(23 / 37) 黒死蝶殺人事件 (23)

コツコツと靴音が二つ静まり返る廊下に響く。


「街なんか何しに行ったんだ?」

「こちらの警察本部です」


歩くのは、先ほど彩羽達の部屋を出て行った明智と金田一。
金田一は明智に問うと、返ってきた言葉に怪訝とさせた。
明智は片道1時間の道のりをかけて向かったのは、石川県の警察本部だった。
事件も起き、警視の明智が警察へ行くのはおかしい話ではない。
しかし今更このタイミングで足を運んだ明智に疑問に思った。


「なんで今更…」

「銃の携帯の許可を貰いに行きました」

「じ、銃!?なんで銃なんか…いくら彩羽を守るためって言ったって銃は大げさなんじゃ…」

「彩羽を守るため…でもありますが、そのためだけではありません…君の推測が正しいのであれば武器もなく手ぶらでは危険すぎます」

「あ…そっか…じゃあ銃持って来たんだ」

「いえ…許可はおりませんでした」

「え!?」


わざわざ1時間もかけて警察本部に向かった理由…それは銃の所持の許可を貰いに行っていた。
日本は世界で珍しい銃に対し厳しい国である。
警察は国によって銃の使用を許可されている。
しかしこの国は警察といえど銃の携帯の許可は難しい。
銃を撃つにしても外国のように腕を撃ったり、射殺するのは出来ない。
頭がいいが平和ボケしている日本で生まれ育った一般人である金田一は『銃』なんて頭にはなかった。
だから明智が銃の所持の許可を取りに行ったと驚いた。
しかし、明智は銃を持って帰ることはできなかった。


「証拠がないと言われました」

「証拠って…!だから…!―――って…そうだな…証拠はないな…」


証拠はある。
だがそれは全て金田一の推理であり、『物的証拠』ではない。
恐らく上の考えは、『物的証拠もなく決めつけだけで一般人を怪我又は死亡させてしまった場合の責任はどうするのか』だろう。
銃に関しては厳しい日本で、警察が一般人を銃で撃つのは、かすり傷程度でも脅し程度でも大問題になる。
それが犯人でもない一般人ならなおの事である。
金田一は頭に血が上らせたが、実際証拠がないと自分でも気づいているのか冷静になっていく。


「ごめん、明智さん…」

「なぜ君が謝るんです?」

「だって…わざわざ本部まで行ったっていうのに…無駄足になっちまったじゃん」


金田一に謝れた明智は首を傾げたが、金田一の言葉に目を瞬かせ彼を見下ろす。
しょんぼりとする金田一に明智は苦笑いを浮かべた。


「警察なんてそんなものですよ」

「へ?」

「警察は最も法で縛られている人間です…物的証拠がなければ動きません……―――だから…彩羽も…」

「彩羽…?」

「――いえ、何でもないです」

「………」


金田一は明智が苛立っているのを感じた。
最初は正義感の強い人だからと思っていたが、何となく少し違う気もした。
融通の利かない警察に苛立つのも確かにあるのだろう。
しかし、どこか別のところに苛立ちを積もらせているような気がした。
ポツリと呟かれた明智の言葉に幼馴染の名が聞こえ、聞き返すも首を振られてしまう。
それ以来明智は黙ってしまい、結局何が言いたかったのか聞く前に目的地に着いてしまった。
流石地下なだけあって寒いくらいの温度だが、金田一は寒さも感じないほど緊張していた。
目配せで明智が金田一に『いいですか』と聞くので金田一は無言で頷いた。
ノックするとすぐに返事が返ってきた。
彩羽の言う通りその声は蓮の代わりに蝶の世話をしている英二の声だった。


「佐藤くん、訪ねたい事があるんですが…」


そう言って明智は扉を開けた。
すると部屋には多くの飼育ケースと英二、そして…


「六波羅さん!?どうしてここに!?」


何故か六波羅がいた。
六波羅の姿に金田一が明智の後ろから顔を覗かせ驚いて見せると、六波羅は苦笑いを浮かべ、持っているカメラを明智と金田一に見せた。


「どうしてって…俺はカメラマンだぜ?今度出す蝶の写真の撮影をしてたのさ」

「蝶の写真…?」


部屋には英二の他に六波羅がおり、六波羅は仕事で使う蝶を撮るために英二の元に尋ねたという。
英二の手には蝶が入っている飼育ケースがあり、丁度撮影中だったらしい。
金田一はふと多くあるうちの一つのケースを見ると黒死蝶が入っていた。
それも蝶はピクリとも動かず、全てが翅を畳んで同じ向きに並べられていた。


