――次の日。
金田一達は沈んだ面持ちで朝を迎えていた。
「彩羽お姉ちゃん…大丈夫かな…」
「明智さんがずっとついてくれているんだもの…きっと大丈夫よ」
まだ朝食の時間帯ではないので、呼ばれるまでそれぞれ自由に過ごしていた。
昨日連続殺人だからと猪川からこの屋敷からは出ないよう言われたのでこの屋敷には金田一達の他にも六波羅、山野が滞在していた。
他の招待客や記者たちはパーティーを終えるとすぐに帰宅したので、滞在許可を得ていた金田一達、六波羅、山野が残っていたということである。
彩羽はまだ部屋の前に警官が立っており、猪川達が来るまで軟禁状態である。
庭を散策する気分ではないが、ジッとしているのもなんだか辛くて、フミ、美雪は庭を何となく歩いていた。
それでもやはり彼らの顔は浮かなかった。
外から見える彩羽の部屋はまだカーテンが閉められていたため、外から彩羽の様子を見ることはできない。
心配そうに彩羽の部屋を見るフミの頭を、美雪は優しく撫で励ました。
「そういえば佐藤さんは?」
「蓮君が亡くなったからな…昨日から地下に籠って蝶の仕事をしているらしい」
ふと美雪は佐藤英二の姿がない事に気付く。
佐藤英二の名を聞き、金田一はピクリと反応した。
しかし名前だけ聞いただけで反応をする自分に何だか笑えて来て美雪達には気づかれないように笑い、美雪達に一言言ってその場から離れる。
「はじめちゃん?どこにいくの?」
「ちょっと佐藤さんに話を聞きに」
「じゃあ私も…」
「いや、美雪はもし彩羽が出て来たら傍にいてやってくれ」
金田一を追いかけようとするが、彩羽を出されてしまうと足を止めてしまう。
金田一は彩羽のために事件を解決しようと昨日から走り回っていた。
現場百回、という古き言葉通り、初音や蓮が発見された場所を何度も見て回り、使用人や千里達にも話を聞き周り、睡眠だって削っていた。
そんな幼馴染を美雪は心配するも、彩羽も同じくらい心配だった。
だから金田一の言葉に従い、その場に残ったのだ。
そんな美雪に金田一は内心安堵する。
これから連続殺人犯の高遠遙一に会いに行くのだから、美雪は出来るだけ離れていてほしかったのだ。
勿論彩羽を心配しているのも確かである。
二度目になる地下へ向かい、高遠がいるであろう部屋のドアを叩く。
「はい」
英二の声で返事をする高遠に金田一は扉を開けた。
蝶に餌を与えていたらしい高遠は金田一の姿を目に納めると『おや珍しいお客さんだ』と高遠らしい口調で零す。
驚いている様子ではあるが、その内心は驚きなど一切ないのを金田一は知っている。
「何の用ですか?一々見張らなくても君たちと交わした約束通り大人しくしていますよ」
少し機嫌の悪い声で返された。
金田一は高遠が機嫌が悪い理由を知っている。
勿論『一目惚れ』したという彩羽関係だ。
昨日から自分ではなく明智が彩羽の傍にいるのが気に入らないのだろう。
相手が金田一だったという事で不機嫌さを隠さない高遠を気にもせず(気にしてもどうせ機嫌は治せない)金田一はここに来た理由を述べた。
「それもあるが…一つお前に聞きたい事があってきたんだ」
「聞きたい事ですか…」
金田一や明智が自分が約束を守るかを疑っているのは知っているが、放置していた。
監視したいなら勝手にすればいいし、約束を違えて捕まえるのなら彩羽に傷をつければいいだけの話である。
顔に傷が付こうが手足がもがれようが彩羽さえ生きていれば高遠はそれで満足であった。
ただし、高遠自身が付けた傷ならば…の話ではあるが。
聞きたい事を聞きにしたというありきたりな理由で連続殺人犯に会いに来た金田一に高遠は内心呆れていた。
調べてみれば金田一一という少年は多くの殺人事件を解決してきた隠れた名探偵である。
さぞ警戒心が強いだろうと思っていたが、自分に殺されかけたあげくに殺人者に手ぶらに警戒心なく会いに来たのを見て、殺意を抱くよりもあきれ返ってしまう。
