――次の日の朝。
再び事件は起きた。
二人目の被害者が出てしまったのだ。
被害者は尾ノ上。
死因は頭蓋骨骨折のための脳挫傷。
それも出血から見て、布で巻かれた鈍器で頭を滅多打ちにされたらしい事が判明した。
尾ノ上の死体は七不思議の二つ目である印刷室にあり、尾ノ上の身体を覆うように紙がかぶせられていた。
その紙の上から血のような赤いペンキがまるで手首が這い回ったように描かれていた。
紙の隙間から見える尾ノ上の顔は青ざめ血の気がなく、尾ノ上の手には何故か開かずの生物室の鍵が握りしめられていた。
「尾ノ上さんまであんな姿に…っ」
まさに放課後の魔術師の仕業としか考えられず、ホラーが現実のように思えてきた。
知り合いの死に美雪は泣いてしまい、彩羽は美雪に寄り添いながら慰めていた。
弟の時も母親の時もそうだった。
どうしても涙が出なくて、弟の時は動揺したし悲しかったが母親の時はまだ憎んでいたから冷静でいられた。
今も冷静で落ち着いており、彩羽は知り合って間もない桜樹や尾ノ上の死に涙を流せる美雪が少し羨ましかった。
「美雪ちゃん…」
「ひどい顔だぜ、拭けよ」
美雪の大きな瞳からは涙が溢れ出て行く。
彩羽は背中を撫でて落ち着かせることしかできずにいると、金田一がハンカチを差し出してくれた。
…が、それを見た彩羽は思わず固まってしまう。
「これ…ハンカチ?」
「幼馴染だろ?鼻水くらいでビビるなよー」
「鼻水ゥ!?はじめちゃん!?」
差し出されたハンカチを美雪は思わず受け取った。
だが、よく見ればそれは所々汚れていた。
その汚れはなんと金田一の鼻水だった。
鼻水付きのハンカチを受け取ってしまった美雪は思わず放してしまう。
彩羽は相変わらず締らないなぁと思い、美雪は文句を言おうと顔を上げた。
だが金田一が真剣な表情を浮かべているのが見えて、茶々を入れる雰囲気ではなくなったのもあり開けた口を閉ざした。
「問題は尾ノ上さんが殺された場所だ」
「印刷室じゃないの?」
「尾ノ上さんは多分別の場所で殺されたはずだ…致命傷だった頭部からの出血がほとんど残っていなかった…」
「じゃあ、犯人は尾ノ上さんを殺した後印刷室に運んで七不思議に見立てたって事?でもなんでそんな面倒臭い事を…」
「それはまだ分からない…ただ分かっていることは殺害現場はそう遠くない場所…恐らく、旧校舎の…―――!」
金田一の推理に彩羽は疑問を持つ。
殺害された場所を移す理由が分からなかったのだ。
犯人はどうしてか七不思議に見立てて殺人を起こしているのだが、まだ今の現状では理由までは分からない。
金田一も頭を悩ませていたが、ハッと何かに気づきワープロを開く。
「美雪…彩羽…見ろ…!」
金田一に言われて二人が金田一の後ろからワープロを覗くとそこには小さいが血痕のようなものがキーボードに着いているのが見えた。
「血だ!」
「それじゃあ…!」
「尾ノ上さんはここで殺されたんだ…!」
誰の血かは調べなければ分からないが、十中八九、尾ノ上の血だと三人は分かった。
尾ノ上はここで殺され、何度も何度も殴られ飛び散った血がこのキーボードに着いてしまったのだ。
犯人も証拠隠滅を目論みながらもこのキーボードに着いている血は見逃してしまったのだろう。
しかしなぜこのワープロのキーボードに血が…と金田一は考えたがすぐに答えが見つかった。
「まさか…尾ノ上さんは桜樹先輩のフロッピーを持っててそれをこのワープロで読んでたんじゃ…」
「桜樹先輩のフロッピーを?」
「その時に後ろから犯人に襲われたんだろう…」
それなら、桜樹が持っていた会報とフロッピーがないのも納得がいった。
一応金田一はワープロを起動させ、フロッピーが入っていないかを見たがやはり抜かれていた。
「やっぱりフロッピーが抜かれてる…」
「じゃあ犯人にとって絶対に知られたくない事が書かれていたのね…」
犯人が持ち出した理由は一つしかない。
犯人にとってフロッピーには誰にも見られたくない物が入っているのだろう。
まだそれが何かは分からないが、事件を解くカギにはなるはず。
三人が同じ事を思っていたその時――物音がし、金田一達は振り返った。
「ドアが開いてる…!」
「閉めてたはずなのに…!」
美雪と彩羽が部室に来た時、部室の扉は閉めていたはずだった。
しかし物音に気付いて振り返ってみれば隙間が空く程度に開いていた。
それは誰かが開けたという事。
そして誰かが盗み見ていたという事になる。
金田一はすぐに走って追いかけた。
追いかけようかと迷っているとすぐに戻ってきた。
その手には探していた物が握られていた。
「誰だったの?」
「立花さんだったよ…これを持ってた…」
「それって…会報?」
「ああ…桜樹先輩が亡くなった朝見つけたと言っていた…俺の役に立ててくれと…」
「…なんで立花さんが?」
彩羽の問いに金田一は首を振り『分からない』と言うしかなかった。
握られてたのは会報だった。
フロッピーは尾ノ上が持っていたが、会報は立花が持っていたらしい。