「し、死んでるのか?これ…」

「まさか…麻酔で寝てるだけですよ」


ピクリともしない蝶の入ったケースを恐る恐る覗き込むと英二からは眠っていると返された。


「それで、何か私に御用でも?」

「ええ……すみません、六波羅さん…三人で話をしたいですのですがよろしいでしょうか」

「ああ…はいはい、撮影も丁度終わったしいいですよ」


明智ならまだ自分に用事があるのなら分かる。
明智は彩羽の従兄ということで何かと世話をしたがる男だからだ。
だが、金田一が自分に用事があるというのが分からない。
彩羽の幼馴染であるというのは彩羽から聞いており知っているが、英二と親しいわけではない。
だが、彩羽からも金田一が探偵紛いな事をしていると聞いており、明智も認め、その一課の班からは頼られていると聞いており今回の事件の事だろうと察しがついていた。
明智は六波羅に出て行くよう頼み、明智が警視だと初音が亡くなった時に知った六波羅は素直に従い部屋を出て行った。
六波羅が出て行くと部屋には静けさが落ちる。


「それで何をお聞きに来られたのでしょうか…奥さまの事なら私は何も存じ上げませんよ…私はあの時お嬢様のお部屋の隣にいましたのでアリバイがないですし、証拠もないです」

「今回は事件の事を聞きに来たわけではありません」

「では何を聞きに?私は早く仕事を終えてお嬢様のお傍に戻りたいのですが…」


ケースを置きながらの英二の言葉に明智はピクリと片眉を上げて反応を示した。
その意味を理解しているのか、英二は明智に負けない整った顔で明智に向けて笑顔を浮かべた。
それは挑発しているように金田一は感じたが…恐らく間違いではない。
彩羽を巡りイケメンが争う…王道だが、世の少女達が憧れてきた光景である。
…が、ここにいるのは金田一――そう、男である。
ぶっちゃけ、実際イケメンが一人の女性をめぐる戦いを見て思った。
――なにこれめっちゃ面倒臭い――と。
正直自分は巻き込まれたくないと思った…心の底から。


「戻る前に佐藤さんに聞きたい事があるんだ…勿論さっき明智さんが言った通り事件の事じゃない」

「…事件の事ではないのならなんですか?」


見えない火花を散らす大人たちをよそに金田一は本来の目的を果たそうとした。
明智と睨み合いをしていた英二だったが、金田一に邪魔をされ不服そうにだが明智から金田一へ意識を向ける。
金田一は首を傾げてこちらを見る英二を強い眼差しで見つめ…―――



「あんた、高遠遙一だろ」



と質問した。
その瞬間その場は静まり返り、英二は目を見張って金田一を見つめた。
しかしすぐに苦笑いを浮かべる。


「何を言い出すのかと思えば……そもそも誰ですか、その…高遠という方は」

「高遠遙一…北海道で連続殺人事件を起こした人物です…彼は今逃亡しており、テレビでも取り上げられたのですが…本当に知らないのですか?」

「ええ…すみません、私はそれほどテレビを見る人間ではないんですよ…どうもマスコミや芸能人は好きではなくて…見るのは天気予報くらいですかね」


高遠遙一、という名はまだそれほど浸透した名ではない。
だが、テレビを見ていれば一度でも名前を見聞きしたことのある人物だ。
高遠遙一は北海道で起こった連続殺人事件の犯人で、その事件では金田一が犯人を暴き、警察に捕まったがその後すぐに脱獄してしまった。
それはテレビでも取り上げられ、脱獄を許した日本の警察を非難しながら民間に注意を促していた。
暫くすれば別の話題に変わったが、連日報道されていたので全く聞いた事がないという人間は子供か日本国外の人間くらいだろう。
しかし英二は聞いたことがないと言う。
それが更に怪しさを増した。
肩をすくめて笑う英二に疑いの目を強くする二人に英二は困ったように頬をかいた。


