(7 / 17) 学園七不思議殺人事件 (7)

彩羽は一度家に帰り荷物を纏めていた。
明日は休日ではなく平日なので美雪の家から登校となるだろう。
それを明智が許したのは、彩羽が家で1人になるからだ。
最近大きな事件があり明智は泊りがけで捜査を行っているため心配で次の日が平日でも泊りの許可を出したのだろう。
美雪の両親もセキュリティ対策が高いマンションとは言え、彩羽が1人で留守番をするのも心配だと受け入れてくれた。


「ウィル、お前はお留守番だよ」


一泊なのでバッグは小さめを用意し、必要な物だけを詰め込んだ。
そのため、大きなぬいぐるみのウィルは連れていく事はできず留守番をさせる。
ウィルの両頬に手を当てて撫でながらそう言葉をかけるも、当然ウィルからは返事はない。
ただ話しかけたりするのは、愛着が沸いているのと、寂しさからだろう。
しかし人形だから表情は変わらないのに不思議と彩羽には少し不満げに見えた。


「そうだね…一人は寂しいもんね…」


ウィルは連れていけないが、小さくチェーンのついているぬいぐるみのルディはカバンに引っ掛けるだけなので連れていく気ではあった。
だが、ウィルの不満げな顔に置いて行こうかと思う。
1人は寂しい、と彩羽も思ったのだ。
明智のいないこの家はとても静かで、そしてとても広く感じる。
1人なんだから当たり前でも、彩羽はそれがたまらず寂しく感じた。
巴川にいる時は部屋に籠って1人になったとしても、あの屋敷には母や隼人、明日香や千里や蓮、そして多くの使用人の気配を感じることが出来たため、1人でも誰かがいるという安心があった。
幼い頃だって常に母が傍にいてくれた。
だからこうして1人だけというのは初めてだった。
だからこそ明智は美雪の家に泊まりに行くのを許したのだろう。


「ウィルもルディも仲良くお留守番しててね」


結局付けたばかりのルディを外して定位置のウィルの隣に戻した。
戻してもやはりウィルの不満顔は消えず、ルディも何だか不機嫌そうに見える。
それに彩羽は苦笑いを浮かべ二体の頭を優しく撫でた後荷造りを再開する。


「よし…後は…兄さんに電話しなくちゃだね…」


荷物も全て詰め終わり、戸締りも後は玄関のみとなった。
しかし最後に残っているのは従兄への連絡である。
一応出る時に電話を一つ寄越すよう言われている。
泊り込むほど忙しい従兄に電話なんて出来ないと言ったが、犯人の追跡中だろうと潜入捜査中であろうといかなる場合でも彩羽を優先させると真顔で迫られれば頷くしかないだろう。
イケメンの迫力は、普通の人より倍である。
きっと、頷いてしまった彩羽を責める者は誰もいない。
心配で事件に手を付けれないとも言われてしまえば尚の事電話しなければ逆に剣持達部下に迷惑がかかるのは目に見えている。
それは自惚れではない。
彩羽関係の明智は分かりやすいほど感情豊かであり、周りが見えない…それを彩羽は知っている。
…が、ぶっちゃけ知りたくなかった(剣持達に申し訳なさ過ぎて)


≪はい≫

「あ、兄さん?今大丈夫?」

≪ああ、大丈夫だよ≫


履歴から従兄の電話番号にかける。
従兄は待たずしてすぐに出てくれた。
仕事中にはあまり電話をしたくない彩羽だが、大丈夫と言われてしまえばそれを理由に控えることはできない。
それに従兄の嬉しそうな弾む声を電話越しでも聞いてしまうと、居候している身としては断れなかった。
今明智が担当している事件が起こって以来、明智は疲れて家に帰ってくることが多く、最近は大詰めなのか泊まり込みで事件を追っている。
彩羽を一人にしてしまう時間が長くなっていることに申し訳なく思っているらしいが、彩羽は自分ではなく明智自身を優先してほしいと思った。
でもそれを言っても従兄の事だから『彩羽が一番大事だから』と女性を即落とすような微笑みと声色で答えるだろうから言わないでいる。
自分が電話することで少しでも従兄に安らぎが与えられるのなら断るという選択は消えてしまった。


≪今日は転入初日だったね…どうだった?七瀬さんと金田一君には会えた?≫

「会えたよ…っていうか聞いてよ兄さん!私のクラスに美雪ちゃんとはじめちゃんがいたの!クラスメイトだったんだよ!すっごい偶然だと思わない?」


転入して初めての日。
彩羽は緊張していたな、と明智は思い出す。
だから心配していたが、弾む従妹の声にホッと胸を撫で下ろす。
この声を聞いて疲れが吹き飛び、疲労で重たかった体が軽くなった気がした。


≪それはすごい偶然だな…よかったな、彩羽…七瀬さんと金田一君と同じクラスになれて≫

「うん…クラス離れてたらやだなって思ってたからね……でも…ごめんね、兄さん…兄さんは秀央高校に行ってほしかったのに…」


本当は電話越しではなく、直接会って話したかったが今はそれさえ難しい。
だけど話せないよりはまだマシかと思うしかなく、彩羽は従兄が自分の通っていた高校を推していたのを思い出し謝る。
申し訳なさそうに零す従妹に明智は電話越しに首を振った。


