(27 / 37) 黒死蝶殺人事件 (27)

明智は彩羽を連れて、彩羽の部屋に向かった。
部屋に入れば部屋の前に猪川から指示されて来た警察2人が見張るために扉の両側に立つ。
彩羽は部屋に入ると何をするでもなく、ただのろのろと歩いた後立ち尽くした。
扉を閉めた後部屋で俯き立ち尽くす彩羽に歩み寄った明智だったが、勉強机の上に置かれている"ソレ"に目を見張った。


「ウィル…!?」


"ソレ"とは、初音が捨てたはずのぬいぐるみだった。
初音が取り返されないよう燃やしたと聞いていたのだが、目の前にはその燃えて灰になったはずのぬいぐるみが置いてあり明智は驚いた。
その声に彩羽も気づき、俯いていた顔を上げてぬいぐるみを見る。


「お母さんの寝室にあったの…ウィルの他にも…昔撮った写真が飾ってあった…」

「…写真が飾ってあった?」


小さな囁き程度の声だが、明智の耳には届いていた。
彩羽の囁きに明智は怪訝とさせたが、ハッと何かに気付き、顔を顰める。
従兄の反応をよそに彩羽は机に座らせているウィルと、その隣に置いているルディの頭を撫でるように触れる。
それだけだ。
たったそれだけだが彩羽の見せる表情が柔らかいように見える。


(やはり最大の難関はこの人形たちか…)


彩羽に恋する人間の最大の難関。
それは初音でも、そして明智以外では従兄である明智でもない。
最大の難関は…このぬいぐるみである。
特にウィルと名付けられた人形。
この人形は彩羽にとって特別だった。
炎の中に飛び込んでまで取りに行こうとするほど大切に想ってるこの人形には誰よりも有利な位置にいる明智もまだ勝てていない。


(しかし…まさか初音さんがウィルや写真を取っておいていたとは…)


なぜ、ウィルを捨てたと言っておいて寝室に置いていたのか…明智にはその理由が分かった。
だからこそ初音に対して腹立たしさが強くなるばかりで、彩羽にも八つ当たりしそうな気落ちを落ち着かせぬいぐるみを撫でる彩羽に声をかける。


「彩羽、疲れただろ?使用人に何か暖かい物でも持ってきてもらうからシャワーでも浴びてきなさい」


明智はカーテンを閉めながら彩羽に部屋に備え付けられているシャワー室でシャワーを浴びるよう指示をし、彩羽は黙ったままコクリと頷く。
やはり足取りが重い彩羽を心配そうに見送りながら内線電話で彩羽と自分の飲み物と、男性用の着替えとパジャマを持ってきてもらうよう伝えた。
暫くして聞こえるシャワーの水音を聞きながら受話器を戻し、明智は溜息のような、そして安堵のような息を吐く。

― だから今度は私があの人を捨てようって…この手で殺してやろうって思ってた!! ―

脳裏にはまだ彩羽の悲痛な叫びのような声が響いていた。
彩羽から初音が叔父を見殺しにしたのは聞いている。
明智も彩羽の言葉を信じ、警察にも訴え出た。
しかし明智の訴えでも事件として扱われる事なく、結局は病死で片付けられた。
証拠がないのだ。
物的証拠が。
そして9歳の発言では証拠にもならないと警察は判断した。
明智は金田一と並ぶほどの頭脳を持ち、叔母に自首を訴えた。
自首したとしても罪はそう重くはないだろう。
しかし、それでも罪を償った事にはなる。
だから叔母に訴えるも、叔母は開き直ったように自首するつもりはないと断言した。
どんなに頭脳を持って推理しようにも警察が動いてくれなかった。
結局、小さい事を蒸し返すな、と大人たちは言っているのだ。
だから明智は誓った。
どんなに小さな事件でも、幼い証言者でも、決して見逃さないと。
明智は彩羽が母親を憎んでいる事も知っていた。
そして復讐を望んでいたのも。
ただ、あれほど強い意思を持っているとは思わなかった。


(駄目だな、私は…彩羽を理解しているようで全く理解してやれていなかった…)


明智は椅子に座り重い溜息を吐き、心からの反省を零した。
明智は自分こそ彩羽を全てわかってやれていると思っていた。
母親でもなく、他の誰でもない…自分こそが彩羽の理解者だと思い込んでいた。
しかし、彩羽に対して明智は全く理解していなかったのだ。
当たり前である。
彩羽は物ではない。
彩羽は人間で、心を持っているのだ。