――三人は新校舎の屋上に場所を移した。
「1987年、それは我がミステリー研究会にとって悲しい年になった…警察が手を尽くしているのにも関わらず失踪した青山ちひろの手がかりは何も見つからない…次の原稿は彼女が残したものである…――私、青山ちひろは不動高校旧校舎に纏わる六不思議の謎を解き明かそうと調査してきた…」
「ちょっと待て!六不思議!?七不思議じゃないのか!?」
「ううん、六不思議って書いてある」
「六不思議…?妙だな…」
金田一は定位置のペントハウスの上で寝そべり、美雪が会報を読む。
彩羽は会報を読む美雪の隣で会報を覗き見る様にして聞いていた。
内容はやはり七不思議の事と、10年前に行方不明となった青山ちひろの事だった。
青山ちひろは原稿を残していたらしく、その内容は少し妙な所があった。
金田一達は学校の怪談話を七不思議として聞いていたが、青山ちひろの原稿には一つ抜けている六不思議となっていた。
それが金田一は引っかかりを覚える。
「調べを続けた私はある奇妙な事実を突き止めた…今旧校舎がある場所には昔高畑製薬の研究所が建っていたのだ…その高畑製薬こそが―――…」
「どうしたんだ、美雪?」
「ここで終わってるの―――青山ちひろはここまで書いてプツリと消息を絶った…」
「何だって!?他には何か書いてないのか!?」
青山ちひろの原稿を読んでいると途中で美雪は言葉を切った。
それを疑問に問うとどうやら青山ちひろの原稿はそこで終わっていたらしい。
何か他に書いてないかという金田一の言葉にページを進めていると、最後の方のページに青山ちひろの顔写真が載っていた。
青山ちひろの写真を金田一もペントハウスから降りて覗き見る。
そこには愛らしい少女が写っていた。
「ん?なんだ、この紙は…」
青山ちひろの写真の他にもそのベージには二枚ほどの紙が折られて挟まっていた。
それを開いて見ると内容からして桜樹が書いたと思われる文章だった。
「ついに青山ちひろの亡霊が現れた…彼女は教えてくれた…七不思議の七番目を…その言葉は……」
「『のち恋い身に暗み生き血の血の名と血吸い貝に砂』?」
「なんなのこれ?」
「暗号だ!そうか!そうだったのか!!恐らくあの夜桜樹先輩は見つけたばかりの七不思議の七番目を暗号にして俺に読ませようとしてたんだ!そして亡くなる前に印刷して会報に挟んだ!犯人はフロッピーを処分してもこの紙までは気づかなかった!多分今も…―――剣持のおっさんに高畑製薬の事調べてもらおう!」
フロッピーがどうやって尾ノ上に渡ったかは分からないが、もし犯人が気づいているのなら、紙はすでに処分されていただろう。
だが、会報は立花の手に渡り、そして金田一の手に渡った。
新たな手掛かりに金田一は剣持に高畑製薬の事を調べてもらおうと連絡を取るため学校内にある公衆電話へと向かう。
「待ってはじめちゃん!――――あっ!ない!」
「なんだよ…何がないんだ?」
美雪も金田一を追おうとしたが、ふと何かがない事に気付く。
声を零した美雪に金田一と、走りかけた彩羽も立ち止まり美雪に歩み寄る。
美雪はポケットに手を突っ込み『ないのよ』と返した。
「だからなにがないんだよ」
「はじめちゃんのハンカチがないのよ!」
「ああ、いいよそんなの」
「でも!はじめちゃんがハンカチ貸してくれたの幼稚園の頃以来だし…」
「どこで落としたのか覚えてる?」
「うん…多分部室だと思う……ね、一緒に来て?」
「なんで?―――あ!ひょっとして怖いの!?」
「だって!はじめちゃんの推理によると尾ノ上さんはあそこで…」
「――ったく美雪は胸ばっか大きくなって臆病なのは子供んときから一緒だからな〜!ハンカチなんか放っておけよ!それよりも高畑製薬だ!」
美雪は三人の中で一番の怖がりである。
それが可笑しいというわけではない。
というよりは美雪曰く、『怖がらない彩羽ちゃんとはじめちゃんの方が可笑しいの!』、らしい。
ハンカチ一つくらい失くしても金田一的には気にすることではなかった。
今一番気にする事と言えば事件の事。
ハンカチ一枚失くしたとしても、そのハンカチは高級品というわけでもないし大切にしていたわけでもない。
金田一はハンカチよりも事件を優先とし、とっとと剣持に電話をするため屋上から出て行ってしまった。
「もういいもん!!何があっても知りませんでしたからね!!」
べーっ!と舌を出す美雪に彩羽はくすくすと笑った。
心から楽しく、心から笑えたのは最近になって初めてで、彩羽は『やっぱり不動高校に来てよかった』と思った。
「一緒に行こうか?」
「ありがとう、彩羽ちゃん…でも!こうなったら一人でハンカチを探してやるんだから!」
グッと拳を握る美雪に彩羽は『頑張れ』と笑った。
しかし後に着いていけばよかったと後悔する。
―――美雪が、犯人に襲われ病院に運ばれたのだ。
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