『なんでしょう』と手を止めず話を聞く意思を告げた高遠に金田一はまっすぐと彼を見つめる。
「高遠って彩羽と知り合いだったりしないか?」
金田一の言葉に高遠はピタリと手を止め、動きを止めた。
ゆっくりと金田一へ振り返る高遠の表情は驚きで染まっていた。
「なぜ…そう思うのです?」
「あんたの彩羽に向ける目線がさ…ただの意中の人へ向ける愛情っていうの、なんか引っかかって…それに彩羽は4歳からの記憶しかないし…」
引っかかりが前からあった。
北海道での事件の際、過去を語っていた時に一瞬彩羽に向けた目線があまりにも意中の人間に向ける目線ではないと思ったからだ。
その目線を判断するほど金田一はまだ経験が足りなかった。
だからわだかまりが積もり、答えに辿りつけなかったのだ。
高遠は金田一の言葉を聞き…何故か肩を揺らし笑い出す。
「な、なにが可笑しいんだよ!」
突然笑い出した高遠に金田一はむっとさせ睨む。
しかしそれがまた子供っぽくて高遠はついに腹を抱えて笑い声を上げた。
金田一は文句を言うも高遠の笑い声は中々収まらず、ムスッとしながら諦めて高遠の笑いが治まるのを待つ。
「すみません…いや、しかし…本当、君は面白い子ですね…君みたいな子は初めてですよ」
「うっせー!突然笑い出しやがって!笑われるこっちの身になってみろってんだ!」
笑いすぎて生理的に出た涙を拭いながら褒めてるのか貶されているのか分からない言葉に金田一は噛みついた。
『本当、犯罪者相手によくも怒鳴れるな』、と高遠は度胸があるのかヘタレなのか分からない金田一に目を細める。
「こんなに笑ったのは久々ですよ…お礼に教えてあげましょう」
「勝手に笑ったのお前だろ」
「まあまあ、そう拗ねては幼馴染の彼女に呆れられてしまいますよ」
「余計なお世話だ!」
高遠の余計な一言にべっと舌を出す。
彩羽に手を出さないのなら、彼女との仲を取り成してもいいと思う程今の高遠は機嫌がよかった。
明智と彩羽が二人っきりになっていると不機嫌だった気持ちが少し晴れたお礼に金田一の問いに答えてやる。
「彼女と会ったのは、あの事件でお会いした時が初めてですよ」
金田一は高遠の言葉に半目で見る。
疑っていますと隠さない金田一に高遠も表情を崩さず見返した。
高遠は嘘は言っていない。
その言葉を真実か偽りかを証明するものがないため、その返しだけで金田一に納得してもらうしかないのだ。
暫くすると金田一は溜息を吐き、見るのを止めた。
「ま、そういうことにしといてやるよ…」
「おや、犯罪者の言葉を信じるんですか?」
「じゃあ嘘なのか?」
「いいえ、本当に彼女とはあの時が初対面でした」
「なら信じるしかないだろ…その言葉が嘘か本当かなんて証明できないしな」
金田一も深くは追及しようとはする気がないのか、引き下がった。
それでも簡単に引き下がり犯罪者の言葉をホイホイ信じる彼にもはや呆れるどころか感服さえ感じる。
『金田一君…周りに変わってると言わらません?』と素直に告げる高遠に金田一は『言われた事ねえよ』と返した。
「なあ、もう一ついいか?」
「質問は一つだったのでは?まあ、いいでしょう…なんです?」
「なんで蝶の世話なんかしてるんだ?」
「…は?」
金田一は質問を答え終えて作業に戻る高遠をジッと見つめた。
その目線を受けながら『用事が終わったら出て行ってもらえないだろうか』と内心思いながら金田一の動きを待っていると、まだ質問があったらしい。
来た時に『一つ質問いいか』と言っていたのではないのかと思いながら楽しませてもらったのでついでに答えてやろうという気持ちだった高遠は質問を許す。
しかし、金田一の問いに高遠は珍しく呆気に取られ金田一を見る。
目を瞬かせる高遠を金田一は頭をかく。
「あんたが蝶の世話をする義理はないだろ?」
「金田一君、生き物は大切にと教わっていませんか?」
