田一は曖昧でありながらはっきりと答えた。
金田一は確かな証拠ではなく、所謂『勘』で全てを繋げた。
だからはっきりと言えなかったのだ。
慌てる様に立ち上がった明智だが、しかし、とふと冷静さを取り戻す。
金田一も理由までは分からない。
ただ金田一の読みが正しいのなら、それは事実である。
2人の間に沈黙が落ちたその時、再びドアがノックされ来客が現れた。
「!―――…はい」
「兄さん、いる?私だけど…」
「彩羽…」
緊迫した空気が流れていたせいか、来客の声が彩羽だと気づき、明智は安堵の表情へ変える。
入室を許可すると彩羽の手には何故か一枚の着物が握られていた。
彩羽の後に英二も続いて入ってきた。
英二は彩羽の世話係だし、彩羽に付いて行って初音の部屋に行ったのだから一緒にいるのはおかしくはない。
だが、明智は彩羽と英二が一緒にいると分かると一瞬顔を険しくさせたが、すぐに元の澄ました表情へと変える。
「あれ、はじめちゃんもいたんだ…」
金田一が従兄の部屋にいた事に気付き、彩羽は『珍しいね』と笑った。
その笑みに金田一も笑うが、少しぎこちなかった。
ぎこちない笑顔に気付き首を傾げるが、それよりも従兄に声をかけられ意識を従兄に向ける。
「どうした?」
「それが…思い出したことがあって…」
「思い出した事?」
明智はさり気なく彩羽の背に手をやり椅子に座らせコーヒーを淹れる。
彩羽は明智と金田一の間にあった椅子に座らされたので、英二には彩羽の向かいの椅子を勧めた。
彩羽はあの後、思い出した事があり明智に会いに来たらしい。
明智に言った後に金田一にも言うつもりだったため『丁度良かった』と笑った。
その思い出した事を問うと彩羽は持っていた着物を金田一と明智に見せた。
「これなんだけど…」
「着物?」
「うん…お母さんの着物なんだけど…」
その着物は初音の物らしく、初音の部屋に無造作に置いてあったのを持って来たらしい。
しかしそれを見せられても金田一達は何を意味するのか分からない。
なぜ初音の着物を金田一と明智に見せに来たのか、それを問えば彩羽は思い出したという事を教えてくれた。
「お母さんが殺される前、私お母さんと口論してたって言ったよね」
「ああ…それとその着物とどう関わりがあるんだ?」
「殺される前にお母さんの着ていた着物がこれなの」
彩羽の言葉に金田一と明智は枯れ葉の上に磔のように置かれていた初音の死体を思い出す。
初音の死体は蝶をイメージした着物を着ていた。
その着物は青色を中心とした物だったのを覚えている。
しかし彩羽の手にあるその着物は、蝶や花が描かれた柄の着物ではあるが、派手さはなくどちらかと言えば地味な着物だった。
そしてその生地の色は…茶色。
彩羽が口論した殺される前、初音はその茶色の着物を着ていたという。
「金田一君…確か初音さんの死体が着ていた青い着物の帯には木の葉が巻き込まれていましたよね…」
「ああ…あの青い着物はオバさん本人が着たものじゃなく…木の葉で一杯のあの場所で犯人が着せたと考えられる…でも…蝶に似せる為だけならこの茶色い着物でも十分だったはずだ…!なのになぜ犯人はあんな人目につく場所でわざわざあの派手な青い着物に着替えさせたんだ…!?」
「そんな厄介なとこを人に見られる危険を冒してまでやるからには着物を着換えなくてはならない理由があるはずです……一体どんな理由が…」
行き詰っていた推理が一歩進んだ瞬間だった。
だけどまだ謎の部分が多い。
なぜ犯人は殺人を犯したのか。
なぜ初音を殺したのか。
明智の警視としての顔で巴川家の捜索はそれほど難航していないが、やはり皆あまりいい顔はしていない。
「これから彩羽はどうするんだ?美雪達は気分転換に庭を散策するって言ってたけど」
「じゃあ私も参加させてもらおうかな……色々あって美雪ちゃん達とあまり話せないし…でもその前にこの着物をお母さんの部屋に返しに行かなきゃ」
話も終わり、金田一はこれからどうするのかを彩羽に聞いた。
美雪とフミといつきはあまり一人にならないように気を付けているのもあるが、何より気分転換をしようと庭を散歩がてらに散策すると言っていた。
それを聞いて彩羽も参加しようと持って来た着物を部屋に戻すため席を立つ。
金田一もすでに用は済んでおり、先に美雪達のところに向かうため同じく席を立つ。
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