(これでは初音さんと同じだな…)


彩羽をこの腕に閉じ込めているとばかり勘違いしていたが、その実彩羽は明智の腕にはいなかった。
その勘違いは傲慢でしかなく、そして明智が軽蔑し続けた叔母と同じだったのだ。
彩羽を自分の思い通りに動かそうと明智は恋慕しているからこそ無意識にそう考えていた。
彩羽は彩羽だというのに。


(彩羽は…7年間母を殺す事ばかり考えていたのだろうな…それは…どれほど辛い事だろうか…)


殺したいほど憎い母に連れられ新しい家族と共に暮らす生活は、9歳の少女にとってどれほど苦痛だったのだろうか。
9歳の少女に復讐の炎を燃やしただけではなく、母…初音は異常性癖者に娘を差し出したのだ。
娘達を欺けるほど隠すのが上手かった修蔵と彩羽の関係に、初音が気づいていたかは今となっては不明だが、もし気づいていて何もしなかったのなら明智は心底初音を軽蔑する。


(彩羽…)


修蔵を思い出し、明智は息苦しさを感じる。
ショックだった。
そして腹が立った。
彩羽が穢された事ではなく…彩羽が乱暴されていたのを気づかず初音ばかり気にしていた自分に腹が立つ。
しかし、少し安堵もしていた。
彩羽が人を殺さなくてよかった、という安堵である。
明智は彩羽を疑ってはいない。
それは金田一、美雪、フミ、いつき……そして高遠も同じだろう。
殺してやりたかった、と激情の中そう言いながらも本当に人を殺していたのなら、それはもう女優そのものだ。
しかし彩羽は女優でもないし、そこまで器用な子ではない。
それに彩羽が人を殺すわけがないと信じていた。


「明智様、お飲み物と着替えをお持ちしました」


彩羽の方が精神的に疲れているだろうが、明智も彩羽の本音を聞き体を休めているというのもあり色々と疲れがどっと襲って来た。
すると使用人の声と警察の声がし、そういえば見張りの警官達に使用人が来ること伝えていないな、と珍しい己のミスに気付き扉へと向かう。
持ってきてくれた使用人は南だった。
彩羽の用事に南が現れた事は今までになかった。
そのため南の姿に明智は目を丸くした。
彩羽はまだ犯人と決まったわけではないので、南を部屋に引き入れた。


「まさかあなたが来るとは思っていませんでしたよ」


明智の言葉に南は苦笑をうかべる。


「……私達は彩羽様に辛く当たっておりました…前妻であった奥様はとても良い方で私達使用人にもとても優しくしてくださったのです…奥様が亡くなってすぐに来られた初音様や彩羽様を受け入れる事はできなかったんです……ですが…それは使用人が決してやってはいけない事なのを忘れていました……初音様は確かに良い方ではありませんでした…機嫌を損ねれば叱り、中には辞めた使用人もいました…奥様の時はそのような事は一切起きなかった事でしたので私達は心底初音さまを憎いと思ってしまった…」


長くいる為なのか、南にしては準備を中途半端にして飲み物を持ってきていた。
トレイをテーブルに置いた後、着替えをベッドに置き、コンセントに電気ポットを繋げ、お湯を沸かすスイッチを入れる。
缶から紅茶の茶葉をティーポットに入れてコップを用意する。


「ですが…私達は決して暴力は受けてはいませんでした…初音様は気難しい方で使用人を厳しいお言葉で叱る事はありましたが長時間叱るという事もなく…そのお叱りはとても単純なお言葉ばかりで心を傷つけるようなものではありませんでした…勿論それでも私達使用人の心を傷つけてはいます…ですが辞めていった者達は自ら辞めている事に私達は気づきませんでした…初音様が『辞めろ』と言った事など一度もありませんでした…それを私達は初音様と彩羽様の憎しみで目が曇って見ていなかったのです…」


使用人たちは彩羽と初音を毛嫌いしている。
古くからいる南や竹蔵などの使用人は前妻があまりにもよく出来た女性だったから気難しい後妻を毛嫌いしていたし、新しく来た使用人も大半は先輩から聞かされる後妻母子の悪口を真に受けて嫌っていた。
南達からしたら彩羽の孤独など『当然』だとしか感じていなかった。
だけどそれは間違いなのだと、南は気づく。