「なるほど…お二人はよほど私が高遠という方だと決めつけたいんですね…では、もしも私が高遠遙一という方なのでしたらそれを証明するものがあるんですか?」

「ああ…それはあんたの表情だ」

「…表情?」

「あんたの普段の表情や反応を見ていて俺はずっと違和感を感じていた…最初に高遠かもしれないと感じたのはあんたが警察に連行される時だ」

「警察に…?」

「あんた、笑ってただろ…でもその笑みは彩羽を安心させるような笑みじゃない…何かを含んだ笑みだった…俺はその高遠の笑みを一度見たことがある…あの時は警察に連行される前だったが…あんたとその時の高遠の笑みは同じだったんだ」

「………」


ただの決めつけと言われも2人は表情一つ変えなかった。
それほど英二を高遠と確信めいているのだろう。
だが、英二からしたらいい迷惑である。
証拠と言えば、出てきたのは物的証拠ではなく…ただの『勘』。
英二はフッと小さく笑う。


「そんなの物的証拠ではないじゃないですか…目や表情が似ていた?それだけで君たち警察は私を連続殺人犯と決めつけ逮捕するというんですか?」

「それだけじゃないぜ…ま、これも物的証拠じゃないけどな…」

「……いいでしょう、聞きますよ…その証拠というのはなんです?」


人を勝手に殺人犯にした事に苛立ちはあるが、興味もあった。
まだ『勘』で得た証拠があるという金田一に英二は余裕を見せる様に笑みを深め話を進めさせる。


「あんたの彩羽の見る目が高遠と一緒だったんだ」


その言葉に英二だけではなく明智も金田一を見た。
金田一はまっすぐ逸らさず英二を見つめ、英二は一瞬口をつぐんだ。


「…金田一様…それが確かなら私に対して失礼ではないですか?殺人犯と同じ目をしているという事は…私がお嬢様を殺したいと思っていると言っているようなもの…あなたは私がお嬢様を殺したいほど嫌っていると…そう思っているのですね?」

「違う…その逆さ!」

「逆…?」

「あんたは…―――彩羽に好意を持っているはずだ」


金田一の言葉に英二と明智…両者から息を呑む気配を感じた。
英二は気づかれた動揺、そして明智は気づかないフリをしていたための動揺。
両者口を噤む中、金田一は続ける。


「北海道でのあんたがどういう意味で彩羽を見ていたかは分からない…でも…北海道の時のあんたも今のあんたも彩羽を優しい…暖かい目で見ていたんだ」

「…それがなにか?お嬢様の世話係の私がお嬢様を暖かな目で見る事はそれほどいけない事ですか?優しい目で見ていたら連続殺人犯なんですか?」

「それは…違う…」

「なら…」

「だが…俺には分かるんだよ…あんたの目が…過去を語っていた時に見せた彩羽を見る目と同じだって…」

「…………」


また英二は黙り込む。
黙り込むと言うよりは、何も言えないと言った方が正しいだろうか。
しかしすぐに呆れたように笑い首を振る。


「馬鹿馬鹿しい…たったそれだけで逃亡犯扱いとは…いくらお嬢様のご友人だとしても言っていい事と悪い事がありますよ…今ならお嬢様には今の事は内密にしますので出て行ってくれませんか?仕事の邪魔です」


何をどうあっても高遠扱いされ腹が立ったのか、金田一と明智を拒絶するように苛ついた声で背を向け追い出そうとする。
止めていた手を動かす英二だったが、金田一と明智が部屋を出る気配がないのに溜息を吐き渋々を装い苛立った声をそのままに呟く。


「まだ何かありそうですね…なんです?一応聞いてあげましょう」


決して振り返らず、決して彼らを見ない。
腹が立ったのもそうだが、彼らを許していないという意思表示でもあった。
そんな英二に動いたのは金田一だった。


「彩羽がさ…あんたが帰って来た時泣いただろ?」

「……ええ」

「そんとき、あんた…彩羽の涙を手やハンカチで拭うんじゃなくてキスをして舐め取っただろ…」

「…………」

「…忘れてないよな…高遠…あの時俺もいたって事…」

「…………」


手を止めず六波羅の取材で出していた道具を片付ける。
明智は護衛のためにここにおり追い詰めるのは解いた金田一に任せ無言。
英二も手を動かしてはいるが何も喋る気がないのか無言。
その部屋には無機物同士がぶつかる音と金田一の声だけが響いていた。
しかし金田一の言葉に動かしていた英二の手がピタリと止まり、無機物同士がぶつかる音も同時に止まった。
その反応に今までは9割ほど確信していただけだった金田一は完全に英二が高遠だと見抜いた。


