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まず、情報を集めるのをこの世界で最初の仕事にした。
やることが決まれば先ほど何気なく見ていた風景が一変したように思える。
何気なく見過ごしていた建物も情報の一つだからだろう。
「建物や道は見慣れた通り…ゲームのまま…アイテムとかもそのままだし、目の前にメニュー画面やステータス画面が出てくること以外は現実世界とそう変わらない…携帯するアイテムとか技も普通に使える。」
「でもログアウトは出来ねえんだよな…」
「それは私も確認した…触っても変化なし。」
「だよなぁ…」
歩きながら確認したことを話す。
説明というよりはお互い違うところがないか、変化はないか、という簡単な点呼のようなものである。
ログアウト以外の機能は使えるようだが、エマ達が一番使いたい機能だけは使えない。
それだけでも精神的にくるものがある。
帰りたいのに帰れない…帰る方法はログアウトぐらいなのに、その機能も使えない……だからみんなうなだれているのかもしれない。
「…外のゾーン、行ってみるか?」
「いや…まだやめておこう。」
「だよな。」
歩いていると外のゾーンの近くへとついた。
街にはモンスターが入れない仕組みとなっており、今まではゲーム上の仕組みだったが今はどういう仕組みでそうなっているかはわからない。
だがステータス画面ではモンスターの出現はなしと書かれている。
それを信用すれば目の前の橋の向こう側からこちらは安全と言っていいだろう。
調査という事で外のゾーンも調べようかと問う直継の言葉にエマは首を振る。
妥当な考えだと直継も納得し、歩き出すエマに続いた。
「やっぱいるんだよな…モンスターとか…」
歩いていると周りの人達の声がエマの耳に届いていた。
主に…というよりは全て嘆きの声だが、泣き出しそうな声も、苛立った声も、争う声も…全てエマの耳には雑音にしか聞こえない。
正直『鬱陶しい』『苛立つ』という感情が駆け巡っていた。
彼らの声は当然直継にも聞こえており、エマはチラリと直継を横目で見る。
直継はエマとは違いサラリと流しているのか表情は変わらない。
そんな直継を見てエマは自分がある意味潔癖だということを気づかされる。
だが気づかされても治らない物は治らない。
自然とエマの足は人通りの少ない場所へと向けられた。
「ゲームに復帰ってことは…仕事落ち着いたんだ」
「ああ!会社に可愛い子がいないっていうのが悩みだがな!」
「それ…結構どうでもよくない?」
気分を変えようと世間話をしようとした。
直継がエルダー・テイルを離れたのは仕事のためだった。
就職し、落ち着くまでは直継は一切こちらにログインしていない。
だが、エマとの連絡は取り合っていたりもする。
そんな彼が今日ログインしたのは偶然なのか、必然なのか…
とにかくエマにとっては心強い味方がい不安だった心が少しだけ安定しつつあった。
直継はいわば一般男性そのもので、とにかく下ネタが好きである。
事あるごとに『おぱんつ』というのがもはや彼の中でお約束となっており、もうすっかり慣れたエマは直継の言葉に呆れたように呟いた。
その呟きに直継は噛みつく。
「なんだと!?このムッツリスケベ祭りめっ!!」
「私はムッツリじゃない!ってか男じゃない!」
エマの呆れに直継は心外だと言わんばかりに叫ぶ。
その叫びに負けじとエマも突っ込んだ。
『確かに男に間違われることはたまにあるけど!!!』とも叫びむすっとさせる。
遥香の『エマ』というキャラクター設定は"ハーフ・アルヴ"の"付与術師"。
そして身長は高めに設定し、スレンダーな姿にしてあり、ローブも羽織っているというのもあり体が隠れ男に見られがちだが、設定はちゃんと現実世界と同じく『女』に設定してあるのだ。
男に間違われる要素は自分のせいでもあるが、よくよく見ればちゃんと女にだって見れるのだ。
だからエマからしたら男に間違われるのはちょっぴり心外である。
そんなエマの前に直継は2本の指を立てて見せる。
「この世界には二種類の人間がいる!!開放的なオープンスケベと!内向的なムッツリスケベ!!俺はオープン!!そしておぱんつが好きだあああ!!」
「はいはい」
「――そしてエマはムッツリだ!」
「違う!断じて違う!!!ってかだから私女なんですけど!?」
「男だろうと女だろうと関係ない!人類皆スケベだ!!」
「意味が分からない…!」
