ふ、と彩羽は目を覚ました。
夢を見たわけではなく自然と目を覚ませば、既に夜も明け朝になっているのが分かった。
あれから待合室で寝たままのようで、恐らく見回りの看護師も起こすのも忍びないと思ったのだろう。
寄り添いながら眠る二人の肩には一枚の毛布が掛けられていた。
まだ眠気眼な彩羽は少し呆けていたがふと耳に唸り声が聞こえそちらへ目線だけを向ける。
「はじめちゃん…?はじめちゃん!」
「ッ―――!」
その唸り声は金田一から聞こえた。
目を瞑っているところを見ると金田一も彩羽に寄り添い眠っていたようだった。
しかしその顔は夢見が悪いのか顔を顰め脂汗が出ており、唸り声に交じって美雪の名を呼んでいた。
その苦しそうな金田一の寝顔に彩羽は心配になり、金田一の肩を揺らして起こそうとした。
軽く揺らせばすぐに目を覚ましてくれたが、ハッと息を呑んだような表情を浮かべ、飛び起きる様に立ち上がる。
「ゆ、夢…?」
「大丈夫?」
「あ、ああ…夢を見たんだ…美雪が……消える、夢…」
周りを見渡せば、あれは夢だと気付きホッと息を吐く。
やはり悪夢を見ていたらしい金田一に彩羽は心配そうに見つめていた。
しかし、まだ開院もしていない静まり返っている待合室に慌しい足音が聞こえた。
暫くすると医師と看護師が急いでどこかへ走っていくのが見え、金田一と彩羽は嫌な予感がよぎる。
「美雪…っ!」
さきほど美雪が自分の前から消える夢を見ていたのもあり、金田一は医師たちの後を追うように美雪の病室へ向かい、彩羽もそれに続く。
「美雪!」
「美雪ちゃん!」
駆けこむように金田一と彩羽は美雪の病室へ入った。
そこでは医師と数人の看護師が美雪のベッドを囲むように立っており、その傍には美雪の両親がいた。
泣く妻に寄り添いながら夫もその目に涙を浮かべていた。
医師はそっと美雪の口元につけていた酸素マスクを外す。
しかし美雪は目を覚ますどころかピクリとも動かなかった。
(そんな…まさか…っ!)
金田一はあの悪夢が現実になったのかと恐怖した。
ゆっくりと、恐々と、美雪の傍に歩み寄り、美雪の手に触れる。
しかし金田一が触れても美雪の手は指一本動かなかった。
それは誰が見ても美雪の死を連想させてしまう。
彩羽も息を呑みベッドに眠るような美雪と金田一を立ち尽くして見るしかできなかった。
しかし―――
「……はじめちゃん…彩羽ちゃん…」
両手で包むように握りしめていた金田一の手を、美雪は握り返した。
決して強くはないが、握っていた手を握り返され金田一は息を呑み俯いていた顔を上げ、美雪を見る。
昨日から声をかけても瞼が動きもしなかったのに、今はその瞼は上げられ金田一を見上げていた。
「もう大丈夫ですよ…心配はいりません」
呆然としていた金田一に医師がにこやかな顔でそう告げた。
その言葉に彩羽も助かったのだと分かり、緊張していたのか体から力が抜けていくのを感じた。
「どうしたの、はじめちゃん…泣いてるの?」
「だ、誰が泣いてるんだ!馬鹿!心配させやがって!」
自分を見つめる金田一の瞳に涙が浮かんでいるのが見えて、心配そうにつぶやく美雪に金田一は誤魔化すようにいつも通り茶化すように返す。
たったそれだけだが、元気のないさまを見ていた彩羽は安堵した。
「美雪ちゃん…目が醒めてよかった…」
「彩羽ちゃん…心配させちゃってごめんね…」
「何言ってるの…私もごめんね…あの時私もついていけばよかった…」
涙を乱暴に拭う金田一をよそに彩羽は美雪に歩み寄り声をかけた。
彩羽の顔色もあまりいいとは言えず、両親や金田一と彩羽には心配をかけてしまったと謝る。
だが、謝るのなら自分の方だと彩羽は返した。
