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「邪悪な妖精(アンシーリーコート)は闇を生きる妖精……光の宝玉が司る『光』とは真逆の存在だわ。宝玉を治すことに、私が居るだけで悪影響が出てしまうかもしれない」
「ちょっと待って! どうしてグロゥは自分のことを邪悪な妖精だと思うの?」

 ソラがそう言うとグロゥはうつむいてしまいました。そして小さい声でぼそりと呟いたのです。

「……おかしいと思わなかった? 私は皆と違って汚いトンボの羽なのよ。トンボの羽に黒い髪に黒い瞳……闇を連想させるものでしかないわ」
「そんなことない! 見た目なんて関係ないよ!」

 ソラは必死で訴えます。黒髪だから闇を連想させるのであれば、ソラもリュードもそうです。

「ねえグロゥ。グロゥは本当にそう思っているの?」
「お前、なにか勘違いしているんじゃないか」

 ソラに続けてリュードが低い声で言います。

「邪悪な妖精(アンシーリーコート)が祝福された妖精(シーリーコート)の里にいるだけで祝福された妖精にとっては毒になる。お前が祝福された妖精のそばで暮らしている時点でお前は邪悪な妖精じゃない。邪悪な妖精はもっともっと邪悪な存在だ」

 ソラは今まで邪悪な妖精に出会ったことがないのでどれほど邪悪なのかはわかりません。これほど強く言えるリュードは邪悪な妖精に出会ったことがあるのかもしれないとソラは考えました。

「それは本当なの?」
「嘘をついたところで俺が得することはひとつもない」

 リュードがそう断言すると、グロゥは力尽きたようにふらふらと落ちてきたので慌ててソラが手のひらで受け止めました。

「……私、醜いから」

 そう言うとグロゥは自分の羽を、髪をぎゅうっと小さな手で握りました。

「みんなみんな、とってもきれいな羽なのよ。私だけよ、こんなに醜いのは」
「醜いなんてことない!」

 ソラが強くそう言ったので、グロゥはびっくりしてソラを見上げました。

「あのね、見た目なんて関係ないよ! 私だって黒髪だもん。人間界に居るときは黒目だったよ。そんな私は邪悪な妖精?」
「……違うわ。それにソラは人間だし」
「ねえ、私が言いたいことはそういうことじゃなくって、えっと」

 ソラがきょろきょろとあたりを見回して言葉を探していると、とんとんとリュードがソラの頭を軽く叩きました。
 落ち着け、そう言われたような気がしてソラは一度深呼吸しました。

「見た目のことで、自分のことを嫌いにならないで欲しい。私たちはグロゥがいなければここまで辿り着くこともできなかった。グロゥは素敵な祝福された妖精(シーリーコート)だよ! だから、そんな悲しいこと、言わないで欲しいの」

 ソラがそこまで一気に言い終わると、ぽろぽろとソラの目から涙が落ちてきました。それを見たグロゥも泣き始めて、ソラの顔のすぐそばまで飛んでいきました。

「ごめんなさい。……私が自分を邪悪な妖精だと決めつけて嫌いになることは、ソラを悲しませることだなんて思わなかったわ。私と出会ったばかりなのに、ソラは私のために泣いてくれるのね。本当に、ありがとう」

 ソラはなんとなく気がついていました。
 泣いてしまったのはグロゥのこともあるけれど、何より昔の自分や他の人のことを思い出したからなのだと。


 ***


「この先よ、この先に宝玉があるって聞いているわ」

 先行くグロゥの言葉を聞いてソラは首を傾げました。

「グロゥも見たことはないの?」
「ええ、神聖なものだから」
「神聖なものなの?」

 ソラが問い返すとグロゥはそうよと答えました。

「宝玉があるおかげで、私たちの住む森には結界がつくられて、果物がなり食べ物に困らなくてすむの」
「そっか。本当に大切なものなんだね」

 グロゥは頷いて、ソラとリュードを先導してくれます。ふとグロゥが立ち止まってソラたちを振り返りました。

「着いたわ。ここよ」

 グロゥが指さした先には大きな扉がありました。深緑色の木に金の装飾が良く映えていて、とても神秘的で大切な場所なのだということが伝わってきました。
 ソラは緑は妖精の色だということを思い出しました。

 グロゥが呪文を唱えると扉が開きました。グロゥに続いて、ソラとリュードは中へ入ります。
 扉の中はなんだか不思議な空気が漂っていました。神聖な場所だとグロゥが言ったことを、ソラはようやく理解したような気がしました。
 中央の台座の上に置かれた、うっすら白く輝いているのが光の宝玉でしょう。雰囲気がちがうのでソラにもすぐに分かりました。

「この宝玉に手をかざして、魔力を注いで欲しいの」
「魔力を補充するということだな?」
「そうよ」

 グロゥがリュードの質問に答えると、リュードは小さく頷きました。
 リュードとソラは並んで宝玉の前に立つと、ふたりは手を宝玉にかざして力を込めました。ソラはまだ魔法があまり上手に使えないので半ば見よう見まねでした。しかしちらりとリュードを見るとそれでいいというふうにうなずかれたので、力を込め続けました。
 しかし、リュードが苦そうな顔をします。





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