≪謝る事はないさ…まあ、彩羽の成績で秀央高校に通わなかったのは残念だとは思うけど…成績や高校が全てではないからね…もう彩羽を縛る物はなくなったんだ…彩羽が望むままに生きればいい≫


彩羽が秀央高校に通えば確実に特Aクラスだっただろうね、と明智は残念そうに零す。
それがまた罪悪感が増すが、明智も彩羽の望みを叶えてあげたいという気持ちの方が勝っており、不動高校に通うこと自体反対ではない。
むしろ今の彩羽に必要なのは同レベルの友人よりも、心安らぐ友人なため、どっちを選んでも嬉しさは変わらない。


「兄さん…ありがとう…」


従兄の優しさを再確認した彩羽は電話越しで従兄が笑みを浮かべたのを感じた。
そして同時に明智を呼ぶ声も聞こえ、それが幸せを終える合図となる。


「今から仕事頑張ってね」

≪ああ…あまり夜更かしはしないように≫

「うん、分かってる」


心配性な従兄に彩羽は頷いて返した。
多分見えないが彩羽が頷いたのは従兄も分かっているだろう。
『じゃあ、切るよ』と電話を切ろうとした従兄に彩羽は咄嗟に『待って』と引き留めてしまった。


≪どうした?≫

「あ……え、えっと……」


引き留めてしまった事に彩羽自身驚いた。
明智は切ろうとしたが、再び電話を耳に当て彩羽の要件を待つ。
歯切れの悪い彩羽に明智は不思議に思い名前を呼ぶと彩羽からは『その…』とまた煮え切らない返しを貰う。


≪……何かあったのか?≫


一瞬だけ、明智の脳裏にある男の姿が浮かんだ。
その男とは、高遠遙一であった。
高遠は彩羽に一目惚れをしたと言ってわざわざ変装までして巴川家に侵入し、彩羽の傍にいた。
なぜ一目惚れしただけでそこまで執着するのか…恐らく普通の人は理解できないだろう。
だが、明智は理解してしまう。
明智も彩羽に心底惚れこみ、恐らく高遠の立場なら自分も同じことをしていただろう。
金田一が高遠だと気づいたあの涙を拭う場面。
後々問い詰めれば北海道の時も同じ事をされたという。
黙っていた金田一に説教という名の嫉妬と嫌味を贈りながら、明智はどのタイミングで高遠は彩羽に惚れてたのか少し興味を持ったが、あの列車の時かと思い出す。
高遠は事件前にあの列車で変装しまるで幻想魔術団の一員のように乗客に薔薇のマジックを披露していた。
自分にはトランプが薔薇となり、指を鳴らして首を切り落とすように薔薇の花が落ちたマジックを見せていたが、彩羽には異なるマジックを披露していた。
しかも使用した薔薇は血のように赤い薔薇ではなく――黒薔薇。
黒薔薇の花言葉はあの時言った通り、『貴方はあくまで私のもの』『決して滅びることのない愛、永遠の愛』。
本数も意味があり、貰った数は二本――『この世界は二人だけ』という意味を持つ。
あの時すでに高遠は彩羽に一目惚れしていたと明智は読んでいる。
でなければわざわざ捕まる確率が高い場所に変装してでも居座ることなどないだろう。
声のトーンを落とす従兄の問いに彩羽は心配させたと気づき慌てて首を振る。


「違うの……その…帰ったらでいいからさ……………だ…抱きしめて…ほしいな…って…思って……」

≪ああ、それなら構わな………………………………え?≫


彩羽としては一世一代の思いだった。
何故か恥ずかしくて顔が熱くなったが、幸いか不幸かそれを明智に見られることはなかった。
顔を真っ赤にさせて俯く彩羽の言葉に明智は一瞬思考が停止した。
金田一含めたモテない男達曰く澄ましている、恋する乙女曰くクールな従兄の珍しい呆気に取られている声に彩羽は更に顔を熱くさせ言い訳じみた言葉を零す。


「…き、今日…落とし物を拾ったんだけど……その人手袋するほどの潔癖症で…私が持ってた部分をハンカチで拭いてて……」


彩羽が何を言いたいのか、どうして抱きしめてほしいと言ったのか分かった。
潔癖症の人間はどんなに清潔感がある人間が触れてもそこが『汚れた』、『穢れた』と思い込む。
強迫観念に触れた部分を消毒、又はその物全てを廃棄してようやく落ち着かせることができる。
相手に悪気があるわけではないのは明智も分かっているから、相手が悪かったと思うしかない。
彩羽は義父からの性的虐待のせいで自分が穢れていると思い込んでいる。
彩羽の希望で病院は通てはいないが、長らく続けばそれも考えなければならいなと明智は思う。
そのため今、明智が出来る事と言えば…


≪彩羽が望むのなら一日中抱きしめてあげよう≫


彩羽を受け入れる事である。
不安定な精神状態でなくても明智は彩羽の我儘は全て聞いてあげたいと思う程骨抜きだった。
明智の言葉に彩羽はホッと安堵の息を吐く。

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