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name change
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「おっ、目が覚めたんだ」
「兄!」
 サヤとよく似た男性が入室して、ベッドのそばの椅子に腰をかけて「良かったねサヤ」と声をかけた。サヤの紹介によると彼はサヤの双子の兄でジンという名前らしい。
「ずっと心配して看病してたんだよね、サヤが」
 その言葉に“目覚めて嬉しい“という感情や言葉通りの安堵より、一抹の嫉妬と「なんでお前が」という語気と不愉快を示す感情が含まれていた気がして、私は一瞬でそれらの機微を生存本能によって感じ取ったが、確証はなかったため「おかげさまで……」と笑って流した。
「サヤさんが私のことをずっと看病してくれていたんですね……本当にありがとうございます」
「とんでもない!! 実は、私だけじゃなくてエレノアさんたちにも手伝って貰ったし……それよりも、どこか痛い場所はないですか? 一応怪我はひと通り手当したはずなんですけど……」
 サヤさんだけにお礼を言ったのでは足りないようだ。ジンに“もしかして、貴方も看病してくれたんですか?”という具合に目配せしたところ「そうだよ」という笑みで返されたためお礼を言った。
 
私はベットから上半身を起こした体勢で腕を回してみたり、背伸びをしてみたが、特に痛みはないと伝えるとサヤはとても嬉しそうに破顔した。
「無事で良かったあ!」
「本当にご心配をおかけしたみたいで……」
「本当に心配したよ」
「ちょっと、兄。レナさんに対してなんか圧がない?」
「ないない」
 私は知らぬ間に彼の怒りを買ってしまったのかもしれない……。あとでこっそり確認して、謝っておこうと思った。
「む……兄、レナさんを勝手に追い出したりしたらダメだからね」
「しないよそんなこと〜」
 サヤの目が黒いうちは私の安全が保証されるらしい、と私は心の中でジンの言葉の後ろに付け加えておいた。


「答えづらいことだったら言わなくても平気なんですけど」
「はい」
「レナさんの国はなんていう国ですか? 私、お家まで送って行きますよ! 今は兄と世界中を旅して回っているので!」
 ジンの名前が上がったことに一抹の不安を覚えながらも、怪我もないのにサヤの家に居候させてもらうわけにもいかないし……と私は素直に答えた。

「アレス王国です。地図的には辺境の小国なのですが……ご存知ですか?」


 その時の二人の顔を、私は忘れることができない。


「ちょっと、ちょっと待ってくださいね。えっと、レナさんはアレス王国の方なんですね!?」
 サヤの勢いに困惑しながらも素直に頷くと、ジンが「サヤはそこで待ってて」と言ってから部屋をはや足で出て行った。


 そうして、ジンは彼を無理やり引っ張ってきたのだ。

「なんだなんだ怪我人が目覚めたからって俺を……」

「えっ」
 情報を処理しきれずに動けなくなった私より、彼は先に反応した。

「お前、レナか?」
「…………はい、そうです。ディラン……ディラン! 生きてて良かった」
「……それはこっちの台詞だ。まさか生きていたとはな」


 この言葉が「まさかアレス王国の人間がまだ生き残っていたとは」という意味だったことを、私はすぐに知ることとなった。





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