「他人に涙を拭う時は普通はハンカチだ…赤の他人…それも目上の存在である人物に口で涙を舐めとる行為は絶対にしないはず」


そう告げれば英二は止めていた手を動かし、最後の片づけを終えた。
そして背を向けていた英二だったが、再び金田一と明智に向かい合う。
こちらに顔を向けた英二を見て金田一と明智は目を丸くさせた。
英二は――笑っていたのだ。
その笑みは薄ら笑いでもなく、悔し気な笑みでもなく…ただにっこりと、口角を上げて笑っていた。
追い詰められたのは英二の方なのにその自分達に見せる余裕に金田一達は怪訝とさせた。
そんな金田一と明智をよそに英二は彼らに拍手を送った後、そのまま顔に手をやり、皮膚を剥がす。
否…皮膚を剥がすのではなく、皮膚を剥がすように何かを剥がした。
そして露わになったのは―――あの北海道でも見た男の顔だった。


「相変わらず素晴らしい洞察力ですね…ええ、そうです…君の推理通りですよ」


にっこり、という文字が見えそうな清々しい笑みを浮かべながら英二―――高遠は金田一を讃えた。
剥がしたのはよく出来たマスクのようで、高遠は佐藤英二と偽っていた。
高遠が自身からマスクを脱いで正体を明かし、明智は金田一の前に出て彼を背に庇う。
緊迫した空気に金田一はゴクリと喉を鳴らす。


「彩羽の母親を殺したのはあんたか?」

「いいえ…奥さま…巴川初音を殺したのは私ではありません」


高遠遙一は殺人を犯している。
それも3人も。
否…直接手にかけてはいないが左近寺も入れて4人だろうか。
罪を償っていない彼がまた殺人を犯したと思うのは当然の考えで、問うが首を振られた。
ならばなぜ、と明智はついカッとなる。


「ではなぜここにいるんです?なぜ潜伏をこの家に選んだのです!調べれば私がよくこの家に出入りしていることくらい分かるはずでしょう!!なぜ!」


銃の所持を許されていたら、すぐにでも銃口を向ける事ができたが、少年の勘だけでは銃使用の許可が下りなかった。
それがたまらず苛立ちを積もらせるが、何より高遠の潜伏先を巴川家…彩羽の傍に選んだのか…それが一番の疑問点であり…そして苛立たせる原因でもある。
ギリ、と歯を食いしばり苛立ちを抑える明智に高遠はクツクツと焦りもなく笑う。


「なぜ…ですか……深い意味はないですが…そうですね…あの事件の際にいた登場人物の中で一番彼女が…―――騙しやすそうだと思ったから…でしょうか」

「ッ――貴様…!」

「ま、待てよ!明智さん!!」

「…!」


巴川家は有名であるから調べれば住所くらいは簡単に割れる。
同時に明智が彩羽に会いによく出入りしていることくらい調べればわかるはずだ。
だが、高遠は身を隠す場所をいつ警視にバレるか分からないリスクを負って巴川に…彩羽の傍に選んだ。
明智はなぜ高遠がそんなリスクを負ってまで巴川家に潜伏していたのか分からなかった。
だが高遠は言った。
彩羽が一番騙しやすそうだと。
彩羽は確かに素直で人をあまり疑うことのない子だと明智は思っているが、それを『騙しやすい』と答える高遠に怒りをあらわにした。
しかし金田一に肩を掴まれ我に返った。


「高遠…あんた嘘をついてるだろ」


金田一が止めなければ恐らく高遠の狙い通り逆上し逃げられただろう。
それに気づき明智は反省した。
やはり彩羽の事になると頭に血が上りやすい自分が恥ずかしくなる。
だが今は反省するよりも殺人者を捕まえる事が先である。
明智はすぐに気持ちを切り替える。
そんな明智に目を細めて見つめていた高遠だったが、金田一の言葉に首を傾げて見せる。


