二時間にも続く魔法史の授業も終わりました。
今日の授業はこれで最後だったので長い長い廊下をソラは歩いて行きました。その時でした。
「ちょっとあなた」
うしろから声をかけられました。聞き覚えのない声です。
ソラが振り向くとそこにいたのは
「えーっと、キース・カルさん?」
「あら、私(わたくし)のこと憶えていて下さったの? 光栄だわ」
きれいな金髪。風にそよ吹かれて揺れています。光に当たるたびに輝く髪は本当にきれいです。
そしてリュードと同じく透き通った白磁の肌、その肌を引き立てる青い目。
顔立ちも整っていて絵に描く美人とはこの人のことです。
「えっと、なにか……?」
ソラは遠慮がちに聞きました。
「なにって……。用事があるにきまっているじゃない」
その見た目からは想像ができない声の低さに変わりました。ソラは思わず一歩後ずさりをしました。
「貴方は、いつもリュード君のそばにいますわね?」
「え、あの、その」
「うるさいわねえ、もうすこしはきはきとしゃべりなさいな」
ソラは低い声に蹴落とされてしまいました。
「リュード君はあなたごときが関わっていいような方じゃないの。高貴な生まれの方なの」
「えっと、あの、その」
ソラはいきなり怒られてしょぼんとしてしまいました。
「私は小さいころからずっとずっとリュード君だけを見てきた。リュード君がまともに口をきいてくれる女の子なんて私か双子の子娘ぐらいでしたわ。なのに! あなたはのこのこと現れて、リュード君のそばにいて。しかも、パートナーですって!? 貴方、その意味が理解できていますの!?」
ソラはもう何も言えません。
「あなたごときがリュード君に関わろうだなんて、数百世紀早いですわ!」
「どうしたんだ。キース」
後ろの茂みの方から声がしました。声の主は疲れているようです。
「リュードくん!」
ソラは目と耳を疑いました。
キースはリュードのそばに駆け寄って行きました。前にいたソラを押しのけて。
「私ったら……リュード君がいたのに気がつきませんでしたわ」
「すごい大声を出していたが……なにかあったのか?」
リュードが不思議そうに尋ねると
「なにもありませんわ! 私あの子とお話がしたくて……つい、およびたてをしてしまいましたの[V:9825]」
と女の子の高い声でキースは笑って答えました。
「そうか。俺はもう帰る」
「えぇ!? そんなぁ……」
「じゃあな」
「また明日[V:9825]」
キースは手を恥ずかしがりながらも、リュードに向かって精いっぱいふりました。
ソラはそこから微動だにすることができませんでした。
――さっき低く恐ろしい声で怒っていた女の子が次の瞬間には高くかわいらしい声に変っていたのですから。
ソラは思い切って尋ねることにしました。
「ねぇ、キースさんて……リュード君のことが好きなの?」
「当然ですわ」
「そうなんだ……」
「あの麗しいお姿!! そしてスラリとした立ち姿、きれいな指先、優しく低い魅力的な声……!」
「リュード君はかっこいいもんね……」
「お黙りなさい!」
「ひぃぃっっ」
「あなたがそれを口にする資格があると思っていますの!?」
「……すみません」
ソラはもう何が何だか、謝ることしかできません。
「私はあなたをずっと見てきたわ」
「ずっと?」
そういえば、ソラは入学したころから誰かに見られているような気がすることがありました。
気のせいだと思ってきましたが
「寮の部屋に入るときとか、リュード君に勉強見てもらったときとか。リュード君と廊下で話してるときとか……」
「ほかにも、見ていましたわよ」
「……あはは」
すとーかーさんと同じなんじゃ・・、といいそうになってソラは口をぎゅっと結びました。
「あなたは、リュード君といる資格がないんですの。あなたは“リュード君の悲しみ”を何一つ知らないでしょう?」
「“リュード君の悲しみ”……?」
「認めない、認めませんわ!! 私は貴方なんかに絶対、負けませんわ!!」
キースはそういって立ち去りました。