雪梛は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。桐也の冷たい目を見て伝えても無駄だと思ったからだ。
「お前の上司は俺だ。そして、お前は何のためにこの組織に入った?」
そこまで言われてしまえば、雪梛は黙りこむしかない。
雪梛がこの組織に入ったのは、恩返しがしたかったからだ。
自分を拾って育ててくれたこの組織は雪梛の居場所、そこに在籍する人たちは皆雪梛の家族。
追っている組織の手がかりをつかむために、ロクを保護した。それは雪梛も納得している。
「先輩……ごめんなさい」
雪梛が謝ったというのに、桐也は目をそらした。
「まあとにかく話は後だ」
桐也はそう言ってタブレットを揺らしてみせた。黄色い点が点滅しながら移動している。
「取り返せばお前も文句ないだろ? 行くぞ」
雪梛は桐也の後に続いた。
***
鼻孔をくすぐる鉄さびの匂いにロクは目を覚ました。
体の節々が痛い、起き上がってみると、両手は後ろ向きに縄で縛られ、足も同じように縛られている。
少し動かして、指で結び目を確かめてみたり、縄抜けできないか試してみた。
(かんせつ、はずせばぬけられるな)
下手に親指だけを縛られなくてよかった、と安堵して周囲を見まわした。すぐ横に金髪の少女が倒れている、レモンだ。おそらく一緒に誘拐されたのだろうとロクは察しを付けた。
(うしろから、おそわれて……かいぞうスタンガンか?)
市販のスタンガンで自分は気絶しないことを、ロクは知っていた。
鉄さびの匂い、人気はない。天井や壁から判断するに廃倉庫だろう。
ロクは耳を澄ました、遠くから足音が聞こえる。1、2、3人? 抜け出すのは容易だ。
(う〜んどうしよう。たぶんおれ、きりやにおとりにされたんだよな。ふくに、はっしんきつけられてたし)
桐也がロクをおとりにしたのも、ロクの高い戦闘力を見込んでのことだろうし、いざとなれば全員を助け出す自信が桐也にはあるのだろう。
犯人たちが、レモンを誘拐するときにロクを同じように誘拐したのは、ロクの戦闘能力に気がついていないからか。はたまた、ロクのことも目的で誘拐したのか。おそらく前者だ。
(あいつらがおれのことを、なわでしばるなんてありえない。もし、おれのことをしっているやつがはんにんなら、かたいてじょうにしたはずだ)
ロクは必死に思考を巡らせて、結論をつけた。
自分は積極的に脱出せず、相手の出方を待つ。そして、潜伏場所を暴き一網打尽にする。
そこまで決めたところで、レモンが目を覚ました。
「ロク……くん? ここはどこ?」
「たぶん、どっかのそうこだとおもうぞ。そんなにおいだ」
「私達……もしかして」
レモンの顔が真っ青になった。ロクは慌てて明るく言葉を紡いだ。
「ああ、たぶんゆうかいされたんだ。でもだいじょうぶ、きりやとせつながたすけてくれるよ」
「そう……そうだよね。しんじてまつ」
「うん。とりあえず、あいつらがきたらねたふりをしてくれるか? あと、さからったりするなよ。あぶないから」
「うん、わかった」
レモンが無理にでも笑顔をつくろうとしたので、合わせてロクも笑った。
「だいじょうぶ。ぜったいたすかるよ」
そこまで告げたところで、犯人たちの靴音が近づいてきた。
ロクとレモンはねころがって目を閉じた。
「なんなんですかねぇ、この白髪のガキ」
「さあ」
「売ります?」
「そうだな」
そこまで会話をした後、犯人の男たちはロクとレモンを抱きかかえ、車に入れた。
ここがどこの廃倉庫だかさっぱり検討がつかないロクでも、これから犯人たちが向かうであろう場所は分かった。