(29 / 37) 黒死蝶殺人事件 (29)

結局、高遠の彩羽への想いが嘘か本当か分からなかった。
相変わらず感情を隠すのが上手い高遠の手の平に踊らされてる感が否めず、金田一はモヤモヤしたものを抱えながら地下から上がる。


「あれ、猪川警部?」


美雪達のところへ戻ろうと外に出た時、偶然猪川とその部下達と鉢合わせた。
一瞬事件でも起きたかと思ったが、彩羽の話を聞きに来たのだと思い出す。


「随分と早いお付きで」

「この屋敷は片道だけでも1時間もかかるからな…この事件だけに構っているほど暇ではない」


『お前に構っている暇もな』、と続けられ猪川は彩羽のいる部屋へと向かった。
相変わらず目の仇にしてくる猪川の背中に金田一はベッと舌を出し、美雪達のもとへ向かった。
美雪達は傍にあった温室におり、その傍には六波羅もいた。


「美雪!フミ!ここにいたのか」

「遅い!はじめ!」


六波羅は離れた場所で写真を収めており、怒るフミの機嫌を取りながら温室を改めて見渡す。


「しかし…ここの蝶は庭では見かけないのばっかりだな…」

「ここの蝶は世界中から集められた特に貴重な蝶なのさ…最低でも10万はする代物ばかりだ」

「へえ…だから温室で飼ってるのか…」


金田一の呟きが耳に届いたのか、六波羅がその理由を教えてくれた。
幾つかある温室には、外の蝶より貴重な蝶が飼われていた。
フミが『あの蝶も10万!?じゃああっちのも10万!?』と騒いでいたため頭にチョップをやって黙らした。
そんな従兄妹のやり取りに六波羅は笑って付け足す。


「10万なんかで驚いてちゃ夜光蝶の値段を知ったら度肝抜かれるぞ?」

「へ?夜光蝶の値段って…夜光蝶っていくらなんですか?」


美雪の問いに六波羅はニタリと笑い、指を三本立てて見せる。


「聞いて驚くなよ…夜光蝶は一匹300万もするんだ」

「「「へえ!300万!……………いっぴき…さんびゃく…まんえん……300万円!?」」」


金田一の驚き様に六波羅は大声で笑った。
どうやら予想通りの反応にご満悦らしい。


「世界中でこの庭にしかいない蝶なんだ、それぐらいの値がついて当然だろ?お前ら彩羽お嬢さんの友人だっていうのにそんな事も知らないのか?」

「あ、あはは…あまり彩羽ちゃん、家族の事は話してくれませんでしたから…」

「あー…そうだな……あんだけ恨んでりゃ友人には言いたくはないだろうな…」


六波羅も勿論あの時いたため、彩羽が母親と義父をどれだけ恨んでいたか知っている。
彩羽の話でフミが俯いてしまい、六波羅はフミの頭を乱暴に、しかし優しく撫で『湿っぽい話し振っちまった詫びにもう一つ教えてやる』と言った。


「教えるって…何を?」

「黒死蝶いるだろ?あれ、実は夜光蝶なんだよ」

「ええ!?うっそだー!」


もう一つ教えるという六波羅に首を傾げていたフミだが、教えてもらった事を信じようとしなかった。
しかしそれは金田一と美雪も同じで、疑っている目で六波羅を見ていた。
そんな三人に六波羅は苦笑いを浮かべ『いや本当だって』と答えた。


「登録されてる名前は『夜光蝶』なんだが、古くから黒死蝶として知られてたから両方の名前があるんだよ…信じられないなら屋敷にある蝶の資料を見てみるといい」


そう言って六波羅は腕時計を見て『お、朝食の時間だな』と仕事を一旦止める。
ついでに金田一達も六波羅と一緒に屋敷に向かうことにした。


「お、六波羅と一緒だったんだな」

「温室で一緒になったんだ」


食堂へ入ればまだ来ていない人の方が多かった。
部屋でのんびりとしていたいつきは既に到着しており、指定された席に座り金田一達に手を振っていた。
いつきの隣が金田一だったので、金田一はいつきに手を上げ返しながら隣に座った。