「いや、違くて……だってお前この事件終わったら連行されるだろ?」
「ですから捕まらないと言ってますが」
「だーっ!話を逸らすな!」
「事実を言っているだけです……ですが、言いたい事は分かりました…」
ああいえばこういう状態の高遠との会話に金田一は頭を抱えた。
正直頭を抱えたいのはこちらの方ですよ、と思いながら、高遠は金田一が何を言いたいのか分かった。
「誰もが巴川蓮の代わりに蝶の世話をするのは佐藤英二だという空気が流れていたためですね…ですが一番は彼女のためと言いますか…」
「彼女…彩羽か……彩羽のためってどういう意味だ?」
「…知ってますか、金田一君……彼女はどうしようもなく感情が制御できない時は庭の蝶を見て落ち着かせるんですよ」
「蝶を…?感情を制御って…どういう…」
「やれやれ、随分と質問が多い…質問は一つではなかったんですか?」
「ゔ…」
話せば話すほど質問する事が増えて、つい癖で問いかけてしまう。
高遠に揶揄され、金田一は言葉を詰まらす。
気まずげにする金田一を見て高遠はクスリと笑う。
「彼女が母親と義父に深い復讐心を持っているのは昨日で知りましたよね」
「……ああ…」
「義父や母親が死ぬ前まで彼女はその復讐心に大層苦しんでいる様子でした……人の心は負の感情に染まればいずれ壊れます…だから人は喜怒哀楽という感情がある…だが…彼女には"怒哀"はあっても"喜楽"はない……彼女は潰れそうなほど母と義父への憎しみに苦しんでいました…しかし彼女は優しい子ですから周りに当たりらすことすらしなかった…そのため溜まっていた負の感情が爆発しそうになる事も多々あったと言います…その時は庭を自由に飛び交う蝶を見ていれば落ち着いたと言っていました」
「…なんで蝶なんだ…?」
「君はなぜあの蝶達がこの屋敷の敷地内から出ないのかご存知ですか?」
「他は知らないけど黒死蝶なら竹蔵さんが教えてくれた…確か塀の上にあるパイプで黒死蝶の嫌がる匂いを撒いてるんだろ?」
今度は高遠が質問し、それに金田一は答えた。
なぜ庭を自由に放し飼いにされている蝶が外に逃げないのか、気になって調べているときに竹蔵に教えてもらったのだ。
蝶にも好きな匂いと嫌いな匂いというものがあり、竹蔵にその話を聞いた時、竹蔵が金田一の手の甲に無臭の液体を一粒垂らした途端、辺りを泳ぐように飛んでいた蝶達があっという間に金田一に群がってきたのだ。
人間には無臭に感じた液体だが、蝶には良い匂いだと感じたらしい。
それを言えば、高遠は正解だと頷く。
「そうです……他の蝶にも嫌いな匂いがあり、黒死蝶と同じ方法で躾されているんです……そのため、彼女はあの蝶達を自分と重ねて見ていたんですよ」
「蝶と自分を?」
「ええ……自由に飛んでいる蝶達ですがその実、閉じ込められているのと同じです……そして彼女も義父と母親に閉じ込められ続けていました…蝶達と自分を重ねても何ら不思議ではありません」
「…………」
高遠の言葉に金田一は黙り込む。
正直まだショックが抜けていないのだ。
彩羽に騙されたとか、裏切りだとかではなく…大切な友人がそんな酷い事をされていたのに気付いてやれなかった事にショックを受けていた。
巴川修蔵は彩羽に大層執着していたらしく、外出と外泊の制限は彩羽しかされていなかった。
それに彩羽が従っていたのは長年からの修蔵への恐怖からだろう。
そして母である初音が何も口を出さなかったのも、初音も彩羽を縛り付ける事に賛成していたからだ。
「ですから私は彼女の心が少しでも晴れるよう、蝶を死なせないようにしているだけです」
そっと高遠は黒死蝶の入ったケースを撫でる。
その目は愛おしそうに優しく…金田一は何故かその言葉に嘘偽りがないと感じた。
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