「嘘ですか…私は何も嘘は言っていませんが…実際彼女は私を高遠遙一ではなく佐藤英二だと思っていますし」

「あんたの変装は完璧だったからね…俺もあんたが連行されるときに見た笑みを見なきゃあんたの変装は見破れなかったさ…だけどあんたは顔は変えれても目だけは変えれなかった!」

「…また目、ですか」


はて、と高遠は思った。
彼は物的証拠もなく、勘で推理する人間だっただろうか、と。
飽き飽きしたと言わんばかりに高遠は『君は心理学者にでもなるつもりですか?』と冗談めいて言った。


「あんたは気づいてないだろうけど彩羽を見ている時のあんたの目…まるで愛しい人間を見ているような目なんだよ!過去を話した際見てた時も!彩羽の傍に控えていた時も!あんたは彩羽を慈しんだ目で見てた!!愛しい人を…まるで…」

「愛した女性を見つめる目で見ていた、ですか?」

「!……ああ…」


金田一も確証もないし物的証拠がないから不安だった。
だから少しずつ言葉に覇気がなくなっていった。
そもそも金田一自体恋だの愛だのまだ分からない年頃である。
だから確証はない。
だが、不安そうな声に高遠が付け足して続けた。
高遠の言葉に金田一は口ごもったが、強く頷いた。
金田一の頷きに高遠はふと笑う。


「金田一君…やはりあの時、君を殺すべきだった…」


意外と高遠はすぐに認めた。
その言葉は後悔しているように聞こえるが、その表情は真逆で愉快そうに笑っていた。
しかしすぐにふと表情を和らげ、テーブルにあった小さな道具を元あった場所に戻す。
それは片付けているというよりは手持ち無沙汰のように見えた。


「金田一君…明智警視…君たちは『一目惚れ』というものを信じますか?」

「ひ、一目惚れ?」

「…………」


ゆっくりと物を片す高遠は二人を見ていない。
だが、彼が穏やかな表情を浮かべているというのは見て分かった。
恐らく隠すつもりは一切なのだろう。
金田一は思ってもみない言葉を高遠から聞き呆気にとられたが、明智は顔を顰め無言を返す。
高遠は戸惑うように零す金田一の青青しい返しに『そうです』と頷いた。


「私は彼女を一目見た時から惹かれていました…最初は年下の女の子に心惹かれている事に気づいていませんでしたが…彼女がいなくなった時、気づいたんです―――ああ、僕は彼女の事を心から愛しているんだな、と」


手に取った道具を見下ろす。
目は道具を写していたが、高遠は『彼女』を見ていた。
その瞳はとても優しく暖かく…慈しみ、愛しそうに記憶にある『彼女』を見た。
その『彼女』が誰なのか…なんて問うなんて馬鹿な事は二人はしない。
質問するまでもなく、彼女とは――彩羽の事だと分かっていた。
明智は高遠が彩羽に恋をしているのを知っても疑問には思わなかった。
むしろ腑に落ちた。
英二と偽った時から高遠は彩羽を見る目線の色を変えていない。
同じ彩羽に惹かれている人間として高遠が彩羽に恋をしているのだと薄々気づいていた。
だが、従兄妹の関係に甘んじていた明智としては認めたくないのもあった。


「冷酷な殺人犯が恋ですか…それも6つも年下の子に……笑えない冗談ですね」


顔を顰めたまま呟かれた明智の言葉に高遠は目を瞬かせ意外そうに明智を見た。


「おや?そういう明智警視こそ『笑えない恋』をしていらっしゃるのでは?11歳も年下の…それも血が繋がらないとはいえ従妹に恋をするとは……随分と今どきの警察は俗物になったんですねぇ」

「………」

「そう睨まないでください…ちょっとした八つ当たりですよ」


言い返す言葉もない。
しかし殺人者に言い当てられ腹も立っている。
明智はギッと高遠を睨んだ。
そんな明智に高遠はくつくつと笑う。
蚊帳の外の金田一は『八つ当たり』という言葉に首を傾げたが口は挟まない。
挟む隙間がないのもあるが、何より彼らは彩羽を巡って腹の探り合いをしているのだ。
口を挟める人物と言えば彩羽だけだろう。
しかし首を傾げる金田一に気付いたのか、高遠は目を細めて微笑んだ。


