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「なー、きりやー……せつながどこにいるか、しらないか? いえに、いないみたいだ。かいものにいったきりなんだ」

 ロクが昼遅くまで眠っていた桐也の部屋に入って、そう尋ねた。桐也が眠たい目をこすりながら、ベッドから上体を起こす。ロクの後ろにはスーシェンもいた。

「雪梛? 知らねぇけど……まだ買い物してるんじゃねえの?」
「……近所のスーパーに三時間も、ですかねえ」

 桐也の答えにスーシェンがそう返した。その言葉を聞いた桐也は眉間にしわを寄せる。
 桐也は近くにおいていたタブレット端末へ、そそくさと手を伸ばした。そして、雪梛に電話をかけたのだが、一向につながらない。何度か試したが、結果は同じだった。次に、端末で雪梛の居場所を割り出そうとしたが、居場所が表示されない。
 これはおかしい。雪梛は何かあった時のために常時、自分の位置情報を桐也の端末に送るように設定している。だから、雪梛の居場所がわからないなんてことはありえないはずだ。
 雪梛が彼女の端末の充電を怠ったということも視野に入れたが、彼女は常に予備のバッテリーを持ち歩いているはずだ。いや、充電を怠った上に予備がないのかもしれない。もしくは、何かのトラブルで端末を落としたか、壊れたのかもしれない。
 しかし、雪梛が充電を怠ったとか、予備をなくしたとか、端末そのものをどうにかしたということは桐也には考えられなかった。彼女はとても慎重で、賢い女性だ。そんな愚かで、彼女にとっても自分にとっても致命的なミスを彼女がおかすとは思えない。
 そこで彼に、最悪の事態が思い浮かばされた。彼にとってそのほうがよほど納得できて、起こりえるものがひとつある。彼の顔からすっと血の気が引いた。

「……やばいかも」

 桐也は苦笑しながらそう呟いた。


 ***


 近所に買い物へ行ったとき、物陰に隠れていた男に、突然後頭部を硬いもので殴られた。そのままどこかに運び込まれてしまったのだろう。ひりひりと後頭部が痛む中で、雪梛は冷静に考えていた。声を出せないようにタオルで口を縛られている。
 先ほど、この、古びていていかにも犯罪集団が好んで使いそうな部屋に、おそらく犯人であろう男が雪梛の手足を縛った。もちろん、うんと抵抗してやった。抵抗しながら、縄抜け出来るように縄と手の間に隙間を作る。
 長スカートのポケットに硬いものを感じるから、タブレット端末は取られていないようだ。しかし銃とスタンガンの感触はないから、武器だけ取り上げられたのだろう。持っていたバッグは襲われた時に落としてしまった。

(お間抜けな犯人ね。私に目隠しも耳栓もせずその上手足を縄で縛るなんて。それに道具がとっても古典的。きっと私を誘拐した人間はとても新人の下っ端だわ。……舐められたものね)

 雪梛はそこまで考えて、息を整えると手を縄から出して、口を覆っていたタオルを取った。ポケットの中の端末を探り取り出すと、電源が切られていただけであることがわかった。
 本当にお間抜けね、と心の中で犯人を毒づき、感謝をしながら端末の電源を入れた。そうして雪梛は桐也の連絡先に、電話をかける。

「先輩? 先輩! 私、今誘拐されて、何処かに監禁されているわ」

 相手に何とか聞こえる程度の小さい声で雪梛はそう言った。電話相手の桐也はいつもの調子で話しかけてくる。

『あー、やっぱり。で、そこが一体何処なのか分かるか?』

 その彼の声の調子に、この男は自分を心配してくれているのだろうか、という疑問が雪梛の頭をよぎった。

(もう少し心配してくれてもいいんじゃないのって思ったけど……先輩にしては上出来な方か)

 そう思い直した。桐也は他人にも――ひいては自分にも関心が低い男だ。出逢ったばかりの頃なんて、口もきいてくれなかった。話しかけても無視されたのだ。それに比べれば幾分もマシだ。

「さっぱり分からないわ。今の場所に運んで来られるまで、ずっと気を失っていたの」
『めんどくせー。なんかヒントは?』
「はあ? ……そうね、国内だと思うわ。しかも、そう遠くない場所よ。モノレールや新幹線に乗せて運ぶことは選ばないだろうし、船に乗せられた記憶もないもの。さすがに起きるから」
『そう遠くない国内ねってことは、せいぜい東北までか。いや、運んだのが車なら……』
「おい!」

 桐也の言葉が、背後の男の怒声で遮られる。端末を取り上げられ、壊されてしまった。
 犯人にバレてしまったようだ。二人の男が雪梛を見下ろしている。ひとりはとても屈強そうな(おそらく)下っ端――さっき雪梛を縛り上げた――と、もうひとりはサングラスをかけた頭が良さそうに見える細身の男。

「あーあ、やっぱりお前に任せるんじゃなかった。こいつは『瞬間記憶能力者』だぞ。しかも、五感全てを記憶できる『完全記憶能力者』だ。『瞬間記憶能力者』の中でもレアなんだぞ。逃げられたら、どうするつもりだったんだ」

 細身の男がそう言うと、下っ端――雪梛の予想通りだ――はおとなしく頷く。
 雪梛はそのまま縛り上げられ、おそらく音声認証式のものであろう手錠をかけられた。靴を脱がされて、足枷を付けられる。目は囚人に使われる吸着型のアイマスクを貼り付けられ、視界を奪われた。音も聞こえないよう耳栓をされる。

(囚われのお姫様なんて、最悪だわ)

