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「驚いたわ、突然呼び出すんだもの」
「ごっめ〜ん雪梛! ミケに『日本へロクくんに会いに行ってくる!』って言ったら『だぁめ?』って言われちゃったから、ルイを連れてお忍びできちゃった!」
「そんなこと、ミケは言わないでしょ!!」

 カルマディオの話に雪梛は腹を抱えて笑っていた。ロクはわけが分からず、ただ話を聞いていた。

「あの、おれはロクです。せつなときりやにめんどうをみてもらっています」

 ロクが切りだすと、カルマディオがニカッと笑った。

「桐也からの報告で聞いたよ〜! とっても優しい、いい子なんだってね!」

 カルマディオの声は野太いけれど、暖かさがある。
 ロクは自分が監視されていることは分かっていた。けれど、ロクにはどういう目的で、自分があの地下施設から連れだされ、監視目的でありながら手厚く面倒を見てもらえるのか、ずっと疑問だった。
 地下施設に侵入するだけでも、リスクは大きかったはずだ。しかしそのことが、カルマディオに出会って少しわかったような気がした。

 カルマディオが急に真面目な顔をして腕を組んだ。

「さて、どこから話そうかな」

 彼はロクの目をじっと見つめた。

「君はまだ、この世界のことを知らないだろう? まずはその大枠から話をしようか」


 ***


 日本の年号が平成から変わって、約二十年後。世界は寒冷化していた。
 感氷河期から氷河期へ突入しようとしているからである。
 世界は深刻な食料不足に陥った。作物は育たず、家畜も死んでいく。
 日本は作物を水と光だけで育てる技術を確立しようとしているその途中で、ほとんどの農作物を、技術のない新興国から安い作物を輸入してまかなっていたため、国民には食料が行き届かなくなっていた。
 太陽の陽が射さない日が続くと、人の心も荒(すさ)んでいく。

 食料を巡る新興国同士の戦争、政府に対する市民革命が各国で起こった。
 日本では食料が配給制になった。フランスでは革命軍と政府軍の内戦が十年以上続き、多くの死者を出したが、政府軍が勝利した。
 世界中で別々に、しかし相次いで起こった戦争や内戦を総称して、後世の歴史学者たちは「第三次世界大戦」と呼ぶ。

 第三次世界大戦終結から、十数年後、大事件が起こった。
「大災」とも呼ばれる世界規模の薬害事件である。
 ドイツの大手企業のひとつに「ゲシュンク」という世界に展開している食品会社がある。
 安全だと信頼されており、日本でもたくさん使われているメーカーだ。
 薬害が暴露されたころにはもう遅かった。

 集計しているだけでも何千万という人が被害を受けたが、中でも明確に被害が現れたのは妊婦やその妊婦から生まれた子供たちだった。
 肢体の不自由な子どもが多く生まれ、「薬害児」と呼ばれた。大人でも指先が壊死(えし)して切断しなくてはいけなかった。

 さらにその中でも一握りの、最も忌まれる子供たち――雪梛、桐也、ルイも含まれる――はこう呼ばれた。
『能力者』と。


 ***


「薬害は仕組まれたものだった。一握りの『能力者』を生み出すために、薬は世界中にばらまかれた。政府も一枚噛んでいたから、どの国でも服用は続いた」

 カルマディオは淡々と語った。そこに雪梛が口をはさむ。

「それだとまるで『能力者』が素晴らしく、大切にされた人間のようだわ。私たちはただの化け物よ」

 吐き捨てるようなその言葉を、その場にいた全員が悲痛な思いで聞いていた。

「私が持っているのは『瞬間記憶能力』。でもこれは、望んで持っているわけじゃない。今はもうそうは思わないけれど、昔はこの能力を疎んだわ」

 その言葉から、雪梛の半生が垣間見えたような気がした。
 気分が悪い、そうつぶやいて雪梛が席を立ったので、ルイが慌てて後を追った。おそらく三階にある雪梛の自室に行くのだろう。
 カルマディオは悲しそうな顔をしていた。

「はは……雪梛に嫌な思いさせちゃったな」

 カルマディオが苦笑すると

「気にすんなって。それよりも話を続けたほうがいいと思うぞ」

 と桐也があくびをしながら返した。

「ああ、そうだね。ロクくん、次は俺の話をしよう」

 ロクの関心は惹きつけられた。
 なぜ、自分と同じ白髪とオッドアイを持つ人間がいて、「G.G」とは何なのか。ロクはカルマディオの言葉を聞き漏らさないように気を引き締めた。




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