2人は目を見開いた。
これだ、これを探していたのだ。
年齢はおおよそ10歳前後といった外見の少年が、緑色の液体――おそらくはホルマリンか何か――が入った、透明で筒状のカプセルの中に眠っていた。
傍にある、高さ3m以上の高さはあると思われる大きな制御装置があった。
雪梛は厚い扉を開けた時と同じように、メインデータに侵入し、カプセルを開けると少年を出した。その少年を桐也が受け取り
「おいお前、しっかりしろ!」
と声をかけ続ける。
なおも雪梛はメインデータ中枢への侵入を試み、記憶媒体へのバックアップをしようとしていた。せわしなく指でキーボードを叩き、パスワードを解読すると、データのバックアップを記憶媒体に書き込み始めた。
「雪梛、こっちは目覚める気配がないだが。そっちはどのくらいかかりそうだ?」
「うーん、速くて5分、遅くて10分くらい。大丈夫、『憶えて』るから」
「そうか、それよりビンゴだ」
雪梛は横目でちらりと、一瞬だけ少年を見た。桐也の言ったとおり、ビンゴだ。
少年は国交の進んだ現代でも珍しい白髪なのだ。
ということは――右目が金、左目が青をしているはずだ。
雪梛はまた視線を戻し、目で見て「憶えて」いたが、自分の目を疑うものを見た。おそらくはここで研究していた件の組織。それに所属していた研究員が残したのであろう日記状のレポートである。本文はドイツ語だったが、おおよそこのような内容だった。
○月×日
我々は研究の成果である“No.6” を廃棄することにした。
“No.6”の能力を検証していた実験の途中に、“No.6”が大きく欠損してしまったためである。
残念ではあるが、我々の悲願は“No.7”にかけるしかあるまい。
だが実に残念である。“No.6”の能力はもっとも成果があらわれており、優秀であった。
その“No.6”の能力とは――――――――――
「雪梛!!」
桐也が大声で叫んだ。
「崩れる! この施設、自爆するぞ!!」
大方のバックアップも作り終わったので、雪梛はノートパソコンを、桐也は少年を抱え急いで施設から脱出した。
この少年を連れ帰ったことが、二人の運命を変えたのは……もはや言うまでもない。
***
家まで帰りつき少年が目を覚ますまでの間、桐也は本部に連絡し、ソファーで寝ていた。
(だらしないなあ……)
そうは思ったが、桐也にしては上出来だろう。雪梛は侵入して得た情報を「憶えて」いた。
「ん……むむ……」
その声に眠っていた桐也は飛び起き、雪梛はパソコンを閉じて、少年の方に駆けつけた。
「大丈夫?」
雪梛は目をこすりながら状態を起こした少年に声をかけた。
「Where am I……?」
少年の口から出たのは英語だった。
「It is my house here.」
「Who are you?」
「My name is Setsuna. He is Kiriya.」
雪梛がそう返したものの、少年はまだ緊張しており、状況がつかめていないらしい。きょろきょろと周囲を確認したあと、自分の体をあちこち触って……どうやら、怪我がないか確認しているようだ。
その様子をまじまじと観察していた雪梛と桐也は今までにない大収穫であることを噛み締めた。
――予想通り、少年の右目は金、左目は青なのだ。
それならば、と雪梛は少年に声をかけた。
「I am Japanese. Do you speak Japanese?」
「えっ、おまえら……にほんじんなのか」
少年は舌足らずながらも日本語を喋った。これで確定したようなものだ。
「そうなの。私たちは侵入した地下施設で殺されそうになっていた貴方を助けたのよ」
「そう……なのか。ありがとう。ごめんな、おれは『そと』に出たことがなくて。どこのくにのにんげんなのかわからなかったんだ」
少年はまだ緊張している。すぐにでも臨戦態勢に入れるようにしている。
その様子を見て桐也もピリピリしていたので、雪梛は思い切った行動に出た。
つまりは、少年を優しく抱きしめたのだ。
少年は驚いたあとに、口を閉ざした。その沈黙は長かったがやがて、涙を流しながらぽつりと漏らした。
「……しらなかった。これが『あたたかい』ってやつか」
少年はおそらく生まれて初めて、苦痛以外で涙を流した。
***
「貴方……名前は?」
「たぶんないぞ。“No.6”ってよばれてた」
ナンバーシックス……なんて無機質な響きだろう。人を物としてしかみていないのだ。
「まずは、お前の名前を決めてやらないとな」
雪梛と桐也は小一時間悩んだのだが、”パパ“のことを思い出した雪梛がこう提案してきた。
「安易だけど……ロクなんてどう?」
「ああ、そういうこと。漢字は?」
「うーん……こう!」
雪梛は近くのメモ用紙に「龍久」と書いた。
「『龍』のように『久』く生きることができるように」
「わあ。いみはよくわかんないんだけど……いいなそれ! おれ、それがいい! ロクがいい!」
「気に入ってもらえてよかったわ!」
雪梛は嬉しそうに声を上げた。
少年――ロクはあたりをキョロキョロと見まわしている。
「なあ、せつなときりや? はなにものなんだ? なんでおれを、あそこからつれだしたんだ? ふつう、じゃないよな……?」
頭の回転が速い。
ロクは自分の置かれた状況を必死に理解しようとしている。
「まあ、たしかに。俺達は普通じゃないな」
「さきにおまえたちのことを、おしえてほしいんだ。たすけてもらったことはかんしゃしてるけど……おれを、ただのなさけでたすけたとはおもえないんだ」
「はっ! これだから頭の回転が速いガキは……誰かさんを思い出す」
「先輩!」
桐也が手を広げて、大げさに劇のような口調で話し始めたら止まらなくなる。
その前に雪梛は静止した。桐也の嫌味を受け流しながら。
「じゃあこうしよう。俺の質問にロクがひとつ答える。そうしたら俺達もロクの質問にひとつ答える」
「先輩……! 信用してもらえるよう話せばいいのに。なんでそんなまわりくどい真似……」
「おれはそれでいいぞ」
雪梛も桐也も少し驚いた。ロクは本当に頭の回転が速い。本当に良く教え込まれている。
「よし。じゃあまずは俺から質問だ。ロクはあの地下施設で何をされていた?」
「うっわ直球……」
桐也はまわりくどい真似をしたがったくせに、内容はこれだからと雪梛は呆れた。はじめからそうすればよかったのだ。