「彩羽様には謝罪してもしきれない事をしてきました…あの方は初音様のように私達を叱る事はなく、使用人が主人を無視をするという無礼な態度を取っても何も仰りませんでした…きっと彩羽様にとっては私達の態度など気に病むことではなかったのでしょう…彩羽様にとって大切なのは初音様と旦那様への復讐でしたようですから…私達がどれだけ彩羽様を冷遇していても…明日香お嬢様がどれだけ彩羽様を嫌っておられても…気にもしていなかったのでしょう……ですが…私達はそれに甘えてしまった…彩羽様がどれだけ傷つき、どれだけ辛い想いをしていたかも知らず私達は彩羽様に対して大人げなかったと反省しております…」


明智は椅子に腰かけたまま南の話を黙って聞いていた。
正直彩羽を無視しているような対応をする使用人もあまりいい印象は持っていなかったが、明智にとって敵は初音だけだったためそれほど気にしていなかった。
何より彩羽本人があまり気にしている様子を見せなかったし、彩羽本人の口からも『別にいいんじゃないの?私は後妻の連れ子だししょうがないよ』と言っていたので明智も深くは口を出すことはなかった。
南は先ほどの彩羽の言葉を、本音を、過去を、決意を聞き、目が醒めた。
そして後悔した。
母親の横暴さにばかり目が行き、彩羽も母親と同類だと思い込んでいた事を。
思い返せば初音でさえ乱暴な言葉を言われはするが暴力を受けたわけでもなし、そして精神的嫌がらせを受けたわけでもない。
彩羽に至っては嫌がらせなんて一切受けていないし、彩羽はあまり使用人と深く関わろうとはしなかった。
恐らく彼らの怒りを感じていたのだろう。
彩羽の過去は同情せざるを得ない。
そして当時まだ幼かった彩羽の決意に南は恐れと同時に感服していた。


「それを私に言っても意味はないと思いますが?」

「…承知しております…ですが……彩羽様は私達を気にも留めておられないはず…謝罪しても恐らく何も感じられないでしょう…しかし明智様は彩羽様を一番に思っておられる方です…私達使用人を良く思っておられないでしょう?」

「……そうですね…彩羽が気にするなというのであまり意識しないようにはしていましたが…あまりいい気分ではありませんでした」


南は頭を冷やしてくれた事は喜ばしい事だが、正直今更感が否めない。
だから少し棘のある言葉で答えてしまう。
明智の言葉に南は『やはり…』と悲し気に笑った。


「ですから明智様にお話したのです」


明智は南の言葉に何も答えなかった。
それと同時に、電気ポットからお湯が沸いた音が聞こえた。
その音に南は止めていた手を動かし、二人分の紅茶を淹れた後、一礼し部屋を出て行った。


「…………」


一人になった部屋は静まり返っていた。
シャワーの音がしないので彩羽も上がるのだろうと何の気なしに思っていると、音を立ててシャワー室の扉が開かれる。
当然出てくるのは彩羽。
明智は今度は自分が入るかと立ち上がり彩羽と向き合うように振り返った。
しかし飛び込んできた光景に明智は己の目を疑う。


「彩羽…な、んだ…その…恰好は…」


明智は目を丸くし、目の前の光景に唖然としていた。
彩羽はパジャマではなく…タオルを体に巻き付けただけの姿だったのだ。
ポタ、ポタ、と軽くしか拭いていない髪の先から雫が落ち、彩羽の張りのある肌を濡らしていく。
濡れた髪、濡れた目、濡れた唇…全てが彩羽を艶めかしく演出し、彩羽に好意がある明智からしたら目に毒な光景だった。
唖然としながらも何とか声を絞り出す明智の言葉に彩羽は明智から目を逸らした。


「兄さん…私ね…好きな人、いたの…」

「そう、か…」


明智の問いには答えず、彩羽は囁くように呟く。
その言葉は明智からしたら胸を抉るような言葉だった。
出来るだけ感情を隠して答えた己の声はとても機械的で冷たく聞こえた。
しかし彩羽は気づいていないように続ける。


「その人は中学で同じクラスの人で…手も繋いだしキスもした…あの男に外出を制限されてたからデートは出来なくて全部学校でしたんだけど…学校は学校で結構スリルがあって楽しかったな…」

