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小説。雰囲気で読んでください。リオがゾロに告白できないまま突入したバッドエンドの世界でキッドに甘やかさている話
海に漂う氷塊のように、ただ流れに身を任せていつかは溶けてしまうなら良かったのに、そう思ってしまうのは私が弱いからだ。
思い出してばかりの暖かいキラキラとした思い出も、いつかは思い出せなくなるのだろうか、そんなことを恐れもし期待もしているのは、やはり私が弱いからだ。
「ゾロさん! 私、私は!」
——そんなの、嫌なんです。そんなの、絶対嫌です。
その言葉を
——貴方のことが、1番……!
目の前で背を向けた貴方に、その言葉を告げられなかったことを、私は…………
私は一生後悔しているのだ。
「リア!」
けたたましい、と表現したくなるような心配そうな大声と揺さぶりに意識をゆっくりと浮上させる。
薄汚れた天井を見て、その視界に入るぶっきらぼうな優しさを見留めて、私はおはようございます、と言った。
「うなされてたみてェだが……」
「ええ、まあそうですね……起こしてくださって、ありがとうございます……」
私はあの日以来、眠りにつく度に魘されている。助けられなかったことを、守られたことを、自分が弱かったことを、自分が今も生きていることを、何もかもを失ったことを私は忘れることが出来ない。
でも、破滅的なお人好しにたちに止められてしまうので、自殺も出来ないと自殺を諦めてしまうほど弱い。
「ハァ、今回の航海はまあまあ、ッつーとこか」
こてんと首を傾けると、それが返事だと知っているキッド——何故か私を囲う物好きな大海賊——は私の横顔に手を添えた。身長差はどうあがいても50cmはある、そんな大男の手に小娘の顔はすっぽりと収まる。
「海軍の船を2隻落とした、海賊船に比べりゃあ、シケたもんだ」
私が好む話題を、いつのまに彼は知ったのだろう。こっそり緩んだ表情は彼にばれて、キッドはほんの少しやわらかく笑った。
「乗ってるヤツも大したことなかった、呆気ねェ、んな雑魚が[[rb:新世界 > この海]]に来んなッつの」
そこまで言って、彼は私の反応を伺うが、私が何も話そうとしない様子をみとめて、私の体をぐっと自分の方に寄せた。ベッドサイドに引き寄せられるのも可笑しな話、慣れたものだと笑ってしまう。
「リア……お前、またあの夢を?」
「…………」
何も言わないという私の答えをキッドはしっかりと受け取り、私の顎に手を添えると顔を上げさせられて、口づけられる。
義手の手は私の背中を、義手でない手は私の後頭部を支え逃げられないように抱きかかえられているような形だ。
初めは、四六時中泣いて泣いて喚き散らす私に「俺とキスしてる間は思い出すな! そういう訓練だとでも思え! 俺のことだけ考えてろ!」とわけのわからない文句をつけられて、少しでも「思い出さない」という訓練のために始まったこの儀式は、キッドの気まぐれで実行されるかされないかが決まるため、時間も何も定かではない奇襲のようなものだ。
「…………っ……ふ」
上唇を何度か彼の唇に挟まれたと思ったら、少し舐められて、また少し重ね合わされる。
初めは本当に触れるだけだったキスは、次第にエスカレートし、キッドが舌を入れて絡ませてくるほどになっていた。
私は彼にすがって、ただただその優しさを甘受する。
『お前は俺以外に何か生きる目標を見つけろ、じゃねえと、いつか転ぶぞ』
ゾロさんは時々、真面目そうにそんなお話をされる方だった。
彼からしてみればまだ幼い子供同然である私を船に乗せていることは不安で、その上自分に甘えてばかりの子供だから早く自立させなくてはいけないと思っていたのかもしれないし、心配だったのかもしれない。ゾロさんはそう多くは語らない人だったからこそ、私も彼が何を考えているのか真意を汲めていた気はしない。
『転びませんよ! だって、私にはずうっと皆さんが、ゾロさんがいてくれるのですから!』
そうだ、いつだって私にはあなたがいてくれる。私はあなたから離れるつもりはない、大好きで大好きで大好きなあなたのそばにさえいられれば私は幸せなのだ。いつかは海賊王になるルフィさんの船で、誰よりも強くなる世界一の剣豪がそばにいて、私はその人たちと同じ船に乗っているのだから何かが起こるはずなんてない。
私は何があろうと、あなたから離れるつもりも全くない。
ちょっとばっかり迷惑な話だけれど、いや、かなりストーカーじみた話だけれど、私はあなたのそばにいられるのならなんだっていいのだ。そのためにここまで強くなって、ずっとずっとあなたを探していたのだから。
『あのなあ』
いつも困ったように笑うゾロさんは、きっと、あの頃からとっくに気がついていたんですよね。
——私には、貴方しかいなかったということを。
それがどれだけ危ういことで、未熟だったのかということを。
あなたがいなくなった今だからこそわかることがあります。
やっぱり私の世界には基本的にあなたしかいなくて、あなたが大好きで、あなたが中心だった。
恋だったというにはあまりにも未熟で、愛だったというにはあまりにも求めすぎていて、憧れというには距離が近すぎたかもしれない。
それでも私はあなたが好きだった。世界で1番好きだった。
本当にただその一心だけであの船にいた。
だから私はキッドが迎えに来た時に、どうして私なんかをこの男が助け出そうとするのだろうかと思ってしまった。自分がほかの誰にどう思われているのかなんてどうでもよかったから。
いつまでもゾロさんへの想いに囚われたままの私をあのバカキッドがどう思うかはわからないけれど……それすらもどうでもいいと肯定して過ごす男だからこそ、私は彼をルフィさん亡き今、海賊王にのし上げると決めたのだ。
どうすればいい、何をするのが正解なのかわからない。いつまでこの胸を突き動かす無気力感と慟哭を抱えていけばいいのかわからない。
それでも私は人魚らしく唄い続けよう。
あなたの守ったこのどうしようもない今は美しいと。
To be continue...