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「ああ、目が覚めた客人とはあなたでしたか」
 黒衣を(まと)った彼女はそう言った。サヤの紹介によれば彼女がエレノアだろう。この飛行島の所有者で、おとぎ話の中でしか聞いたことがない光の王その人で、未来からやって来た。

「話は聞いています。使いたいならご自由にどうぞ、場所は空いていますから」
「場所のことも……それにサヤさんから聞いたのですが、看病や手当をしてくださったんでしょう。ありがとうございます」
「別にお礼なんて。……真横で騒がれるにはうるさいというだけですから」
 サヤに頼まれたのでそうした、他意はない。そう言い切られても、彼女が私の恩人であることにも間違いがないので私は頭を下げた。
 そう言った彼女の瞳には何も映っていなかった。目の前にいる私のことも、この飛行島のどこまでも続く空のことも……何ものも彼女の瞳には残っていなかった。
 でも、少しだけディランから聞いた話――世界を変えたいと思うほど、彼女は大切な人を喪ってしまったのだろうということ――を思い浮かべて、少しだけ納得した。それだけのことを抱えていれば、大切なもの以外何も想えないのは自然なことのようにも感じた。
 サヤにとってはジンが、ジンにとってはサヤが、そしてディランにとってはノエルとヴィシャスがそうであるように、自分の命よりも尊い人がいたのだ。

「……なんでだか、あなたは……」

 言葉を選ぶように逡巡してから、エレノアは言った。

「近いような気がします」

「……近い?」
「ええ、どこかで会ったことはないはずなのに……それなのに」
 エレノアは何かを(いぶか)しんでいた。慎重に、大切なものを見失わないように。それでいて大胆な考察を展開し……真相に切り込んでいくように。

「……あなたは何か隠し事をしていますか?」
「……」
 直球の質問に、私は記憶喪失だと話せば「都合がいい設定ですね」と息をつかれ

「まあ、事実ではあるのでしょうね。嘘をついているとは思えませんし……嘘をつくなら、それにはメリットが必要だ」
「……メリット、ですか」
 確かにそうだ、と私は噛み付かずに、その時はなぜか彼女の言葉をすんなりと受け入れていた。あまりにも筋が通った考察だったからなのかもしれない。

「“道化”か“享楽家(きょうらくか)”でないのなら、あなたは厄介な存在かもしれないですね」
 面と向かって人に言う言葉ではないだろう、と親しい仲なら彼女の言葉を(さえぎ)ったかもしれないけれど。きっとその行動は間違いだ。

「あなたは<どこ>からやって来たのでしょうね」

 彼女は“何か”に気がつきかけていたのだから。




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