ドカーーーーーーン
大きな爆発音がした、何事かと雪梛も桐也も音の方に近づいた入った。
ロクが立ちすくんでいた。爆発のそばに歩み寄り、ピンク色の布切れを拾った。
――それはレモンが身につけていたマフラーのかけらだった。
雪梛は何が起こったのかわからず、周囲をよく観察した。
一人の男の手に何か握られていることに気が付き、駆け寄って確認した。
男はすでに気絶しており、手にはボタンの付いた発信機のようなものが握られていた。
まさか、と雪梛はロクに駆け寄る。先ほどまで、攻撃を仕掛けてきた男たちは皆勝ち誇ったように笑っていた。
「おまえたちが……レモンをころしたのか」
ロクの口から、恐ろしく低い声が出た。雪梛は身震いして、尻餅をついた。
「当たり前だ。あの子供に埋め込まれていて生体マイクロチップのデータは我々の重要機密。持ちだされては困るからいなくなってもらった」
まさか、と雪梛はつぶやく。
あの爆発音は、レモンが殺された音?
(いや、待って、頭が働かない。レモンちゃんには生体マイクロチップが埋め込まれていて、それを取り返そうとあの男たちは襲ってきた。そして生きたままレモンちゃんを取り返すことを諦めて)
レモンを、爆死させた。
機密情報が漏れることを想定し、あの少女の中に爆弾が埋め込まれていたのだろう。そして先程の男がスイッチを押した。だから、レモンは爆死してしまった。
「『ぜったいたすかる』……そのことばを、レモンはしんじてくれたのに」
ロクの声だとは思えなかった。一体誰の声だろうと、雪梛は見回したが、同じようにすくんでいる桐也と笑っている男たちしかいない。
『おまえらなんか、みんな死ね』
ロクの声ではない、ロクの口からその言葉が漏れたが、別のもっと違う黒い何かがそう呟いたようにしか考えられなかった。
ロクがそう呟いた瞬間、雪梛の視界は赤く染まり、次に瞬きした時には男たちは全員死んでいた。
正確には、それが死体だと判断するのに時間がかかった。赤い血の中に黒くよじれた何かが浮かんでいた。
ロクが気を失って倒れるまで、雪梛も桐也も自分たちの眼の前にあるものだと認識すらできなかった。
「あれが……ロクの能力」
雪梛は身震いが止まらなかった。毛布を頭からかぶってソファに座って、ホットミルクを飲んでも震えは一向に収まらない。
***
○月×日
我々は研究の成果である“No.6” を廃棄することにした。
“No.6”の能力を検証していた実験の途中に、“No.6”が大きく欠損してしまったためである。
残念ではあるが、我々の悲願は“No.7”にかけるしかあるまい。だが実に残念である。“No.6”の能力はもっとも成果があらわれており、優秀であった。
その“No.6”の能力とは、大量殺人。
”No.6”は相手の顔や名前を知らずとも、ある程度の条件付けだけで人を殺すことができる。上限は実験したことが無いため、データはない。実験上では最大で50人まで殺している。
しかし、”No.6”最大の欠損は、”No.6”がその能力を使ってしまうたびに感情を失ってしまうことである。感情とはある程度持っていなくては、判断もできない。完全になくなってしまっていいものではないのだ。「恐怖」という感情が”No.6”から無くなってしまえば、我々は”No.6”の制御方法を失ってしまう。
そしてあの方も、感情のない人形など望まれはしないだろう。
我々はあの方の意思を継ぐものとして、尊重しなくてはいけない。
そこで我々は研究の成果である“No.6” を廃棄することにしたのだ。
あの文面は、嘘ではなかった。
雪梛は自分の”能力”を疑うように、見間違いではないのかと何度も読み返した。
事実を、信じたくはなかった。
ロクは笑うと可愛くて、遊ぶのが大好きで、まだ舌足らずな小さな男の子だ。
今は能力の反動か、ベッドでぐっすりと眠っている。
ロクは殺したと思った人間を一度に何人でも、殺せてしまう。そしてその能力を使うたび、彼の感情は失われてしまう。
雪梛は声を殺して泣いた。
外は暗く、街灯の光も見えないほどの猛吹雪だった。