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歩いているとエマが突然『あっ』と声を零す。
「どうした?」
「マリ姐から念話が…」
「"マリ姐"?」
拗ねたといってもそこまでではないため、次に声をかければエマはいつものように答える。
何回か会話を続けているとエマに念話がかかってきた。
聞いてみれば直継が知らない相手で、どうやら茶会の時でもちょいちょい接触があった知り合いらしい。
「ごめん、マリ姐が呼んでるからちょっと寄り道していい?」
「おう!いいぜ!」
『あ、マリ姐?』と念話に出たエマだったが次の瞬間身を引かせた。
そのマリ姐という人物は興奮しているようでエマから『お、落ち着いてマリ姐』『大丈夫、私は大丈夫だから』『直継って人覚えてる?昔一緒にレイドしたっていう…その人と一緒にいるから…えっ、いやっ、それは大丈夫だから!直継は私なんか眼中にないから!』『落ち着こう、とりあえず落ち着こう、マリ姐』『うん、うん、傷一つないからとりあえず、落ち着こう。』『分かった!分かったから落ち着いて!!』『もういいから落ち着けッ!!』等マリ姐なる人物を落ち着かせようとしていた。(そして最終的に逆ギレしていた)
念話が終わるとエマは疲れたような表情を浮かべていた。
直継は基本エマの判断に従う。
それは茶会のメンバーだったころから参謀としてエマを信頼しているからだろう。
色よい返事をしてくれた直継にほっとさせながらもエマは重い溜息をつく。
「じゃあ、ギルド会館に行こう」
「おう!」
「……あと…直継、覚悟しておいてね…」
「お、おう…?」
ため息をつきながらのエマの言葉に直継は首を傾げた。
****************
今、マリ姐はギルド会館にある自分のギルドの部屋にいるらしく、エマはギルド会館へと足を運ぶ。
ギルド会館という建物はギルドホールやギルドの結成や退会などの手続きなどを行うリアルでは大体役所のようなところである。
この中には銀行の役割もあり、一番出入りが激しいエリアともいえるだろう。
ギルドホールとは、ギルドメンバーの居住兼事務所のようなものである。
多分ギルドを持っている人達の多くはこのギルドホールにいるとエマは推測する。
マリ姐という人は『三日月同盟』という小規模だがギルドのマスターだった。
茶会に入る前からちょくちょく会っており、ギルドを敬遠しているエマにしたら珍しいことだった。
来慣れた三日月同盟の扉の前に立ち、エマはドアノブを握った。
するとステータス同様目の前に画面が現れる。
ギルドの名前とホールの番号、『戦闘行為禁止区域』などのゾーン情報、『入場制限あり』などのゾーン設定、そしてID認証など。
エマは入場を許されているため難なく入れた。
「うわっ…」
三日月同盟に入りまっすぐギルマスの部屋に入れば直継は思わず声がこぼれた。
それもそのはずである。
目の前に広がるのは男には無縁の何とも可愛らしいファンシーちっくな光景が広がっていたのだから。
まず目につくのはピンク色の縦縞のストライプの壁紙。
そして大きな暖炉。
その上に可愛らしいクマさんの縫いぐるみに、そのクマさんの頭上の壁にはシェパードの絵が飾られており、ソファもとても可愛らしかった。
「これがギルマスの部屋?」
「うん、そう。可愛いよね、クマ」
「そうだなぁ…エマ、可愛い物好きだもんなぁ…だから付き合いが長いのか?」
「うん。初対面早々可愛い物談義で盛り上がって…」
正直直継は可愛い物が好きな男ではないため、この部屋の第一印象は居心地が悪そう、だった。
だがまぁ、実は可愛い物が好きでリアルでもエマに付き合って可愛い物探しをしたこともある直継はすぐに慣れた。
主がいない部屋を見回した後チラリとエマを見れば、エマの表情は緩みっぱなしだった。
普段のエマは"参謀"、"腹ぐろ"と言われているほど頭がいい。
腹ぐろは悪口であるが、腹が黒いことを考えつくほど頭がいいのだと思えば友としてあまり嬉しくはないが何だか褒められているようにも聞こえる…ような気も、する。
どっちだよ、と突っ込まれそうだが、要するに頼れるという事だ。
だが、そんなエマも一人の少女である。
既に成人しているが女の子には変わりはない。
可愛い物好きなのを知っているのは茶会のメンバーだけだろう。
しかも茶会のメンバーでもエマがキャラ崩壊するほど可愛い物好きだと知っているのは、自分ともう一人…猫人族の紳士だけだろう。
