(6 / 208) 王家の紋章(旧) (6)

あれからハヅキはベッドの住人となっていた。
熱が上がり寝たきりになってしまったハヅキはキャロルや現代の事を思い出す余裕もなくただ体が熱を出そうと熱くさせるため、それに苦しんでいた。


「姫様…」

「イリス、少し体を休まれたらどうですか?」


イリスは熱にうなされる仕える主を見つめ、心を痛める。
代わってやれるのなら代わってあげたい、と幼い頃から体調を崩している主を見ていつも思っていた。
しかしそんな神のなせる業は出来ずいつも傍にいて手を握る事しか出来ない。
それがイリスにとって拷問より辛く死より辛いことだった。
イリスは一晩中寝ずにハヅキを看病していた為疲れ果てた顔をしていたがそれを見かねたハヅキの護衛になったウナスが声を掛けてもイリスは首を振るだけだった。


「ハヅキの様子はどうだ」

「今は落ち着いておられます…」


汗を拭いているとハヅキの兄であるメンフィスがイリスの兄であるミヌーエを連れ現れ、イリスは寝台の隅に移動し頭を下げ、ウナスもその場で頭を下げる。
メンフィスはウナスの言葉に『そうか…』、とホッとした様子で寝台に座り少し柔らかくなっているハヅキの寝顔を見つめ、ハヅキの髪を撫でる。


「こうも熱が続くと心配だな……」

「はい…医師は治ったばかりの体で冷たい水に浸かってしまった為に熱がぶり返したと言っておりました…」

「それならもう治っているはずだぞ。」

「それは……多分…記憶を失い見覚えのない場所での生活でストレスが溜まったのだと医師が…そのせいで熱がうまく下がらないと…」


ウナスは言い難そうに目を逸らしメンフィスに言うがメンフィスはウナスの言葉に撫でていた手を止める。


「見覚えのない場所…か……」


悲しげに呟きメンフィスはハヅキの部屋を見渡す。
その部屋はハヅキを溺愛していた父が与えた部屋で王の部屋に2番近い部屋である。
メンフィスの部屋が1番近い部屋なのだが近々王権を継ぐため彼の部屋はもう空になっていた。
メンフィスも父王と同じくハヅキを溺愛している一人…
ハヅキを自分の部屋に移させようと考えていた矢先に記憶喪失事件が振っており、メンフィスは準備を止めていた。


「……ん…」

「起きたか?ハヅキ…」

「え…」


眠るハヅキを見つめていたらハヅキが目を覚ましたのか目を擦りもぞりと動く。
その仕草をメンフィスは目を細め愛しそうに見つめていたが声を掛けたその時ハヅキは動きを止め、ゆっくりとメンフィスを目を丸くして見上げた。


「えっと……メンフィス…さん……」

「……おはよう、ハヅキ」

「お、はようございます…」


他人行儀な妹に少し心を痛めるが記憶を失っている妹に無理は出来ず怖がらないようにと微笑を見せる。
その微笑にハヅキも少しは警戒を解いたのかおずおずと朝の挨拶を口にする。
朝の挨拶…ただそれだけなのにメンフィスは少し満たされた感覚に顔がゆるむのが分かる。


「具合はどうだ?辛いところはないか?」

「はい…大丈夫です…」

「何か不自由はないか?もし何かあれば何でも私かイリス達に言うが良い…お前は……」

「…メンフィスさん……?」

「…いや、なんでもない……また来る。ゆっくり体を休め」

「あ…はい……」


メンフィスが言葉を切り固まったのを見てハヅキは不思議そうに見上げて名を呼ぶ。
妹に名を呼ばれメンフィスは我に返り頭をひと撫でして部屋を出て行った。
その後姿をハヅキは寝台の中で首を傾げながら見送る。



****************



ハヅキの部屋を出て行きメンフィスは廊下で立ち止まった。
控えていたミヌーエも立ち止まり、急に立ち止まったメンフィスにミヌーエは不思議そうに声を掛ける。


「メンフィス様、どうなさいました?」

「…ミヌーエよ…私は……あの時ハヅキに"私の妹だから"、と言いそうになった…」

「…はい」

「……言ったらハヅキの負担が大きくなるというのに…私は…」


妹を姉以上に大切にしているメンフィスに今の状況は地獄とも言えるだろう。
愛する妹に他人だと思われ今までミヌーエや他の兵達から見ても微笑ましく仲の良い兄妹だったのが今では距離を置いていて見ている方もともて辛い…
メンフィスとハヅキを幼き頃から見ていたミヌーエもウナスもイリスも…みな2人を大切に思うからこそ今の状況は心を痛めるものだった。
ミヌーエは体を震わせ悲しみに暮れるメンフィスの小さな背中を見つめある提案を出す。


「ではメンフィス様…こういうのはどうでしょうか……」

「なんだ…」


メンフィスはミヌーエの提案に目を丸くする。



****************



ある一室に黒髪に妖艶なる美しさを持つ女性が横になっていた。


「アリ…まだハヅキは死なぬのか…」

「はい…今はあまり体調が良くないとは言え峠を越えて安定し始めているご様子…熱が納まるのも時間の問題かと…」


アリと呼ばれた女官は傍に控え、淡々と述べる。
女性はアリの言葉に苛立ちをあらわにさせ扇子を乱暴に閉じ、床に投げつける。


「何をしておるのだ!何故薬が効いておらん!!!」

「アイシス様落ち着いてください!誰かに聞かれます!!」

「……っ」


アイシスと呼ばれた女性はアリに諭され渋々声を上げるのをやめ、息を吸って落ち着かせる。


「……アリ…」

「はい」

「…ハヅキを弱らせたのは失敗だったかもしれぬ……」

「アイシス様…?」


声を震わせるアイシスは俯き表情が伺えない。
アリは心配そうにアイシスを見つめ、首をかしげた。


「わたくしは幼き頃からお父様とメンフィスの愛を一身に受けるハヅキが憎かった…だからこそ子供の頃からハヅキの口にする物全てに毒を入れ体を壊させたというのに……それが逆効果となりメンフィスはよりハヅキを気に留めわたくしを見もしない…なぜ…なぜなのメンフィスっ!!」

「アイシス様……」


嘆き悲しむアイシスの姿にアリも心を痛め、アイシスを悲しませる原因であるハヅキを酷く憎く思う。
しかし相手は王になるメンフィスの愛する妹…王家の姫である。
例え外国の血が混ざっていようが王家である事は変わりはない。
国民も兵達も官の者達もハヅキを可愛がり慕うため下手に動けば怪しまれ、最終的にはアリの敬愛するアイシスにも害が及ぶ。
アリはアイシスを守る為と今すぐ毒を盛りたいのを我慢し、泣き崩れるアイシスを慰めていた。

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