スーシェンが懐からタブレット端末を取り出して、犯人の男のひとりに画像を見せる。
「ほら、ほら。このマークですよ。見たことがありませんか?」
男は怯えながらもかろうじて頷いた。
スーシェンはにやりと笑った。
「もう少しお話を聞くことになりそうです。いやあ、嬉しいなあ。偶然って素晴らしいですね」
***
「スーシェンさんにも、迷惑をかけてしまってごめんなさい。二度とあんな馬鹿な真似しないわ」
朝、二階の自室からスーシェンが降りて来たので、雪梛はすぐに謝った。スーシェンは何のことかわからない、という顔をした後に、ああと思いだしたようだ。
「そんなことありませんよ。結果的に僕まで得しちゃいましたし。むしろ、雪梛さんには感謝しているくらいですから、謝らないでください。お願いしますよ〜。そんなに謝られると、僕がとっても怖い人みたいです」
スーシェンにそう笑顔で返されてしまい、雪梛は苦笑するしか無い。
雪梛の失敗の傷をえぐるまいという彼なりの気遣いかもしれないが、申し訳ないことには変わりがない。雪梛がうかつだったために、迷惑をかけたのだ。
かと言ってこれ以上謝っても結果は同じだろう。雪梛はため息をついて、話題を変えた。
「スーシェンさんって、子ども好きなの? ロクとよく遊んでいるし、慣れているみたいね。台湾支部でも子どもと遊んでいたの?」
突然の話題変換に、スーシェンは戸惑ったのか、少し間が空いたが笑顔で答えてくれる。
「ええそうですよ。よく遊んでいました、子どものことは好きです。……ああもちろん、変な意味じゃないですよ?」
「分かってるわよ」
「か、軽いなぁ……。建前じゃないですよ、本当のことですからね。誤解されては困ります!」
と自分の疑惑にスーシェンは念を押した。そんなに念を押すほうが怪しいと思ったが、そこは閉口しておく。
「僕、子ども好き……なんですよ。最初この髪も切ろうと思っていたんですが、引っ張って遊ぶ子が多くって、切らないでと言われてしまったんです。それで切っていないんですよ」
そう言ってスーシェンは自身の横髪を引っ張った。確かにあの量の髪があれば、雪梛も切ってしまいたくなるだろう。目にかかって鬱陶しい。
それでも、スーシェンは切らない。彼は自分の不便さを改善したい気もちより、子どもが楽しそうに遊ぶ様を選んだらしい。その様子になんだか心が温まって、雪梛はくすくすと笑ってしまった。
「スーシェンさんとは、ルイに言われた通り仲良くなれそうだわ」
雪梛が笑ってそう言うと、スーシェンもほほえみ返してくれた。
「そうですか? じゃあそんな他人行儀な呼び方、やめてくださいよ。ルイくんが僕のことを『スーくん』って呼ぶので、そう呼んでくれませんか。そちらのほうが、親しみがあるようで、僕は嬉しいので」
「ルイがそう呼ぶの? わかった。じゃあ、今度からスーくんって呼ぶわね」
雪梛は新しい同居人と仲良く慣れて、とても嬉しかった。
***
件の、麻薬に関わる組織の資料を自室でまとめながら、スーシェンは一息つく。
日本に来るきっかけとなった、名目上の理由――調査もしっかり勧めておかなければいけない。調査もせず、日本支部に滞在していたら、日本支部の桐也や雪梛、台湾支部側の仲間に怪しまれてしまう。最悪の場合、中国支部長の双焔(フェイシュン)にも。
だから本来の目的は、密かに日本で実行しなければならない。そうするのがこの組織のために最善だと、スーシェンはそう考えている。
「いいなあ、雪梛さん。ルイくんに聞いていた通りだ。彼女が僕の探していた人かもしれない」
スーシェンの胸が高まる。
雪梛はスーシェンの目的のためにどうしても必要な協力者だ。
二週間、そんなに長くないであろう余命の期間。その期間内になんとか実行しなければならない。短い期間だが、焦ってはいけない。焦ってはすべてが無駄になってしまう。
雪梛を含む日本支部の人間――いや、組織の誰にもバレてはいけないものだ。
今はまだ、誰にもバレていない。
(いや、知らないふりをしているだけで知っていそうなのは、カルマディオさんくらいですけどね)
心のなかで、そっとそう付け加えた。