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「うーん、スーにい。あとなんだ?」
「えーっと……小麦粉ですね。小麦粉の中でも薄力粉と強力粉……左横の棚にありましたっけ。行きましょう」

 スーシェンとロクは雪梛から買い物を頼まれて、近くのスーパーへ来ていた。
 この間に雪梛は家事をやっている。スーシェンひとりで来ても良かったのだが、あまりにも荷物が多くなりそうだったので、ロクについて来てもらった。
 左横の棚に移ると、目当ての物はすぐに見つかったが、ロクが立ち止まって何か考え事をしている。

「スーにい、ほんとうに『小麦粉』でいいのかな?」
「え、どういう意味ですか? メモにはちゃんと小麦粉と書いてありますし……」

 スーシェンはなにか間違えたのかと思い、メモを取り出して漢字を確認する。もちろん頼まれた品は合っていた。ロクは何を言いたいのだろうか。

「んー、『小』ってさ、小さいっていみだろ。『大』じゃなくていいのかな。せつなが『うちでは小麦粉をたくさん使うから、多く買っても困らない』って言ってたんだ。だから、『大』のほうがいいんじゃないのかな? 『大麦粉』のほうがよくないか?」
「んー、そうなんでしょうか。……じゃあ一応、両方買っておきます?」
「うん!」

 ふたりは相談の末、小麦粉と大麦粉を買うことにしたのだが、なかなか大麦粉が見つからず店員に声をかけた。店員に「はったい粉」がそれだと教わり、小麦粉とはったい粉を買って帰った。


 ***


「あー、それで遅かったの? なんだかいつもより遅いなあとは思ったんだけど……」

 雪梛が苦笑したのを見て、スーシェンが要らぬ事をしたと察したようだ。まずそうだ、という顔をする。

「小麦粉とはったい粉って……同じもの、ですか?」
「違うわ、別物よ。『大麦』を細かく砕いたものが『小麦粉』ってわけではないんだから」
「あはは……ごめんなさい」

 スーシェンは申し訳なさそうに謝る。その様子がおかしくて、雪梛は思わず噴き出してしまった。

「小麦と大麦ではそもそも品種が違うの。似ているけれど、別物よ。小麦粉は食用に……薄力粉はお菓子、中力粉は麺、強力粉ならパンかしら。それぞれの用途があるの。で、大麦は種類によって少し違うけれど、お酒かしらね」

 雪梛が説明すると、ロクとスーシェンは揃って頷いていた。なるほどなるほど、とスーシェンはどんどん下を向いていく。

「……スーくん、知らなかったの? 案外、いや、まだまだ世間知らずなのね」
「……申し訳ありません」

 ロクはまだしも、スーシェンが知らないとはなんだか可愛らしい。
 スーシェンはおそらく、雪梛よりいくつか年上だ。そんな彼はロクと同じような環境に長いこといたのだろう。そのため、知識はあっても世間一般の常識が欠けているような気がする。
 ついこの間も、公共機関の乗り物の使い方が分からないのでひとりでは乗らないと言っていた。日本へ来る時は、部下に警護も兼ねて一緒に乗ってもらいました、と笑っていた。
 おそらく、この男は日本支部に来た今も、ひとりでバスや新幹線、モノレールに乗れないのだろう。切符の買い方さえ知らないかもしれない。

「あの、雪梛さん。はったい粉は……?」
「大丈夫、はったい粉はお菓子にでも使うわ。だから、気にしなくていいのよ」
「……ありがとうございます」

 雪梛の言葉を聞いて、スーシェンはほっと肩の荷をおろした。ロクも申し訳なさそうに謝っていた。


 ***


「うわーー!! なんだこれ!? うごいてるぞ!!」

 ロクは、鉄板の上で焼かれているお好み焼きの上に乗ったかつお節を指差して言った。
 ロクはかつお節が動く様子を初めて見たらしく、わけがわからないという様子でとても興奮していた。こういった様子は子供らしく、可愛らしい。

「はっはっはっ! すごいだろロク! これ、かつお節が『あついあつい!』って動いてるんだぞー!」

 桐也が上機嫌で嘘を教える。
 桐也が上機嫌なのは、お好み焼きを焼くにあたって家族でテーブルを囲んでいるのだが、彼が鉄板上の主導権を握っているからだ。

(先輩って分かりやすいわよね。頼られると嬉しいっていう……)

 まあ、だからこそ雪梛は彼に預けたのだ。自分は洗い物や他の準備をしていればいいし、スーシェンやロクは作り方がわからないのだから、花は彼にもたせればいい。上機嫌でいるに越したことはない、不機嫌よりはよっぽど扱いやすい。

「あの、あれって……上昇気流ですか?」

 スーシェンがロクに聞こえないよう、小声で話しかけてきた。子供の夢は壊さないでおこう、ということだろう。

「ええ、そうよ。上昇気流で動いているそうね」

 だから、雪梛も小声で返した。
 ロクも大きくなれば自然と気がつくだろう。雪梛は子供のうちから冷めていた自分のようになるより、ロクには子供らしくあってほしいと思ってしまう。

「ほら、ロク出来たぞ。皿だせ」
「ああ、わかった」

 桐也が指示をして、ロクが自分の大皿を差し出す。ふんわりと焼かれた大阪風のお好み焼きを、ロクは美味しそうに頬張っていた。





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