「この方向だと……」
「考えるまでもなく港だ」
桐也の道案内に従って、雪梛はハンドルをきった。黄色の点――ロクの居場所に近い。
「街中で遭遇とかまじかよ」
桐也は呆れたようにつぶやいた。大勢の人間に自分が”能力者”であることを見せびらかすのは気が引けるし、いいことではない。
「大丈夫よ、この辺り、ビルが残ってるだけで人なんて住んでないわ」
「じゃあやりたい放題か」
桐也は楽しそうにそうつぶやいた。
「器物破損はやめてよね」
雪梛はすぐ、修理費を計算し始めた。
「努力する」
「何その適当な答え」
雪梛は呆れて肩をすくめてみせた。
「もうすぐ目標と接触」
「どうするの? 先輩」
「雪梛、車よろしく」
桐也はそう言うとシートベルトを外して窓を開けた。
「ちょっと……先輩!?」
「襲撃してくる」
桐也はそう言い残すと窓から飛び降りた。やたら得意そうに笑った横顔がむかつく。
「ああ〜〜もう! その辺に停めておこう!!」
雪梛は急いで車を停め、銃を確認して走りだした。
***
ドオオオオオオオオオオオオオン
ものすごい音とともに、黒いワンボックスカー後部のドアが破壊され、中の人間たちを一気に黒い影が気絶させた。
ロクにはそれが誰かわかっていた。
「よぉロク、何もされてねえだろうなあ?」
「ああへいきだ」
桐也は銃を踏みつけて粉々に壊した後、犯人たちを縛り上げ、ロクとレモンを抱きかかえて車から降りた。そしてタブレットを取り出し、電話をかけ始めた。
「ああもしもし? ミケ? 応援よんでくれねぇ? 俺達だけでこいつら全員捕まえらんねー。ああ頼む、はいはい。場所は今から送るから」
ロクは桐也の腕から降りると、ほっと息をついた。
近くから塩の匂いがする、波の音も聞こえてくる。もう少しで人身売買されるところだったのだろう。
「もう先輩! 待ってよ!」
「なんだようっせぇな〜」
雪梛が銃を携えて走ってきた。ロクとレモンを見つけるなり、駆け寄って抱きしめた。
「良かった! 無事だったのね」
レモンは雪梛の腕の中で泣きだした。もう大丈夫、と何度も雪梛が慰める。
しかし、皆が安心していたのが災いした。
もっと気を張っていたら、あんな悲劇は起こらなかったのかもしれない。
最初に気がついたのはロクだった。
「おおぜいのあしおとがきこえる……40……50……?」
雪梛の顔がすぐさまこわばった。
「まだ、いたのね」
雪梛はレモンを抱きかかえると、桐也から気をつけろ、と目でサインが送られた。
その時、地面が大きく揺れひび割れた場所から土の壁ができた。桐也が一人、ロクと雪梛とレモンの三人に分断された。
「くそっ! ”能力者”がいやがったか!!」
「先輩、先輩は”能力者”の方をお願い! ロク、レモンちゃんのことお願いできる?」
「わかった!」
ロクはレモンの手を引いて走りだす。行く手を阻もうとする男たちを雪梛が銃で撃ち倒した。
「邪魔しないでよ!」
「小娘のくせに……!」
男たちが三人がかりで雪梛に殴りかかってきた。拳銃を使う気はないらしい、女だと見くびられているようだ。
雪梛は襲いかかってきた男たちの拳を避け、隙を突いて蹴り倒すと銃で三人の足と腹部を撃った。
「馬鹿にしないでよ。たしかに私は弱いけれど、貴方達ほど弱くはないわ」
足の健ををナイフで切りつけてやり、次から次に同じように対処した。
そうしてロクたちが逃げるための道を作った。
(ロク、ちゃんと逃げたかしら?)
雪梛はロクの後を追いかけた。
***
「ああもう! おっさんたちじゃまだぞ!」
雪梛が突破口を作り、相当な数を倒してくれたとはいえ、ウジ虫のように湧いてくる男たちをロクはよけながら、時には殴って気絶させ進んでいた。
しかし、一人ではどうしても限界がある。
「あ〜あ、結構苦戦してんじゃねぇか」
はるか頭上から、桐也の声がしたような気がして、ロクは上を見た。
ビルの三階ほどの高さの、何もない場所に桐也はいた。
「本人弱かったから、さくっと倒しちまった。ほら、ここ引き受けてやるからとりあえずお前は隠れてこい」
桐也がそう言うと地面に頭から急降下して五人ほど一気に蹴り倒した。
「ほらさっさといけ」
「ああ!」
ロクはまた走りだした。レモンを死なせたくはない、そう思っていた。
しかし、状況はうまくいかないものでロクはまたしても十人ほどに取り囲まれてしまった。
「レモン、そこにいてくれ。こいつら、なんとかするから」
「何を勝手に、ガキのくせに! この秘密は決して漏れてはいけないものだ! 観念してその子供を引き渡せ!」
何を言っているのか、そんなことを考えている暇はなかった。
ロクは向かってくる男たちの急所を的確に攻撃し、気絶させていく。
後ろに隠れていた男が銃を放つ、避けて体勢が崩れたところを屈強な男に蹴られた。床に激突し、めまいがした。それでも立ち上がり、もみくちゃになりながらも、乱闘を続けた。
ロクの意識が遠のきながらも、誰もレモンには近づけていないことを確認した。
誰かがレモンに近づかない限りは安全だと、そう思っていたことをロクは一生後悔した。