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 雪梛が自室のベッドに腰掛けて休んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
 返事をして促すと、ルイが入ってきた。

「雪梛、大丈夫?」
「ええ、ありがとう」

 雪梛が少し無理をして笑ってみせると、ルイが微笑んで雪梛の隣に腰を下ろした。

「頼むから、僕にまで気を遣わないで。顔色が良くないよ」

 心配そうにアイスブルーの瞳が潤んだ。

(やっぱりルイには隠せないんだわ)

 なんだか雪梛はほっとして、口を開く。

「昔のことを考えていたら、気分が悪くなってしまって」
「やっぱりそうなんだ。……ごめんね雪梛」
「何が?」

 ルイは何か雪梛に悪いことをしただろうか、雪梛は首を傾げる。

「僕は両親のことをほとんど憶えていないから、苦しくなることはないけど……雪梛は『忘れられない』んだよね。その辛さを分かってあげられなくて、ごめん」

(ルイが謝ることじゃないのに)

 と雪梛は申し訳なく感じた。

 雪梛の『瞬間記憶能力』は8歳の時に発覚し、それから半年後に雪梛は両親に捨てられた。
 川を流れて溺れているところを偶然河原で遊んでいたルイたちに助けられ、組織に保護された。
 両親の自分に向けた異質なものを見る目、人間ではないと吐き捨てられた言葉を雪梛は能力のために忘れることが出来ない。

 雪梛が暗い顔で俯いていると、ルイが雪梛の頬にキスをした。雪梛が驚いて顔を上げると、ルイの顔がすぐ傍にあった。
 潤んだアイスブルーの瞳がじっと雪梛を見つめている。陶器のように白いなめらかな肌も薄い金髪も繊細すぎて人形のようだと感じてしまう。

「笑って」

 ルイが微笑む。

「雪梛は笑ってる顔が一番かわいいよ。僕が保証する」
「なにそれ、お世辞はいらないわ」

 雪梛が笑いをこらえると、ルイが怒ったようで頬をふくらます。しかしまたふっと柔らかく笑った。

「本当だよ? あのね、僕にとっては雪梛が一番かわいいの」
「いつまでたっても聞きなれないわ。ふふ……ありがとうルイ。少し元気でたわ」
「よかったあ」

 笑顔が似合うのは自分よりルイのほうだと雪梛はいつも感じる。嬉しそうに足をバタバタと揺らすところも、幼い頃から変わらない彼の魅力だと思う。


 ***


「ねえルイ、気になることがあるんだけど」

 雪梛は話を切り出した。

「どうして、日本にあの組織の支部があって、ロクがいるって分かったの? 都合が良すぎたわ。人もいないし、施設に忍び込んだのが爆発する寸前だなんて、あまりにもタイミングが良すぎる」

 ずっと持っていた疑問を、雪梛はぶつけた。ルイはうーんとうねってからまた笑った。

「近いうちにわかると思うよ」
「そ、う?」
「うん! あ、あのね! 雪梛に教えておきたいことがあるんだけど」
「なあに?」

 話を急に切り替えられて面食らったが、雪梛はそう聞き返す。

「台湾支部の支部長補佐をやってるスーシェンくんが、日本支部にホームステイに来るよ」
「は!? なにそれ誰? いつ? 聞いてないわよ!」
「うんごめんね、この前急に決まったことだし、雪梛を驚かせたかったから黙ってたんだ」

 ルイがいたずらっぽく笑うと、雪梛は脱力した。
 部屋を片付けて、ゴミも溜まっていたわね、ああ窓のサッシを掃除しないと……と次々やることが浮かんでくる。

「でもどうしてスーシェン……さんは突然うちに?」
「それもスーくんから説明してくれると思う」
「スーくん? ルイ、仲がいいの?」
「うん。スーくんは一時期本部にいたからね」

 ああ、と雪梛の中で結びつく。スーシェンという人はもしかして

「スーシェンさんって、No.4の人ね」
「そうそう」

 パパ――カルマディオがNo.2、ロクがNo.6、そしてスーシェンがNo.4。
 組織に三人だけいる人体実験の被害者だ。

「スーシェンさんってどんな人? 私仲良く出来るかしら」
「大丈夫だよ。スーくんいい人だもん」

 ルイがそう言うなら大丈夫かもしれないと雪梛は安堵した。

 そのとき、扉を乱暴に叩く音がした後、向こうで

「愛の巣か?」

 といかにも面倒そうな桐也の声がした。
 違うわ、と雪梛が答えようとすると、ルイが雪梛の口を手で塞いだ。

「今いいところだったのに、よくも邪魔してくれたね」

 雪梛が戸惑っていると、ルイが雪梛の方を見てニヤリと笑った。

「あっそう。早く降りてこい。見送ってやるから」
「そんな時間なんだ。二人っきりだったから、ついつい時間が経つのを忘れていたよ」

 雪梛にはルイが何をしたいのかよくわからない時がある。今がそうだ。
 桐也は大げさなため息を付いた後階段を降りていったようだ。ルイが可笑しそうに笑うので、雪梛は苦笑するしかなかった。


 ***


「パパまたね、今度はちゃんとミケに許可とってから来たほうがいいわ。きっとカンカンに怒ってるわよ」
「やっぱり? パパ息子に怒られちゃうのか〜」

 と反省する気は全くないらしい。


「カルマ……ディオ。カルーってよんでもいいか?」

 そう聞いたのはロクだ。

「なんかパパっていわかんがあって、よべそうにないや」
「なんでも好きな様に呼んでいいよ!」

 カルマディオはにかっと笑った。
 雪梛は熱心なルイの視線に気がついた。

「雪梛……また当分会えないね」
「そうね。でもまた会えるわ」

雪梛が微笑むとつられてルイも笑った。

「僕はどこにいても、誰よりも君のことを考えているよ。愛しているからね」

 ルイはそう言い残して、雪梛の頬にキスをした。
 桐也は遠くをぼうっと見ていた。




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