「………」


なぜ彩羽がそんな事を言い出したのか明智は分からなかったが、口を挟んだり話をそらしてはいけないと思い何も返さなかった。
無言を返したのはその『男』に醜い嫉妬をしていたからなのもあった。
伝えるつもりはない。
だが、まだ愛した女性の口から自分以外の男との関係を告げられて冷静でいられるほど踏ん切りがついているわけではない。
黙る明智に不思議にも思わず彩羽は逸らしていた目を伏せた。


「体を重ねる前に…ちゃんとあの男とのことも言わなきゃって思ったんだ…だって…その人の事本当に好きだったからさ…浮気じゃないけど…無理矢理だけど…その人には隠し事はしたくないって思ったの……今思うとその人に全て言って助けてもらいたかったかもしれないね…ほら、恋愛漫画みたいにさ、主人公の女の子を助けるヒーローみたいなやつ…多分あれを期待してたんだと思う…でも…その人がね、言ったの…――――『お前、汚い体なんだな』って…」

「な…っ!?」


その光景を思い出しているのか彩羽は震える体を抱きしめるように腕を抱き、何かに耐えるように目を強く瞑った。
明智は目を丸くし驚愕する。
彩羽は被害者だ。
あの男…修蔵が逆らえないのを良い事に乱暴された被害者。
助けたいと思うこそすれ、罵るなんて考えられない。
ましてや彩羽と恋人同士だったらなおの事、愛した彼女を慰め守る決意をするのは当然の事である。
それを『その男』は彩羽を慰める事もせず『汚い体』と言ったのだ。
明智は修蔵に乱暴されたと知った時以上に怒りを覚えた。
彩羽は言葉を失っている従兄をよそに震える声で明智に聞いた。


「兄さんもその人と同じ…私の事汚いって思ってる?」

「そんな訳ないだろ!!彩羽を汚いなんて思った事なんて一度もない!!」

「…本当に?」

「ああ…彩羽はとても綺麗だ…汚い所なんて一つもないよ」

「…………」


彩羽の問いに明智は即、答えた。
それは嘘偽りのない本心。
だから疑う彩羽の目を向けられても明智は揺るがない強い瞳で見返し、強く頷いた。
その明智の言葉に彩羽は心底安堵したような表情を浮かべた。
彩羽が安心したような表情を浮かべ、明智も同じく信じてくれたことに安堵した。
しかし…


「なら…抱いて…」


彩羽は体に巻いていたタオルを解いた。
パサリと唯一彩羽の体を隠していたタオルが彩羽の足元に落ち、彩羽は明智に裸体を晒す。
何も纏っていないその体は傷一つない美しく健康的な体だった。
付き合って来た女性達と比べるとやはりまだ幼い体ではあるが、大人の女性のものへ成長途中も相まって美しかった。
明智は突然意中の少女が裸を露わにさせ、高い頭脳が全て休止したように頭が真っ白となる。
目を丸くして動かない明智を気にもせず彩羽はゆっくりと明智のもとまで歩み寄り、そっと明智の胸に顔を埋めるように抱きつく。


「ッ――彩羽っ!?なにを…っ!」


彩羽に抱きつかれ、シャツ越しから感じる彩羽の体温に明智は我に返った。
裸で先ほどまでシャワーで体を温めていた彩羽はとても暖かく、それ故より彩羽の身体が密着していることを明智に知らせた。
慌てて引き剥がそうと肩に手をやったが、それよりも早く彩羽は抱きつく力を強くする。
明智は下着も衣服もなにも見に包まれていない彩羽の柔らかい胸や肌がいつもよりはっきりと感じ、息を呑む。
珍しい従兄の反応をよそに彩羽は明智の胸元にすり寄る。


「お願い…私が汚くないっていうなら…私を抱いて…」

「っ、彩羽…駄目だ…それは駄目だ、彩羽…」

「どうして?だって兄さんは私は汚くないって言ってくれたじゃない…綺麗だって……そう思っているなら触れれるでしょ?」

「だ、だから…頼む……離れてくれ……駄目なんだ…彩羽…駄目だ…」

「なんで拒むの?…やっぱり私、汚れてるんだ…」

「違う!彩羽は綺麗だ!汚れてなんかいない!」

「じゃあなんで!どうして触れてくれないの!!何が駄目なの!?なにがいけないっていうの!!」


彩羽が触れるとビクリと反応させるのに、明智は決して彩羽に触れることはなかった。
それどころか駄目だと言うばかりで、明智は彩羽を『汚くない』と言いながらもその行動は真逆だった。
そんな明智のあべこべな行動を彩羽はただの同情、そして憐れみと慰めだと思い苛立つように声を上げ―――