一番エマの傍にいるあの二人ですらエマは恥ずかしがってあまり深くは感情を出さない。
エマ曰く、『まだ20代って言ってもやっぱりはしゃぐの恥ずかしいし…』と言っていた。
中には年齢関係なく可愛い物を愛でている人はいるが、エマのキャラクター上それをやれば引かれるらしい。
そう考えれば自分や猫の紳士の前では気にせずはしゃいでくれるのだから自分たちは茶会のメンバーや知り合った人たちよりもはるかに信頼されている感じがして、ちょっぴり優越感がいなめない。
気恥ずかしそうに頬をかくエマに目を細め暖かな目見つめていたその時――…
「エマーーっっ!!」
扉が突然開かれ、エマに何かが電光石火した。
「エマ!?」
直継は一瞬で自分の視界から消えたエマに何秒か固まったが、すぐに我に返り慌ててエマが吹っ飛んだ方向へと振り返る。
そこには倒れたエマと、そんなエマに思いっきり抱き付くエルフの女性キャラクターがいた。
エマに抱き付くエルフの女性はすりすりとこれでもかというほどエマに頬ずりしている。
その光景に思わず直継は口をポカーンと開けてしまう。
「無事やったか!?怪我してないか!?誰かに襲われたりしてないやろうな!?エマは可愛いからマリ姐心配やわぁ〜!あっ!そや!エマ、お腹すいてるか!?今すぐ用意するから待っとき!なんも味せんけど!!」
「マ、マリ姐!お、落ち着いて!話聞いて!とりあえず離れて!」
「いーやーやーっ!!絶対放さへんで!!てこでも動かんし放さへんで!最近エマってばつれないやん!冷たいやん!全然来てくれへんやん!!茶会が解散した時なんか全然念話にも出てくれへんかったし何週間かログインすらしてなかったやろ!?『マリエ、あなたはどうでもいい小さい事でも念話で話すのできっとエマ様も嫌になったんですわ』とかヘンリエッタに言われて頑張って我慢したんやで!?寂しかったけど頑張ったんやで!?そんな頑張り屋さんのマリ姐にご褒美くれたってええやん!!!な!な!?ええやろ!?なでなでしてーな!な!!な!!」
「わか…わかったか、から…と、とりあえず…いったんはなれて…」
「なでなでしてくれる?」
「なでなでするから…」
「頑張ったね!いい子だね!って言ってくれる?」
「言うから…」
「やりー!」
電光石火の次はマシンガントークだった。
うりうりとエマに頬ずりしながらマリ姐と呼ばれたエルフの女性に直継は呆気に取られた。
煙が出るんじゃないかと思うほど頬ずりするマリ姐をエマは何とか落ち着かせ引き離す。
離れるとマリ姐は『んっ!』と頭をエマに向け、離れる条件である『なでなで』をさっそく要求する。
そんなマリ姐にエマは苦笑いを浮かべ優しくマリ姐の頭を撫でた。
「うち、ええ子やったろ?」
「うん、マリ姐はいい子だね」
「うち、すごく我慢したんやで?何度か街とかで見かけたけど我慢したし、うちの子達も初心者向けのエリアでエマを見かけたって言うとったし子供二人つれてた言うてたから念話するんのも会うんのも我慢してたんやで!えらくない!?うち、えらくない!?」
「うん、偉い偉い。」
「うち、空気読めてるやろ!?空気嫁ちゃうやろ!?」
「うん、読めてる読めてる。」
よっぽど我慢していたのか、エマに会って嬉しいのか、マリ姐はニコニコ顔を崩さずエマに頭を撫でられ嬉しそうにしていた。
それを見れば直継も毒気を抜かれ、見守ることにする。
そう思ったとき、ふ、とマリ姐が顔を上げ直継を見た。
じっと見つめるマリ姐の表情は先ほどのニコニコ顔とは違い直継を見定めているようでほぼ無表情である。
こちらを突然見てきたマリ姐に直継はビクッと肩を揺らして驚き、そんな直継をよそにエマはマリ姐の視線にまだ直継を紹介していないことに気づく。
「マリ姐、紹介するね…この人は《放蕩者の茶会》で知り合った直継っていうんだ…職業は守護戦士で、種族はヒューマン。茶会が解散した時リアルの事情で少し離れてたんだけど、復帰したらしいんだ。とっても頼りになるんだよ」
「ふーん…へー…ほうー…とっても頼りになる、なぁ…へー…」
「えっと…は、はじめ、まして…」
「ほぉ〜…あんさん、守護戦士かいな…へー、ほー…そりゃ頼りになるやんなぁ…」
「は、はは…それは、どうも、っす…」
マリ姐と直継は初対面なためエマが仲介となりお互いを紹介する。
マリ姐こと、マリエールの事はここに来る前に少しだけ教えてもらっていたため少しの情報でもいいが、マリエールはそうはいかない。
