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 ディランは人払いをした後に、私に事情を聞いてから、時系列に整理して説明してくれた。

 私は魔物との戦いの最中ディランたちと別れた。彼らはその後国に眠っていた魔幻獣(まげんじゅう)と呼ばれる古代兵器を目覚めさせ、兄弟三人で戦場に戻ろうとした。その魔幻獣が<フレスベルグ>というアレスに伝わる最終兵器だったらしい。しかし、フレスベルグを起動したが国を救えず、滅んでしまったこと。
 その後ディランたちは悪党専門の賞金稼ぎ(パウンディ・ハンター)として活動し、ディランはハルモニア王の息子で、兄弟の二人とは血が繋がっていなかったこと、そして、ハルモニア王によってアレス王国は滅ぼされたという事実を知った。
 ……そして、ディランはハルモニア王に攻め入った際に地下の研究所で二人の兄弟を(うしな)い、死者を魔獣に変える力を手にいれたこと。アレスの戦士たちは死後捕えられ魔獣に変えられていた。ヴィシャスはディランの手によって魔獣へと姿を変え、魔獣としてディランを支えている。ディランたちはハルモニア王を倒し、世界を征服したけれどアレス王国再興のために“別の世界から”この世界の理を壊そうとしているという事実を……彼の感情を交えずに話された。
 
 これらの情報を自分の中で整理するまで数日を要し、私は時々嗚咽(おえつ)を漏らしながら受け入れた。泣いて泣いて、目が()れ上がって、喉が枯れて。そんな私をサヤは何も言わずに見守って、ディランはそれきり顔を見せなくなった。


 アレス王国は滅びた。

 アレス王国はもうこの世界のどこにもない。

 そして、目の前のディランはアレを取り戻すために、“この世界”にやってきた“別の世界”の人。サヤとジンも同じような事情があって、先ほど名前だけ聞いたエレノアという人も“世界の敵”として……この場所《飛行島》にいる。

 ハルモニア王、ふざけるな。
 アレスの戦士はアレスが大好きで、そこに住む人々が大好きで、その全てを、大切なものを守るために日々訓練に勤しんだ結果手に入れた強さなのだ。
 その強さを軽々しく扱うな、馬鹿にするな、ふざけるな、吐き気がする、悔しい、悔しくてどうにかなりそうだ。

 新人の私に気さくに話しかけてくれた騎士がいた。
 大酒を飲んで酔っ払ったからと朝の訓練に遅れて、ディランが蹴り上げた男がいた。
 記憶喪失で不審者丸出しの私を快く受け入れ、心配して、時に励ましてくれた同室のミリスという友人がいた。
 妻へのプレゼントを悩んでいると照れ臭そうに相談してくれた騎士がいた。
 私がいつものようにパンを買うと「近頃は顔色が良くなってきたね」と声をかけてくれた店主がいた。

 そして、私のことを陰ながら心配してたまに様子を見にきていたノエルがいた。

 どうしたって私はそれらを踏みにじられた苦しみを忘れることが出来ない。
 いや、忘れていいものではない。
 ディランだって、片時も忘れたことはないんじゃないだろうか。そうでなければ……装身具(そうしんぐ)にアレスの意匠(いしょう)を想起させるものを使わないだろう。
 あれは彼にとって…………。


 何もない部屋の天井を仰ぎ見た。
 この部屋は少し古いのか、掃除はされていたがほこり臭く、丁寧に使い込まれた家屋ともまた違っていた。木の板は痛んでいるし、どこか雨漏りをしてもおかしくないな、なんて現実逃避をした。


 ……どうして私が、生き残っているんだろう。


 ディランの大切な人は、いなくなってしまったのに。






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