「明智警視は一番彼女に近い人間だ…彼女の信頼の多くは貴方に注がれている…それに対して『佐藤英二』としての信頼など貴方に比べれば雀の涙ほどにすぎない……だから私は貴方が心底憎らしいんですよ…彼女はきっと高遠遙一として姿を現しても私を恐れるだけだ…彼女の傍にいられるのは『高遠遙一』ではなく『佐藤英二』です……しかし貴方は明智健悟として傍にいられる…明智健悟として彼女に触れることができる……それがとても憎らしい…腹が立ち、苛立つ」

「奇遇ですね…私も貴方が心底憎らしいですよ…身を偽りながらも彩羽の傍にいられる貴方が…兄としか見られない私と違い貴方は努力をすれば異性として見てもらえる位置にいます…それが私にはとても妬ましく感じる」

「おや、私達は似た者同士ですね」

「ええ…だからこの感情も同族嫌悪なのでしょう……まあ君と似ていると言われても嬉しくはないですが」

「そうでしょうとも…私も似ていると言われて反吐が出そうだ」


『ここから逃げ出したい』、と金田一は心底思う。
だが、逃げ出す空気ではないし、殺人犯を見逃せない。
睨み合う大人2人に高校生の少年は重い溜息を吐いた。


「もういいからとっとと警察に引き取ってもらおうぜ、明智さん…俺疲れた」

「おや、それは困ります…まだ彼女の傍にいたいので」

「そうはいきませんよ…あなたは指名手配されている身なのですからね…正体も暴かれたのですから素直に捕まってください」

「ですからそれは困りますと言いましたが?」

「あなたがどんなに困ろうと一向に構わないと言っているんですが?」

「…………」

「…………」

(誰かー!彩羽を連れてこーーい!!)


金田一は人生で一番心から願った瞬間だった。
せめて危ないからと連れてこなかったいつきがいてくれれば…と思ったが、すでに遅い。
睨み合いでは埒が明かないと思ったのか高遠は得意のマジックのようにどこからかナイフを取り出し、刃を明智と金田一に向ける。
ナイフを向けられ若干緩んでいた空気が一変し緊迫したものに変わった。


「ではこうしませんか?君たちにバレてしまいましたしどの道もう彼女の傍には長くいられないでしょう…ですから君たちがこの事件が解決するまで私は大人しくしていましょう…ですが、その間あなた方も私を『高遠遙一』ではなく『佐藤英二』として接してください」

「その提案を呑むとでも?なぜ私達が犯罪者の提案を聞かなくてはならないのです?」

「そうですか…まあそういうと思いましたが……しかし私も彼女との仲を引き離されたくはないですし…―――抵抗した際に人が何人か亡くなったとしても仕方のない事ですよね?」

「―――っ!」


ピリ、とした痛いくらいの緊迫した空気が流れる。
高遠は怒りの表情を浮かべる金田一と明智に笑みを浮かべた。


「私を捕まえる際、"たまたま"傍にいた彼女に、"たまたま"私が握っているナイフが抵抗した際投げて当たったとしてもそれは『事故』ですから仕方のない事です」

「彩羽に何をするつもりだ…!!」

「何もしませんよ…今は、ね……でもあの愛らしい顔に傷を残すというのも一興でしょうか……顔に傷がついてしまえば誰かの手に渡ることも早々ないでしょうし…心に傷を負わせてしまった責任という名目であの子を手に入れれますし」

「貴様…!」

「落ち着けって!明智さん!!高遠のペースに乗せられてどうするんだ!!」


彩羽の名前を出され怒りをあらわにする明智に金田一は肩を掴んで止める。
明智も頭の隅には冷静さをまだ残しているのか、頭に血を上らせてはいたが我を忘れるほどではなかった。
だから金田一でも止めれたのだろう。


「…本当に事件が解決するまで大人しくしているんだな」

「ええ…下手な事をして彼女の傍を離れるのは私も不本意ですしね」

「その後自首してくれるのか?」

「それはお断りさせていただきます…捕まったらあの子に会えなくなってしまいますしね…私は逃げます…ですから―――捕まえてみなさい」


高遠は今回捕まる気は一切ない。
捕まっても脱獄することは簡単だが、今回はそういう気分なのだ。
挑発めいた笑みに金田一は睨むように高遠を見た。
睨むように自分を見る金田一に高遠は愉快そうに目を細めて笑った。

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