ムッツリだのオープンだの直継のそれはもう病気としか言いようがなく茶会でも皆『またやってる』や『はいはいそうだね』と流している者も多かった。
エマもその一人だ。
直継はたまにエマにそれを言ってエマを慕っている約一名の男に睨まれることもあったが、直継とのやり取りは慣れたものである。
男女関係ないと断言する直継にエマは思わず頭を抱えてしまいそうになる。
二年のブランクが今、ここに…!!というフレーズが頭によぎる。
もう相手にしてられない、とため息をつき歩き出したその時――
「うわっ!」
「!――エマ!?」
エマはこけてしまった。
どんなにスケベが素晴らしいか、と熱く語っていた直継は突然前に転げるエマに反射的に手を伸ばしエマを受け止める。
「大丈夫か?エマがこけるなんて珍しいな…どうした?」
「う、うん…ありがとう……あの、さ…直継…リアルでの身長どれくらいある?」
「183だ。エルダーテイルの世界と同じだよ」
苔だらけの湿ったところにダイブしなくて済みほっとしながら直継にお礼を言い離れる。
『腹ぐろ眼鏡』と揶揄されるほどのエマが何もないところで転がりそうになるのを見て直継は首を傾げた。
その問いにエマは問いで答え、問いに問いで答えられた直継は気にも留めず答えてやる。
「私は現実より高く設定してるんだよね…だからなんだか体に違和感があって…」
「見栄を張るからだろ?エマは身長の他にも変更してるし…ほら、胸とk――ぶっ」
ゲームの世界では現実世界の自分と真逆な存在になりたがる人間がいる。
ネカマが世界的に有名だろう。
エマもちょびっとだけその類の人間で、リアルでの身長は160ほどだが、この世界では170を超えていた。
見栄を張るからだ、と言われてしまい『うぐっ』と返す言葉もなかったが、続けられた直継の言葉に思いっきり拳を直継の頬に向けて放った。
…が、正直紙装甲であり12の職業中最低の攻撃力を持つ付与術師であるエマの拳は守護戦士の直継は痛くもかゆくもなく、ぺちりと愛らしい音だけが響いた。
しかし黙らすことは成功する。
「一言多い!」
「だって本当の事だろ?エマは"ひんにゅー"だけど遥香は"きょにゅー"じゃんか。さっきこけたのだってあれだろ?身長もあるけど胸がないからだろ?」
「いや、胸がないくらいでこけないから…」
顔を真っ赤にして睨むエマに直継はケロッとさせながら続きを答え、直継の言葉にエマはぐっと言葉をなくす。
胸くらいでこけたら整形して胸を大きくした人は全員こけているのではないだろうか…だが、今のエマは否定できなかった。
エマというキャラクター設定では身長だけではなく、胸も変更している。
エマというキャラクターには貧乳と設定していた。
しかしリアルの遥香は実は見事な巨乳だった。
個人情報うんたらかんたらで詳しくは教えられないが、F〜Iのうちどれかである。
初めての彼氏でありすでに破局した元カレからは初めての夜の時『大きいですね』とマジマジと言われたこともあった。
どうやら自分は着痩せするタイプのようだ、とこの時気づいた。
それに巨乳だという事に気づいたのは最近でもないのだ。
小さいころはまだ普通のサイズだったのに中学高校となると女性ホルモンやら思春期やらも関係しているのかは考えたくもないが、急に大きくなっていったのだ。
顔もそれなりらしく胸が目的に告白してくる男子生徒もいたし、女子からは影で『ホルスタイン』やら『牛女』やら散々なことを言われてるのも気づいていた。(というか女は堂々と本人のそばでも言う生き物である)
極めつけは『胸デカイ奴って頭弱いよね』ともいわれ、それが腹が立って勉強三昧だったから自然と学力がアップしたという誰も得をしない逸話がある。
因みにそれ以前の成績でも上位は入ってはいた。
運動だって邪魔くさいし、寝る時だってうつ伏せでも横向きでも仰向きでも鬱陶しいことこの上ない。
そんな牛牛牛と抜かすなら今すぐこの肉を削ぎ取ってお前らにぶちまけたろうか!!、と思ったことも何度もある。
確かに、男は、世間は巨乳に好意的だろう。
全て、ではないが、テレビに出てくる巨乳タレントはよくもてはやされるのを見る。
しかし。
しかしだね、貧乳の諸君。
貧乳は貧乳の悩みがあるように、巨乳には巨乳の悩みがあるのだ。
貧乳だから男にモテないとかなど抜かす輩にエマは『そんな事言ってるからモテねえんだよ』と口調が荒くなりながらそう思う。
巨乳タレントよりも貧乳なタレントをちやほやしている人も多くいるのだ。
貧乳はステータス!!と断言した人物もおられるのだ!
