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 今回の任務は長期におよぶものだった。
 港から船が出るまでの一週間の間レモンを預かり、護衛して港まで送り届けてほしいというものだった。
 レモンの洋服やおもちゃがつまったバッグを渡された雪梛は、中に不審物が混じっていないか、発信機や盗聴器が取り付けられていないか調べた後、レモンを日本支部に連れ帰った。


「ねぇロクくん、これはどうやって遊ぶの?」
「これ?」

 レモンが取り出したのは木でできた列車だ。

「これはさ、こうするんだ! こう!」

 ロクは口で「ぽっぽー」と言いながら木の滑車を動かした。
 レモンは楽しそうに見つめていたが、そのうち我慢できなくなったのか

「ロクくん、そのおもちゃで私も遊んでいい?」

 と聞いた。ロクが快諾したのを見てレモンはにっこりと笑った。


「楽しそうに遊んでる。良かった」

 雪梛が安心したようにつぶやいた。
 レモンの正体はよくわかっていない。闇の要人であるからには何かあるのだろうが、本人は無垢な子供だ。

「ガキはいいなあ単純で」
「ええそうね。先輩みたいにいかがわしい遊びに興じることもないもの」
「うっせぇ」

 雪梛の小言に桐也は開き直り、ふんぞり返った。
 でも、と雪梛は思考を巡らす。

「気にならない? あの子、なんで私たちに預けられたのかしら? 依頼主は誰?」
「さあ」

 桐也がぶっきらぼうに答えるせいで、雪梛の話相手はいなくなった。

(何よ先輩ってば、本当のこと言われて、拗ねちゃって。みっともない)

 その静けさにも雪梛は慣れているので、桐也に一方的に話しかけ続ける。

「考えられるのは……マフィアやギャングのボスの子供かしら? 父親を知らずに育ったとか。そうだとしたら、あんなに無垢なのもうなずけるし」
「そうかもね」
「どうしてこの子が預けられたのか検討もつかないんじゃ、護衛の対策の立てようもないわよね」
「そうかもね」
「やっぱり、ルイに相談しようかしら。ねえ、先輩」
「……相談すれば」

 あまりに投げやりな態度に、雪梛も口を尖らせた。

 昔からこの男はそうだ、雪梛が組織に入ったばかりの小さい頃から変わらない。面倒くさがりで、頭にくるとすぐ黙り込む。そのくせずっと放っておくと拗ねて何かにつけて当たり散らす。
 桐也はいい意味でも悪い意味でも素直な人間だと思う。
 組織に入ったばかりの幼かった雪梛は同じ日本人で、一番歳が近かった桐也によくなついた。というより、雪梛は周りの人間に対して異常とも言えるほど警戒心を抱いていた。当時はルイですら怖くて、遠ざけていた。
 外出するときはいつも桐也の服の裾をぎゅうっと掴み、怯えるようにして歩いていた。
 桐也も相手をするのが面倒だったのか、雪梛の話相手をつとめてくれることはなかったが、時々振り向いて雪梛が遠くに行かないように注意していた。
 組織全員の母親代わりであるマーサに「もう少し面倒を見てあげなさい」と言われても聞き流していた。今思い出すと、桐也は当時からそっけなかったような。もう少し優しく接してくれても良かったのではないかと思う。

(いやまぁ、先輩にもいいところはあるよ?)

 雪梛が癇癪(かんしゃく)を起こして泣き喚いたとき、なだめる役目を担ったのは専ら桐也だった。マーサも”パパ”も忙しかったし、ルイではつられて泣き出すので話にならない。

「分かった分かった、泣くな泣くな」

 頭をくしゃくしゃ撫でながら優しい声でなだめてくれた。ひと通り泣き終わった雪梛が桐也に抱きついたまま眠ってしまえば、目が覚めた時はベッドの上にいた。後日マーサに説明を求め、桐也が自分を運んでくれたことを知った。

(あれ? 今思えば、先輩ってば面倒臭がっていただけじゃない?)


 そう思ったが、どちらでもいいような気がしてきた。たとえ雪梛をなだめた理由が「うるさくされるのが面倒だったから」でも「運んでやらないと俺が怒られて面倒だったから」でも、雪梛が誰かに話を聞いてもらえたことに安心したのは確かで、雪梛にとってはありがたいことだったから。

 話がそれた、そう心のなかでつぶやいてから雪梛はテレビ電話をつなげた。




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