「私のこと好きなくせに!!」


そう叫んだ。
その言葉に明智は言葉を失い、彩羽を驚いた顔で見下ろす。
彩羽は涙を浮かべ胸元から明智へ顔を上げ、従兄を睨んでいた。


「どうして…」

「そんなのすぐ気づく……あの男のせいでそういう感情に敏感になっちゃったんだもん…」


明智は顔を真っ青にさせた。
隠しているつもりだった。
確かに隠しきれていた。
金田一達にも気づかれなかったのだから、少なくとも分かりやすかったはずはない。
しかし、周りは隠せても一番隠したいと思った人物にはバレてしまっていたらしい。
彩羽は再び言葉を失う従兄の胸に顔を埋めた。


「好きなら抱いてよ…汚くないっていうなら…触って……」


彩羽はそう囁く。
その声はとても切なく、悲し気だった。
明智はその切ない声に胸が締め付けられる思いだった。
そして彩羽の期待を叶えるよう、彼女の体を抱きしめた。
彩羽は目を瞑る。
ああ、抱いてくれるのかと思った。
しかし、


「すまない…彩羽を抱けない…」


明智はそうはっきりと言った。
彩羽は閉じていた瞼をゆっくりと開け、瞬く。


「どう、して……やっぱり…私の体…汚いの…?」

「違う!!」


涙は出なかった。
ショックだったのは確かだが、心のどこかでは『ああ、やっぱりか』と思っていたのだ。
彩羽の言葉に明智は否定した。
声を張り上げ否定する明智だったが、落ち着きを取り戻したように静かに、しかしはっきりと呟いた。


「違うんだ…彩羽は綺麗だよ…とても綺麗だ……だけど…私は彩羽を抱けない…」

「…どうして」

「好きだからだ……好きだから…今の彩羽を抱くことはできない…」

「…意味が分からない…好きなら抱けるでしょ…」

「違う…好きだから抱けないんだ……本当に…心から私は彩羽を愛している…彩羽以外の女性と恋人関係にあっても私は彩羽を忘れた事はなかった……むしろ彩羽に対する想いは強くなるばかりだった……だからこそ一方的に触れる事はしたくないんだ…」

「…………」

「触れるのなら…彩羽と想いが通じ合ったときに触れあいたい…私は独りよがりに触れるよりも…お互いに愛されたいし、愛していたいんだ…」

「…………」


彩羽は明智の言葉が理解できなかった。
言葉だけではなく、明智の想いも理解ができなかった。
彩羽は性的虐待、そして初めての彼氏からの心無い言葉で、自ら心に鍵をかけた。
また傷つかないように自己防衛として恋や愛という感情を抑え込み封じた。
だから明智の言葉が理解できず、その感情も理解できなかった。
しかし、彩羽の瞳からは涙が溢れた。
彩羽はそれを悔しいから、悲しいからだと思っているが、それは違う。
明智の言葉や感情は理解できないと思っていても、心には響いていた。
彩羽は無意識ではあるが、明智の気持ちが嬉しく思っていた。
母から愛されず、義父から無愛の情を向けられ、初めて恋した異性には見捨てられ、彩羽は愛情に飢えていた。
だからこそ明智の気持ちが嬉しいと体は震えていた。


「……私…汚くない?」

「ああ、汚いものか」

「……私を…愛してくれるの?」

「勿論だ…どの女性よりも一番彩羽を想っているよ」

「……私…まだ兄さんに恋愛感情はないよ」

「それでも構わない…絶対に彩羽を惚れさせてみせるさ」

「…すっごい自信…さすがイケメン」

「それほどでもないよ」

「…褒めてない」


少しずつ彩羽が戻ってきたことに明智は安堵した。
彩羽は鼻を鳴らしながら、今度は従妹として明智を抱きしめる。
それに答える様に明智も抱きしめていた腕の力を強くし、彩羽を逃がさないと言わんばかりに抱きしめた。
苦しいと彩羽は思ったが、なぜか心地よさを感じた。

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