石川県警も帰り、彩羽は疑いも晴れ待機を解除された。
ようやく外の空気を吸える彩羽だったが、晴れ晴れとした気持ちにはなれなかった。
「お嬢様…大丈夫ですか?」
落ち込む彩羽に高遠が声をかける。
英二の姿の高遠の言葉に彩羽は弱弱しく頷いて見せるが、その顔に生気はなく、笑顔すら浮かべる余裕はなかった。
そんな彩羽を高遠は痛々しく見つめ、心配そうに彩羽に寄り添っていた。
「まさか…お母さんと加川先生が親密な関係だっただけじゃなくて…加川先生がお母さんを殺したなんて…まだ信じられない…」
はあ、と彩羽からは重い溜息が吐かれる。
彩羽はこの家に来る前から母への復讐を決意し、そして義父からの性的虐待に精神的に追い込められ、更には母と加川の不義な関係に、殺人事件…もう精神的にも肉体的にも一杯一杯だった。
パーティーの時から休まる日がないと思いながら彩羽は金田一を見る。
金田一はまだ考え込んでおり、そんな彼に彩羽は声をかけた。
「ねえ、はじめちゃん…」
「ん?どうした?」
「はじめちゃんは加川先生が犯人じゃないって思ってるでしょ」
考え事をしていた金田一は彩羽の声かけに一瞬遅れて返事を返した。
彩羽の言葉に全員の目線が金田一に向けられ、金田一はゆっくりと頷いた。
「ああ…まだ犯人はつかめてないんだが…俺は違うと思ってる」
「私も少し違和感を感じていました…」
「明智さんも?」
「ええ…私は遺書にあった殺害の動機に引っ掛かりを覚えましたね…」
いつもなら率先して捜査に加わるが、彩羽が心配だし、高遠と彩羽を2人っきりにさせたくなくて今回は金田一に手柄を譲っていた。
それでも職業病なのか引っかかりを感じた明智も金田一同様加川が犯人ではないと読んでいた。
明智は遺書というよりは、殺害の動機に引っ掛かりを覚えたらしい。
「初音さんはともかく…あの蓮君が脅迫していたとは考えられない」
「それは私も思った…蓮さんは優しい人よ…言い方は悪いけど気が弱い人だし…到底人を脅すような事が出来る人じゃないわ」
明智は蓮の殺害理由がありえないと思った。
しかしそれは彩羽も同じだった。
恐らく蓮の姉二人も同じことを思っているのだろう。
蓮が本性を隠している可能性は拭え切れないが、それでも蓮は優しく、蝶が死ぬ度に落ち込み泣くほど心優しい人間である。
気も弱く、人を脅すような人間ではないはずだ。
それなのに遺書には蓮に脅迫されたと書かれており、彩羽と明智、そして姉二人は信じられなかった。
「じゃあ加川さんも殺されて…犯人はまだいるって事?」
「恐らくな…」
「加川先生を自殺に装ったということは少なくともすぐには動かないでしょう…」
あの猪川の様子からして、加川を犯人と前提とし、この事件は犯人の自殺で終わらされる可能性が高い。
そう思うと時間は限られていた。
「………」
彩羽は彼らの話を聞きながら黙り込む。
正直加川が犯人だったというショックよりも、加川と母の関係に強いショックを受けている彩羽はもうこの事件はどうでもいいと思っている。
関係者で、憎いとはいえ身内を殺されたが、憎むべき相手の喪失と、心の内を誰かに打ち明けた事によって燃え尽き症候群にも似た症状に襲われていた。
肘掛けに肘をつき疲れたように顔を手で覆って溜息をつく。
「…ごめん」
吐かれる息と共に零れた言葉に、金田一達全員が彩羽へ目をやった。
全員の視線を受けても彩羽は誰にも目線を向けず、疲弊したように続けた。
「ごめんね…こんな事になるなんて思ってもみなかったから……こんな事になるなら呼ばなかったのに……巻き込んでごめんなさい…」
弟との婚約発表、弟との不和、母の死と、母の死がきっかけのように続いて殺人が行われ、明日香に責められ、母と義父への恨みを告白し、そして母と加川の不義が発覚。
彩羽はいくら死体を見ても動じないとはいえ疲労しないわけではない、ストレスを感じないわけではない。
せっかく金田一達を呼んだというのに、楽しませるならいざ知らず、面倒ごとに巻き込んでしまった。
呼ばなければよかった、と心から思った。
声を震わす彩羽の言葉に金田一達は一瞬呆気に取られたが、慌てて首を振った。
「な、なに言ってんだよ!彩羽が謝る事はねえって!」
「そうよ!彩羽ちゃんは何も悪くないわ!」
金田一と美雪の言葉にフミといつきも同意するように頷いた。
金田一達の言葉は、ありきたりの庇う言葉。
だが彩羽の心を少しだが晴らすことが出来た。
顔を上げて彩羽は金田一達にお礼を言う。
無理矢理笑う彩羽の顔に痛々しさはあるものの金田一達はホッと安堵する。
「お嬢様…お休みになられた方が…」
「ええ…そうね…そうします…」
疲労しきってる彩羽に高遠が心配そうに声をかけた。
彩羽自身も疲れていると分かっており、高遠の言葉に頷き立ち上がる。
高遠と明智が付き添おうとしたが、それを彩羽が断った。
「ごめん、二人とも…放っておいて…暫く一人でいたいから…」
彩羽の顔色が悪いというのもあって心配そうにしていたが、頑なに一人でいたいという彩羽に送るのも断られてしまった。
その為、無理に着いていくこともできず二人は後ろ髪を引かれる思いで彩羽を見送った。
「彩羽ちゃん…」
「彩羽の奴…相当堪えてるな…」
「無理もないさ…色々ありすぎたからな…」
明智や高遠でさえ拒まれ、彩羽が相当疲労しストレスがかかっていると分かる。
犯人が何のために彩羽の母、初音や蓮や加川を殺したのかは分からない。
だが、このままでは加川が犯人とされ、犯人が自殺した事で事件は片付けられてしまう。
(そんな事させない…させるわけにはいかない…彩羽のために…いや、彩羽のためだけじゃない…殺されてしまった三人のために…絶対に犯人を暴いて見せる…!―――じっちゃんの名にかけて!)
金田一はグッと拳を握り、祖父の名にかけ、犯人を見つけ出すと強く決意した。
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