「来てないのは…彩羽と明智さんと…佐藤さんと…加川先生…あとは明日香さんか…」

「彩羽さんと明智警視と明日香さんは恐らく来ないだろうな……昨日の今日だし…2人は今は聴取の最中だしな」

「…そうだな…」


食堂を見渡すと、金田一達、六波羅、山野、千里が席についていた。
チラリと隼人の席を見ると、隼人はちょこんと座り朝食が始まるのを静かに待っていた。
むすっとしている表情からして機嫌はあまりよろしくはないようだった。
彩羽と明智は聴取の最中のため来られないだろうし、昨日の今日で来ないのは予想済みである。
明日香も弟の死、父の悪趣味の発覚のショックと、彩羽をあれほど罵った後では顔を出しずらいのだろう。
そう思うと千里はしっかり者の上に鋼の精神を持っているようだった。
高遠は一応彩羽の世話係なので一緒に食事をする事はない。
恐らく別部屋で食事を済ましているか、彩羽の部屋の傍か、それともまだ地下で仕事しているのかもしれない。


「加川先生が遅れるなんて珍しいですね…」

「そういえばそうですね…いつもなら時間は守られるのに…」


金田一はあまり加川という男を知らないため、遅刻かと簡単に思っていたが、千里と山野の話を聞いてその考えは消えた。
山野の言葉に水を飲んでいた千里がグラスから口を離し時計を見上げた。
まだ朝食の時間ではないが、あと数分経てば料理が運ばれる時間ではある。
その証拠にちらほらと使用人が部屋で準備をしていた。
加川は時間を守るタイプの人間らしく、二人はこの時間になっても来ない加川を不思議がり、南に何か聞いていないか聞くも首を振られた。


「可笑しいわね…加川先生はそういう事には細かい方なのに誰にも言っていないなんて…南、ちょっと見てきてくれる?」

「畏まりました」


加川は細かい性格なのか、来れない理由があるのならきちんと誰かに伝えるはず。
しかし使用人を纏める立場の南が聞いていないというのはおかしい事だった。
伝え忘れかとも考えたが、いくら新人でもそこはきちんと教育しているのでそれはないだろうと千里は南に見に行くよう指示を出し、南は静かに一礼し退室した。


「そういえば、千里さん、聞きたい事があるんすけど…」

「なんですか?」


時間となり食事が運ばれ、来ない人を待たずに食事を始めた。
一応加川の分はすぐに出せるよう指示しているが、千里も彩羽と明智、そして明日香は来ないと思っているのか三人分の料理はこの場にはない。
美味しい料理に舌鼓を打っていると、ふと金田一は千里に何かを聞こうとした。
千里も声をかけられ金田一へ顔を上げたその時――南の叫び声が聞こえた。


「南の声だわ!」

「何かあったんだ…!行こう!」


その叫びは金田一の耳にはそう大きくは聞こえなかったが、しかし食堂にも聞こえるほどの声だった。
尋常ではない叫び声に誰もが食事を止め、どよめきが起きる。
すぐにその声が南だと気づいた千里と金田一が真っ先に食堂から飛び出していき、その後をいつきたちが続く。
千里が先導するように南の元へ向かうと、ある一室の前で腰を抜かした南が見えた。


「どうしたの!?南!!」

「お、お嬢様…か、加川様が…」


千里が南に駆け寄り、南は青い顔を千里に向けた。
震える手で指さす南の手を伝い千里はゆっくりとその指さした方向へ目線を向ける。
しかし千里は目の前の光景に目を丸くし愕然とした。


「か、加川…先生…?」


千里が見たのは…――倒れている加川の死体だった。

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