巨乳ばかりが得すると思うなかれ。
……なぜか話が脱線してしまったが、エマはとにかくゲームの中くらい巨乳を忘れていたかったのだ。
たとえ元カレに『これは新手の詐欺か何かですか』と真顔で言われ元カレの端麗な顔を思いっきり殴ってやったとしてもエマはゲームの中くらい肉の塊で肩が凝るなどという摩訶不思議な現象を忘れたかったのだ。
その結果、ゲームの世界に入り込むという非現実的な事に巻き込まれ、身長も大分差があり、胸にも差があるため違和感度が半端なくとも…エマは満足していた。
…そう…うまく歩けなかろうが胸が大きいを前提に行動しようが…満足なのだ…………満足…と思いたいのだ。
「外観再決定ポーション、持ってるけど飲むか?」
以前、エマがプレイし始めたときに販促キャンペーンで配布されたアイテム…《外観再決定ポーション》。
そのアイテムはアカウント決定時に設定した外見のキャラ設定を変更できるアイテムだった。
ゲームとして遊ぶのなら種族や職業は別にしても外見だけなら別に不便はなかった。
服が気に入らないならお金を稼いでもっと可愛いものやかっこいいものを購入すればいいし、種族自体はもう一つアカウントを作るしか変更ができないため、このキャンペーン自体おじゃんとなった品物である
むすっとしているエマに直継は魔法の鞄からアイテムを取り出しエマに差し出す。
エマはむっと口をへの字にさせながらチラリとアイテムを見た後プイッとそっぽを向いた。
その仕草に直継は場違いながらも『猫みてぇ』とほんわかさせる。
「……いや。飲まない。というか持ってるし。持ってるけど、飲まない。飲んだら乗るな乗るなら飲むなって聞いたことない?」
第一、ゲームだった時は性別が女だろうが男だろうが別段困ったことはあまりない。
女を見下す男もおれば、男と知ればすり寄ってくるあからさまな女もいたが、ギルドやレイドを目的に集まる人たちは基本能力重視なため女でも男でもそう大した扱いの差はない。
思春期や女・男慣れしてないまさにゲーム廃人やオタクなどは別として、普通にエルダーテイルの世界を楽しめるのだ。
だが、今の現状はそうはいかないだろうと拗ねたエマはどこか冷静で思う。
女は正直この世界では強くない限りは不利なのだ。
この世界が現実だと思い直しても、ゲーム脳というものは恐ろしいものである。
無駄に力があるために暴行に走る輩は少なくともいるだろう。
今は突然の非現実的な事でみんな混乱しているため、自分の事で精いっぱいだから性欲など湧くことはないのだろうが…落ち着いた頃が危ないのだ。
だから女と表示されながらも男に間違えられる今の姿の方が便利と言えば便利なのだ。
エマはそれでなくても紙装甲と評判の付与術師なのだから余計に。
拗ねたまま先を進むエマに直継は肩を竦め、魔法の鞄にアイテムをしまいエマの後を追いかけた。
やっぱり歩くエマはどこかぎこちない。
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