 雪梛は自分の無力さを改めて自覚した。



「なー、きりやー……せつながどこにいるか、しらないか? いえに、いないみたいだ。かいものにいったきりなんだ」

 ロクが昼遅くまで眠っていた桐也の部屋に入って、そう尋ねた。桐也が眠たい目をこすりながら、ベッドから上体を起こす。ロクの後ろにはスーシェンもいた。

「雪梛? 知らねぇけど……まだ買い物してるんじゃねえの?」
「……近所のスーパーに三時間も、ですかねえ」

 桐也の答えにスーシェンがそう返した。その言葉を聞いた桐也は眉間にしわを寄せる。
 桐也は近くにおいていたタブレット端末へ、そそくさと手を伸ばした。そして、雪梛に電話をかけたのだが、一向につながらない。何度か試したが、結果は同じだった。次に、端末で雪梛の居場所を割り出そうとしたが、居場所が表示されない。
 これはおかしい。雪梛は何かあった時のために常時、自分の位置情報を桐也の端末に送るように設定している。だから、雪梛の居場所がわからないなんてことはありえないはずだ。
 雪梛が彼女の端末の充電を怠ったということも視野に入れたが、彼女は常に予備のバッテリーを持ち歩いているはずだ。いや、充電を怠った上に予備がないのかもしれない。もしくは、何かのトラブルで端末を落としたか、壊れたのかもしれない。
 しかし、雪梛が充電を怠ったとか、予備をなくしたとか、端末そのものをどうにかしたということは桐也には考えられなかった。彼女はとても慎重で、賢い女性だ。そんな愚かで、彼女にとっても自分にとっても致命的なミスを彼女がおかすとは思えない。
 そこで彼に、最悪の事態が思い浮かばされた。彼にとってそのほうがよほど納得できて、起こりえるものがひとつある。彼の顔からすっと血の気が引いた。

「……やばいかも」

 桐也は苦笑しながらそう呟いた。


 ***


 近所に買い物へ行ったとき、物陰に隠れていた男に、突然後頭部を硬いもので殴られた。そのままどこかに運び込まれてしまったのだろう。ひりひりと後頭部が痛む中で、雪梛は冷静に考えていた。声を出せないようにタオルで口を縛られている。
 先ほど、この、古びていていかにも犯罪集団が好んで使いそうな部屋に、おそらく犯人であろう男が雪梛の手足を縛った。もちろん、うんと抵抗してやった。抵抗しながら、縄抜け出来るように縄と手の間に隙間を作る。
 長スカートのポケットに硬いものを感じるから、タブレット端末は取られていないようだ。しかし銃とスタンガンの感触はないから、武器だけ取り上げられたのだろう。持っていたバッグは襲われた時に落としてしまった。

(お間抜けな犯人ね。私に目隠しも耳栓もせずその上手足を縄で縛るなんて。それに道具がとっても古典的。きっと私を誘拐した人間はとても新人の下っ端だわ。……舐められたものね)

 雪梛はそこまで考えて、息を整えると手を縄から出して、口を覆っていたタオルを取った。ポケットの中の端末を探り取り出すと、電源が切られていただけであることがわかった。
 本当にお間抜けね、と心の中で犯人を毒づき、感謝をしながら端末の電源を入れた。そうして雪梛は桐也の連絡先に、電話をかける。

「先輩? 先輩! 私、今誘拐されて、何処かに監禁されているわ」

 相手に何とか聞こえる程度の小さい声で雪梛はそう言った。電話相手の桐也はいつもの調子で話しかけてくる。

『あー、やっぱり。で、そこが一体何処なのか分かるか?』

 その彼の声の調子に、この男は自分を心配してくれているのだろうか、という疑問が雪梛の頭をよぎった。

(もう少し心配してくれてもいいんじゃないのって思ったけど……先輩にしては上出来な方か)

 そう思い直した。桐也は他人にも――ひいては自分にも関心が低い男だ。出逢ったばかりの頃なんて、口もきいてくれなかった。話しかけても無視されたのだ。それに比べれば幾分もマシだ。

「さっぱり分からないわ。今の場所に運んで来られるまで、ずっと気を失っていたの」
『めんどくせー。なんかヒントは?』
「はあ? ……そうね、国内だと思うわ。しかも、そう遠くない場所よ。モノレールや新幹線に乗せて運ぶことは選ばないだろうし、船に乗せられた記憶もないもの。さすがに起きるから」
『そう遠くない国内ねってことは、せいぜい東北までか。いや、運んだのが車なら……』
「おい!」

 桐也の言葉が、背後の男の怒声で遮られる。端末を取り上げられ、壊されてしまった。
 犯人にバレてしまったようだ。二人の男が雪梛を見下ろしている。ひとりはとても屈強そうな(おそらく)下っ端――さっき雪梛を縛り上げた――と、もうひとりはサングラスをかけた頭が良さそうに見える細身の男。

「あーあ、やっぱりお前に任せるんじゃなかった。こいつは『瞬間記憶能力者』だぞ。しかも、五感全てを記憶できる『完全記憶能力者』だ。『瞬間記憶能力者』の中でもレアなんだぞ。逃げられたら、どうするつもりだったんだ」

 細身の男がそう言うと、下っ端――雪梛の予想通りだ――はおとなしく頷く。
 雪梛はそのまま縛り上げられ、おそらく音声認証式のものであろう手錠をかけられた。靴を脱がされて、足枷を付けられる。目は囚人に使われる吸着型のアイマスクを貼り付けられ、視界を奪われた。音も聞こえないよう耳栓をされる。

(囚われのお姫様なんて、最悪だわ)

 雪梛は自分の無力さを改めて自覚した。





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