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「G.G.」は資金を得るために国家に軍事技術を提供している。おそらくそのマイクロチップにはどこかの国へ渡すはずの爆弾の情報か、生物兵器の情報が入っていたのだろう。スーシェンはどこか――バッグなど――へ入れておくより、人間に入れたほうが隠しやすく運びやすかったのかもしれないとか、すり替えられないとかそのようなメリットがあったのではないかと説明した。
 確かにバッグに入れておくよりも盗難にもあいにくく、すり替えられるということも起こりにくいだろう。
 情報を隠す器として人間が選ばれたのか、と雪梛はなんとも苦しい気もちになった。

「だから僕たちは彼女を誘拐して、チップを彼女から抜くことで彼女を救おうと考えました。しかし……」
「もう、いいよ。……わかったから」

 スーシェンの言葉をロクが遮ったことで会話は終わった。
 マイクロチップが身体に埋め込まれたままではレモンはいつ殺されてもおかしくなかった。だから「G.G」はレモンの命を救い、同時に敵の情報も得るという作戦に出たらしい。そして、その作戦は雪梛たちの不注意で失敗し、情報も失われ幼い少女の命の失われてしまった。彼女が誘拐された時を事前に想定していたから、敵方は躊躇いなく彼女を殺したのだろう。
 もしかして、あのレモンという少女は情報を入れるためだけの器として生かされていたのかもしれない、と考えたところで雪梛は気分が悪くなった。

「せつなー……だいじょうぶか?」
「ええ、平気よ」

 案の定ロクが心配したらしく、向かい側からわざわざ雪梛のそばにまわってきて、雪梛の顔を覗きこんだ。雪梛はそう答えて笑ってみせた。しかし、ロクは心配そうな顔をしたままだった。いつもとは逆にロクが雪梛の頭をなで、また戻っていった。

「んで、お前がなんで来日したのかまだ聞いてないんだけど」

 桐也が尋ねると、スーシェンは愛想笑いをしてから、真顔になった。

「僕が日本に来た理由はこれです」

 スーシェンは数枚の資料を懐から取り出し、テーブルの上に差し出した。ロクはなんだこれ、と呟いて大きく身を乗り出した。一同はスーシェンに資料を出されて沈黙する。

「……ひどいデータね」

 沈黙を破ったのは、資料を一通り読み終えた雪梛だ。にらみつけるような鋭い目をしている。スーシェンはええ、と軽く相槌を打った。

「ごめん……なんてかいてあるんだ? ぜんぜんわからない」

 ロクも一生懸命読んでいたのだが、漢字が多いため読めなかったらしい。眉をひそめ、とても難しそうな顔をしている。

「そうね、ロクにはまだ少し難しいわね」

 雪梛はそう言うと、ちらりと横――腕を組んでロクと同じような顔をしている桐也――を見た。

「先輩、この程度の漢字とグラフであれば読めて欲しいわ」
「うっせぇな、たく」


 ***


 あまりよく理解できていないふたりと、話をもう一度整理するために、スーシェンは説明を始めた。

「いちいち説明するのも面倒ですから、簡単に言いますね。これは台湾支部周辺の市街地における麻薬中毒者の多さを表したものです。ここ半年の間で、市街地にたくさんの麻薬が出回り、警察も無視できない状況になりました。と言ってももちろん、普段から麻薬の取り締まりはしています。しかし、いよいよ大規模に動かなくてはいけなくなったというわけです。麻薬密輸・密売に関わった、もしくは麻薬所持者……つまり悪い奴らを、警察はたくさん捕まえ密輸・密売のルートを無くそうと努力してくれました。実際、かなり大規模に捜査をしそれなりの成果を上げています」

 まとめると、麻薬が組織の周囲で大量に出回り、警察はそれに対してしっかりと対処したということだ。
 そこまで一気に説明された後、ロクが不思議そうな顔をし、また雪梛のそばにやってきた。

「なあせつな、『まやく』って……なんだ?」

 雪梛のそばで真剣に尋ねる少年を見て、彼女は笑ってしまいそうになる。確かに、この幼い少年は麻薬のことなんて分からないだろう。

「麻薬は……そうね、定義はたくさんあるんだけど、麻酔作用をもつ薬のうち、中毒性があるから法律で使用を取り締まっているものよ。一度使うととてもいい気もちになる代わりに、その薬がないとイライラしたり幻覚が見えたりするようになって、とても危険なの。だから、お医者さんの許しがないと絶対に使ってはダメなの」
「そっか……あぶないんだな」
「そうね、そういうことよ」

 雪梛の説明を聞いたロクは――正確に理解していないように見えたが――とりあえず席に座った。
 その間合いを見計らって、桐也がスーシェンに問いかける。

「でも、麻薬が出回る量が変わらなかった……だろう?」
「そうです」

 スーシェンが神妙な顔で頷く。
 対策をとって、実績も上げたのに結果が出ない。減るはずの麻薬の量は、大量検挙後も減っていないことを雪梛たちの目の前に置かれた資料が物語る。
 スーシェンの答えを聞いた桐也は大げさにため息をついた。




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