お互い紹介し終えたとエマは満足げだったが、その隣のマリエールはジト目で直継を見つめていた。
エマから離れ直継の周りを一周した後エマの傍へと戻る。
エマの傍に戻ると直継に見せつけるようにエマの腕にぎゅっと抱き付いて見せた。
直継は全く理解不能なマリエールの行動と反応に困ったように眉を下げた時、また新たな人物が入ってきた。
「もう!いい加減になさい!マリエ!」
「!、ヘンリエッタさん」
その人物とは、三日月同盟の会計と秘書を務めるヘンリエッタだった。
また新たな人物+美人秘書の登場に直継はマリエールの事もあって疲れたように振り返るしかなかった。
ヘンリエッタはエマの腕に抱き付く自分のギルマスに眼鏡をくいっと上げてマリエールを睨むように見つめた。
そんなヘンリエッタにマリエールはむすっとしたまま表情を崩さず拗ねたように唇を尖らせた。
「うち我慢したからええやん!」
「そういう意味じゃありません!初対面の方に難癖つけるな、と言っているのです。」
「梅子も気になってたくせになんなん〜?」
「うめっ…その名前で呼ばないでっていってるではありませんかっ!!」
マリエールとヘンリエッタはリアルでも知り合いであり、友人だった。
このギルドもギルマスはマリエールだが、事実上ヘンリエッタが仕切っているといっても過言ではない。
ただ、やはりマリエールがギルマスだから三日月同盟のギルドメンバーは集まっているのだろう。
ヘンリエッタもそれを分かっているから乗っ取ることもせず、マリエールを支えているのだ。
そのためマリエールはヘンリエッタに頭が上がらず、ヘンリエッタもマリエールに甘い。
直継は蚊帳の外感が否めないでいつつ、いまだツンツンと痛むマリエールからの睨みに困ったようにエマを見る。
エマは直継と目と目が合い、直継が何が言いたいのか察したエマは苦笑いを浮かべた。
「マリ姐?どうしたの?」
「だぁって!エマってばうちより直継やんの方が仲良さげやもん!!」
「いや…うん…仲間だし…茶会メンバーの中でも一番仲良かったし…自然と、ね…」
「うち、エマを妹みたいに思っとるんよ!?そんな可愛い可愛いうちのエマに悪い虫ついたかと思うとうち嫌や!!エマは誰の嫁にも行かせへんで!!ずっとマリ姐と一緒にいるんやぁ〜っ!ずっとずっとうちと可愛い物談義するんやぁ〜!!」
「よ、嫁!?なんでそんな思考に…直継と私はそんな仲じゃないってば!」
何故か直継を敵視するのはどうやらエマと直継の仲を疑っていたかららしい。
確かに、エマも直継も仲間としてはその辺のギルド達とは比べ物にならないくらい信頼度は高い。
それはもうアイコンタクトで次の行動ができるくらい。
でも、それ以上の感情はないのだ。
逆にそれ以上の仲だと疑う考えが理解できないほどだった。
まるで駄々っ子のようにエマの腕に抱き付く力を強める。
紙装甲のエマにとってたとえ攻撃型ではなく回復系職の施療神官と言ってもその力には負けてしまう。
『マ、マリ姐、痛い…私付与術師なんだけど…紙装甲なんだけど…』と呟くも頭に血が上っているマリエールに気づかれることはなかった。
「じゃあなんで茶会が解散した時から一年くらい連絡とれへんかったん!?なんで一週間ログインしてなかったん!?エルダー・テイル大好きっこのエマがそんなん可笑しいやん!やっぱあの噂本当なん!?」
「う、噂…?」
「そうや!腹ぐろ眼鏡があの日本サーバー最大のギルド《D.D.D》の副総統になったつー噂や!なんでや!なんでなんや!?なんでD.D.Dなん!?なんでうちちゃうん!!あんな男くさくて戦闘馬鹿ばっか集まるところのどこがええの!?やっぱレイドなん!?レイドに惹かれてん!?うちじゃやっぱダメなん!?なんでや!いいやん!可愛い物談義で一日明けてもいいやん!キノコ狩りでもいいやん!!アイテム探しでもいいやん!!レイドだってするし別にD.D.Dじゃなくてもええやん!!なあ!なんでなん!?」
半泣き状態のマリエールの暴走は止まらない。
ぎゅぎゅーっとエマの腕に抱き付く姿を見て直継はおもちゃのだっこちゃんを連想させる。
もう蚊帳の外だと諦めたらしい。
エマはマリエールの噂という言葉に嫌な予感がして止めようと思ったが、それよりも早くマリエールが暴露してくれた。
エマはマリエールの半泣き攻撃にもう何も言う気力もなく、疲れたような声で…
「とりあえず…落ち着こう、マリ姐」
と呟いた。
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