「じゃあ、私兄さんに電話するから…はじめちゃん、美雪ちゃんの事お願いね」
剣持も明智も美雪を心配しているであろうと彩羽は一度席を立つことにした。
美雪が無事に意識を取り戻したと明智に連絡するためでもあるが…何より一番心配していた金田一がゆっくりと美雪と話が出来るために部屋を出て行った。
履歴の一番上にある従兄の電話番号に掛ければ、すぐに出てくれた。
明智は電話を出たが、寝起きなのかその声は不機嫌そうだった。
「兄さん、今大丈夫?また後でかけ直そうか?」
≪大丈夫、今丁度起きなきゃなと思ってたところだったから…≫
『彩羽が電話を掛けてくれたおかげで寝過ごさずすんだ』と続ける従兄に彩羽はホッと胸を撫で下ろす。
徹夜続きで仮眠を取っていたらしく、本当なら少し前に携帯の目覚ましが鳴るはずが、疲れて時間設定を間違えたらしく鳴らなかったらしい。
彩羽の電話が目覚まし代わりとなり起きれたとまだ寝ぼけながら零す従兄に彩羽は苦笑いを浮かべ、美雪が目を覚ました事を伝える。
美雪が無事意識を取り戻したのを聞いて明智は安堵の息を吐いた。
≪そうか…七瀬さんの意識が…≫
「うん…今日は退院はできないけどすぐにいつもの生活に戻れるってお医者様が言ってた…はじめちゃんも美雪ちゃんが目を覚まして沈んでた気持ちが少し立ち直れたみたい…ただ…事件は解決する気はないみたいだけど…」
剣持からも聞いているのか、明智は『そうか』とぽつりと返した。
しかしその声はどこか声のトーンが落ちており、彩羽には残念そうに聞こえた。
「兄さんは仕事の方、どう?」
≪そうだな…もう今日には終わるだろうな…≫
「じゃあ、ごちそう作って待ってる…レシピ有のしか作れないけど…」
美雪も峠を越え、あとは頭を強打したため様子見を兼ねて一日入院をして退院となるらしいので今日は帰る事になった。
明智もこのままいけば今日中に終わるということで久々に従兄と過ごせると彩羽は嬉しくなる。
ついごちそうを作ると言ったが、勿論レシピ付きである。
一生懸命睡眠も削って働いた従兄に申訳なくて、声の音量が小さくなっていく。
自信なさ気の声に明智はくすりと笑みがこぼれた。
≪レシピ通りに作ったって彩羽の料理は美味しいからね…期待してる≫
「ゔ…あまりハードル上げないで…」
『仕事もやる気倍増だな』とも零す従兄の言葉に彩羽は振りかかるプレッシャーに緊張してしまいそうになる。
何が食べたいか聞いた後、彩羽は一言二言従兄と会話をしてから電話を受話器に戻した。
美雪も無事意識も戻り、明智もあのままの機嫌を保てば恐らく今日中には帰ってこられるらしいので彩羽は沈んだ気持ちが少し晴れた気がした。
病室に戻ると、金田一の沈んでいた顔が晴れ晴れとしており、いつもの調子に戻っているようにも見えた。
「彩羽!今すぐ学校に戻るぞ!!いや!その前に剣持のおっさんに調べてもらいたいもんがあるから電話をしなきゃな!!」
「え……え?え?な、なに?どうしたの…?」
彩羽の姿を見ると金田一は彩羽の肩をガシリと掴み勢いに任せて行動に移った。
病院の公衆電話に向かって走る金田一についていけない彩羽はキョトンとさせ、金田一が出て行った出入り口と美雪を見比べる。
「……もしかして、吹っ切れた?」
自分が従兄と電話をしている間に、美雪が何か言ってくれたようで、美雪は彩羽の言葉に頷いた。
その顔はとても嬉しそうに笑っており、彩羽も何が何やらまだついていけないが、また金田一の事件を追う姿が見れると嬉しそうに笑みを浮かべた。
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