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 王宮の正門前では、ヴィシャスが魔獣との攻防を繰り広げていた。
「ヴィシャス!」
「……ディラン」
「中の魔獣どもは!?」
「……数は少ない。近衛が何とかしている。……問題はこっちだ」
 ヴィシャスが相手にしている魔獣は数が多すぎた。ディラン隊もすぐに加勢したが、それでも相手に仕切れる量なのか……考えるのをやめて、手だけを動かさなければいけないか、と自分を叱咤した。
「……おかしいと思わないか?」
「ああ。数が異常な上に、やけに統率が取れている。……恐らく、操っている親玉がいるな」
「俺も同じ考えだ。この襲撃には、はっきりとした人の意志を感じる……。……お前の眼で探し出せるか?」
「さっきから試みているが、見つからない」
 その答えにディランは一瞬止まってから、けれどもすぐに動き出した。

「……ちくしょおぉぉぉっ!」
 しかし、魔獣の数が多すぎた。どれだけ悲嘆せずに対処しても、手からあまりにも多くのものがこぼれ落ちていた。守りきれなかったものが指の隙間から流れ出していくたびに、ディランの怒号が響いて、私たちは涙を拭いきれないまま、剣を離さなかった。

「<アレ>を使うしかないのか……?」
「…………」
 ディランの話がわかるらしいヴィシャスは黙り込んでいるが、<アレ>とはなんだろうか? そう頭の片隅で認識しながら、私は「そっちに行きました!」と声をあげて応戦していた。
 戦士だって人間だ。長期的に戦闘を続ければ消耗して動けなくなる。生存本能がその枷を外して、限界を超えてなお動き続けても終わる気配がしない。頭を使わずに勝てるほど、相手はただの魔獣ではない。緊張・疲労・悲嘆……全てのマイナスを飲み込んで、それでもソウルを燃やした。

「ヴィシャス兄!」
「ノエル、なぜここに……」
 ノエルの声にディランが先に気がついた。
「……親父の側についていろ、と言ったはずだが」
 ヴィシャスもわずかに遅れて気がつき、彼の行動を(いぶか)しんでいた。ノエルは国王の近衛とともに王城にいるように言われていたらしい。そんなノエルがなぜ前線まで下りてきているのか、危険すぎないか、国王の身に何かあったのではないか、彼らは瞬時に様々な事を考えたかもしれない。
「ディランも、聞いて! ――父さんが、<フレスベルグ>を使うしかない、って……!」
「ガアァァァァッ!」
 ノエルの言葉を遮るように、魔獣が不吉な声を上げた。「邪魔っ!」と軽快にノエルは魔獣を(さば)きながら彼は話を進めた。
「僕も賛成だ。さあ、遺跡へ行こう」
「……アレを起こしても、大丈夫なのだろうか?」
 ディランの言葉から、先ほどの<アレ>というのは<フレスベルグ>と呼ばれるものであるらしいことが分かった。
 これはのちに知ったことなのだが、辺境の小国であるアレスは、国土の半分近くが立入禁止区域になっている。資源が豊富な国とはいえ、使える国土は実質的に半分以下という状況だった。その国土の半分を占めるのが巨大な古代遺跡である。
 古代といってもどのくらい前のものなのか私は知らなかったが、どうやら危険なものが数多く保管されているということもあって、立入禁止区域に設定されていたようだ。
「この状況を変えられるのは、フレスベルグだけだよ……!」
 ノエルの言葉は力強かった。ただその言葉だけでも<フレスベルグ>はこの私たちの先の見えない絶望的な状況を救ってくれるのかもしれないと思えた。
 しかし、兵器とは……ナイフだってそうだが、使用者にとってよく切れる刃物を持つことは自分自身を意図せず傷つけてしまう可能性だってある。今の今まで<フレスベルグ>が使用されなかったのもそういった「ギリギリの状況下でもない限り使いたくないか、使えない事情がある」のだろう。

「ぐわあぁぁぁっ!」
 それでも、時間は残酷で、人の命は儚かった。
 そして、とてつもなく重かった。
「…………わかった」
 ディランは沈黙の末に、兵士の咆哮を聞いて強い瞳を持って決断した。

 結局彼は、そうだな、とびきり優しくて強くて……そして……。
 ……どんな人だと云えば良いのだろう。

「お前たちはここで王城を守ってくれ! 俺たちは遺跡に行く!」
「はいディラン様! どうかご無事で!!」
「ああ!」

 これが私と、ディランのアレスでのお別れだった。 


 怒号と喧騒、嘆き悲しむ声、悲鳴、そんな中でも私は魔獣と戦い続けた。死ぬわけには行かないし、隣にいる人たちを、背中にいる人たちを一人として殺すわけにはいかない。
 仲間の声で悲しみに支配されるにはまだ早すぎる。どんなに苦しそうな声が聞こえてきても、まだだめだ、まだだめだ、歯を食いしばれ。立ち続けろ、剣を握れ、振れ。疲労で握力がなくなっても服をちぎって手に巻き付けろ。大型の口の中に爆破のルーンを放り込んでやれ。

 私はそうやって戦い続けて、いつの間にか倒れていたらしい。 




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